538.私は悪神ですか?
「違う……だって?」
「うん。他所の世界から駒を持ってくる。ぱっと閃いたからそれを実行したけれど、じゃあそれ以外に本当に方法はなかったのかって言われたら、あったんじゃないかな。コスパを度外視すればこの世界だけのものでどうにか賄えたかもしれないし――賄えなかったかもしれない」
「……、」
「それは神にも見通せないことだよ、ゼンタくん。中でも私はここぞというところで読み逃しちゃうタイプだし? もしも来訪者がいなければ。世界は今以上に安定していたのか、あるいは均衡を保てずに崩壊していたのか。それはもう想像するしかないねえ。少なくとも私の目に見えている現実は、管理者と来訪者。その双方が揃っていたからこそやってこられた今日この日までの足跡だけかな」
「……そうかよ」
言ってること自体はそりゃそうだって感じで、至極ごもっともなんだがな。しかし俺が聞きてえのはそういうこっちゃない。論点にしたいのは来訪者っつーシステムの正否でも是非でもねえ。
「じゃあ、何をもって思い付いたんだ? 俺たちゃただの中学生とその担任でしかなかった。これまでの来訪者も似たり寄ったりの普通の連中ばっかだったはずだ。ファンタジーバリバリのこの世界と違って、あっちの世界には特別な力を持った人間なんてどこにもいやしなかった」
――いや、そこは俺が知らなかっただけで変なのはあっちにもいたのかもしれないが。上位者が関与できてること自体が既にその範疇だって気もするしな。
とはいえ、一歩街を出れば死の危険が付き纏う……ワンチャン、街中にいたってヤベぇモンスターの襲撃があるようなこっちの世界とは何もかもが違う。実際俺だって今じゃこんな風にはなっちまってるが、つい一年前はただの喧嘩小僧だったんだ。
もちろんクラスメートやナガミンだってそれは同じ。ちょいとエキセントリックではあるが、あくまでみんな普通の人間だった。
「そんな俺らを選んだ理由はなんだ? 駒にするならもっと冴えたのがいたんじゃねえか? 例えばこっちの世界みたいにファンタジー系のとこからツエー奴を連れてくるとかよ……『糸』はいくつもあって、束ねられてる状態なんだろ? 近くにそういう糸はなかったのか?」
「あったかもしれない。でもね、私の出身地ならぬ出身世界がそうだったみたいに、超常が当たり前の糸には大きくて複雑な力場が出来上がってることが殆どなんだよね。そして貴方が言う『ツエー奴』も、大概は持ってくるのに苦労する。それこそ即戦力になれるくらいの冴えた駒になりそうなのは、自力で神にだって抗ってくるくらいだから。……『灰』のモデルになったのもそういう子だよ」
例の、模倣元。『灰』の見てくれから性格、戦い方まで。全てのお手本になってるらしいオリジナルとやらか。
あんだけべらぼうに強い『灰』でもスペックはオリジナルにてんで及んじゃいないと言ってたな。なるほどそれなら確かに、本物は神とも喧嘩できちまうくらいの奴だったとしても不思議じゃあねえな。
こうして上位者と向き合っていて、まったく戦おうって気が起きねえこと。あれほど圧倒された『灰』相手にも保っていられた戦意が、そもそも湧きすらしない――そんな俺にとっての異常事態を、俺自身がなんの異常も感じず受け入れちまってること。
これが上位者。
これが神。
こいつと喧嘩できるっていうのがどんな意味を持つのか、今の俺にはよくわかるぜ。
「丁度いい、ってのはそういうことでもあったのか。異世界の人間にお前由来の特別な力を持たせるのは、色んな側面においてそれが一番都合がよかったからだと……けどよ。俺たちを使うにしても、その運用の仕方なんかにも他にやりようがあったんじゃねえかと俺は思うがな」
