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537.来訪者は謎過ぎる

「…………」


 絶句ってのはまさにこのことだ。


 上位者はどこまでも人間の命を軽んじている、ただ人間で遊んでいるだけの奴だとしか思っていなかった俺にとって、この世界の元々の支配者……こいつの言葉を借りて言うなら『原神』か。完全なる被害者だと見ていたそいつが、こうなった全ての元凶だったなんて事実は衝撃なんてもんじゃあない。


 誰に想像がつく? 悪意と無神経の塊であるはずの上位者が、むしろその正反対だったなんて。


 長い沈黙を挟んだのち、俺は脳みそに再起動をかけて口を開く。


「まとめると、だ」


「うん」


「命を弄ぶ行為が許せなくてお前は、この世界の生き物、とりわけ大好きな人間のために……原神と事を構えて、最終的には倒したってことなのか」


「倒してはいないよ。口出しする私を鬱陶しく思って、自作の箱庭をほっぽっていっちゃったんだ、あの子は。向こうから攻撃されたことはあるけど、それも本格的な争いにはならなかったし、こっちからは一度だって手を出してないからね」


 ふーむ。つまりだ。


 上位者は原神に対し、世界の管理の改善要求を口酸っぱく行なったと。居候だか軒下の猫だかがそんなことを言ってきてしつこいもんだから、原神は癇癪を起こしてどっかへ行っちまった……別の糸へ移っちまった。んで、管理者不在となった世界の面倒を見るべくちゃっかり上位者がその立場を引き継いだ。


 と、要約するとこんな感じか。


 なんとまあ。子供同士の喧嘩みてーな経緯だ。ゲーム機やおもちゃでやってんならいいが、こいつらの場合は奪い合ってんのが世界だからな。ワールドワイドが過ぎるぜ。


 ともかく、俺がくそったれの神と言い続けてきたのは上位者ではなく、原神のほうにこそ当てはまりそうだってのはわかった。


「……だけどそれだけじゃ納得いかねー部分もあるぜ」


「なになに? なんでも聞いてよ」


「俺たち来訪者と『灰』のことだよ。他人の――他神・・の作った世界なもんだから管理が一筋縄じゃいかねえってのは、理屈はさっぱりだが感覚的には理解できる。人の物を借りるってのはなんだって違和感が拭えねえもんだからな……だけどだったら、なんでお前がもっと積極的にならねえのかがわからん。できるだけ人間を守りたい、繁栄させたいっつーんなら、お前の『直接手を下したくない』なんて矜持は捨てるべきなんじゃねえのか?」


「ふむふむ。続けて?」


「何が言いてえかっつーと。お前の意思を『灰』が汲み取って、『灰』の命令を『灰の手』が聞いて、来訪者の活躍する場を作って――なんて回りくどいことをする理由はなんなのかって聞いてんだよ。まさにお前の手足だっていう『灰』はまだしも、来訪者に関しちゃ他所の世界から攫ってきた人間を使ってる。そこも意味不明だし、だからこその疑問なんだぜ。聞く限り原神は確かに悪趣味な野郎だが、果たしてお前にそんなことを言う資格はあるのかってな」


「私も原神に負けず劣らず、悪趣味だと言いたい?」


「それはお前がどう答えるか次第だな」


「あはは、そうだね」


 話の流れでぶっ込んだ感じにはなったが、これは元から必ず上位者に訊ねようと決めていたもんでもある。なんせ来訪者は謎過ぎる・・・・・・・・。管理の肩代わりってだけなら管理者っていう名称の通り、『灰の者たち』だけで十分だ。奴はいくらでも人数を増やせるようなことを言ってたし、人手不足なんてことは起こらねえだろうしよ。


 まあ、あいつは目立ち過ぎる容姿とパワーを持ってるからな。上位者が無用だと断じてる『人類の気付き』が無駄に多発しかねない懸念を思うなら、『灰の手』っていう人間側の協力者を組織するのもわかりはする。上位者が自ら手を下さねー場合における必要措置だと言えるだろう。


 だが来訪者は?


 他所の世界から人がやってくる珍事として現地民にも広く知られること――神の存在を忘れさせたい上位者にとってこれは、本当に望ましい事態なのか? 魔法とはまた別の不可思議極まりない力を来訪者は持っていると。そんなことまで知ってるやつはよく知ってるんだ。それもまた上位者にとってはリスクに違いねえ。


 『灰』なんていう高スペックな道具を作成しておきながら、掻っ攫ってきた来訪者をシナリオの主軸に据えるその行為は、単純に言って意味不明だぜ。


「まず私が手を出さない理由だけど」


 と、それなりに気を張って質問した俺とは裏腹に、上位者の口調は朗らかかつ滑らかだった。


「それは私の矜持なんかじゃあないよ。そんなものだったらとっくにいくらでも破ってるって」


「なに?」


「制約なんだよね。神という存在全てにかかる制約――なんでもできるが故に、何かしてしまうと歯止めが利かない。世界への影響が馬鹿でかい・・・・・。それはどれだけ力を抑制させてもそうなっちゃうんだよ」


「……例えば?」


「そうだね、例えば――魔皇。二宮アリアを、来訪者任せじゃなく私が直に倒したとしよう。するとね。どんなに上手くやっても魔皇諸共その半径数百キロくらいは命が絶えて、一種の神域になっちゃう」


「……!」


「たぶん、ざっと千年も経てば噂のパワースポットくらいには私が残した力も薄れるとは思うけれど、それまでは誰もいつけない。もう汚染地帯みたいなものだね。神気は地上の生物たちにはちょっと強くて、基本は毒でしかないから……耐えられるのはごくごく一部の例外的な強者だけ」


 そんな場所をあちこちに作ったらどうなる?


 と、悪戯な笑みで上位者は訪ねてきた。


「なるほどな。一事が万事、お前が動いちまうとそういうことになるってわけか」


 そりゃあ動けねえわ。というか、動かれちゃこっちが困る。そんなぽんぽんと生物不可侵の地帯を設置されちゃそのうち世界中の生態系がぶっ壊れるのは目に見えてる。


 魔皇がやろうとしていたことを思えば、あいつの対処くらいは上位者が動いてもよかったんじゃねえか……と多少の被害には目を瞑るとして、そう思わなくもないがよ。けどそんときの都合や気分で破れちまう制約なら制約にならねえ。


 そこの自制が利かないようなら、それこそとっくに地上は人の住めない場所になってただろう。だから上位者は魔皇のスタンスがはっきりしても頑として動かず、自分の手で始末をつけようとはしなかった――。


「私が自作した『灰』もそれは同じなんだよね。私ほどじゃあなくても、あの子らを動かせば人の世も大きく動く。それは戦ったゼンタくんもよくわかってくれると思う」


「……まあな。あんな外見も中身もみっちり異常なのが街中を闊歩してたりそこらで戦ってたら、それだけで世界がひっくり返りかねねえぜ」


「シナリオを進める準備に人の協力者である『灰の手』を募って、最近じゃ主導までさせてたのもそれが理由だよ」


 主導、ってのは親子三代で政府長を務めてたイリオスティア家のことを言ってるんだろうか? じゃあそれは最低でも百年以上は前の話だ。『最近』ね……時間の概念が崩れちまうな、こいつと話してると。


「で、そこになんで来訪者まで加える必要がある?」


「足りないからだよ。『灰』は最終手段だし、『灰の手』だけじゃ賄えないし。けど新しく道具を作ってもそれじゃ『灰』と変わらない――だから他所から持ってくるしかなかった。私が核石を使って命を作れるならよかったんだけどね、それもできないから」


「