「そだね。貴方たちにも馴染み深いであろうゲームをいくつか参考にして、できるだけわかりやすくシステムを組んだつもりだったんだけど……その仕様や題材選びに私の遊び、つまりは趣味が混じっていたことは否めない。いまいち職業やスキルのバランスも取れてないなって思うしさー。そこはごめんなさい。迷惑かけちゃってることを謹んでお詫びします」
「んなことを俺だけに謝られてもな……」
「思ったけど私って、人間だった頃からバランスを取るってことが何より苦手だったんだよね。基本は野となれ山となれで生きてたからさぁ。だから図らずしもペーペーの身分で世界を管理しなくちゃいけなくなったとき、かーなり焦ったよね。どっかで失敗するだろうなとも思ってた。案の定小さなミスはたくさんしてきたけど、でも、意外と大きなミスはなかったんだよね」
嬉しい誤算だよねー、と機嫌良さげに言った上位者だが、すぐに続けて。
「言った通り、私は世界を舞台に、命を役者にしてシナリオを作る。それを眺めて楽しんでもいる。けれど、その全部が私の趣味でもないし悪趣味でもない。私にはこのやり方が合っていて、効率にも良くて、何より原神が残した核石からの影響を最小限にできた。かの暗黒時代に隙あらば戻らんとする石の意思を上から蓋する形で封じ込められた――故の、現状だ。命の一個を軽んじていること、ないがしろにしていること。命の全体を優先するあまりに悲劇を起こしていること。それら漏れなく否定しないよ。だけど、私は私なりに世界を、人間を守ってきたつもりです。――ゼンタくん。貴方から見て私は悪神ですか?」
「………………」
椅子の上で片膝を抱えて。静かな声で、静かな目で問いかけてくる上位者。
俺はそれに真っ直ぐに目を合わせながらも、すぐには答えを出せなかった。
上位者の判断で消えた種族はいくつもあって。失われた命は数知れない。身内で言えば魔獣事変とやらでサラの母親。そして間接的にだが、魔族との戦争をきっかけにしてメモリの両親もこの世を去っている。
たまたまパーティを組んだ二人だけでもこれだ。不自然淘汰の被害者はきっとどこにでも溢れかえっている。ひょっとすりゃ誰もが何かしらの影響を受けているんじゃないかってくらいに……いや、ひょっとしなくてもそうなんだろうな。上位者が行なう淘汰、世界の調整ってのはつまりそういうものなんだ。
人の目線で言えばそれは間違いなく悲劇であり、ひとつひとつの命の軽視に他ならねえ。だが。
神の目線で言えばそれは必要不可欠の犠牲。整理を怠れば世界は混沌へと進み、いずれは暗黒時代が再来する。そうなるように出来ているのがこの世界、だとすれば。
上位者が今の世界を、人間を守っているってのは紛れもない事実。食われるだけの弱肉でしかなかった人類をここまで繁栄させたのもこいつ。
となれば悪神どころか守護神だぜ。長く大きな目で見れば、な。だが短く小さな目で見れば、時代ごとに死を振り撒く最悪の神でもある――俺は上位者を、いったいどちらの目で見ればいいのか。
……『灰』の言ってた「見ているもの・見えているものがまるで違う」ってセリフの本当の意味が、ようやくわかった気がするぜ。
「世界の調整にはそれしか手段がねえのか?」
「うーん。そこは難しいところだね。来訪者のシステムもそうなんだけど、一度組んで適用、実行させたものを根本から作り替えるってのは不可能なんだよね。や、できるかできないかで言えばできるんだけど、現実的じゃない。それは今あるものをぜーんぶ壊すことと同義だからね」
「だから淘汰で調整を重ねるしかねえと?」
「そ。負担ヤバいなって一部をちょこちょこっと修正かけて、足したり引いたり継ぎ接ぎして。そのせいで全体が歪んじゃったりもするから、一旦ちょーっと大きく整えたり。それがあれだね、『灰の手』たちが言う小淘汰と大淘汰の違いだね」
「……さいですか」
我ながら気の抜けた相槌を打って。そしてただ、ため息をつくしかなかった。




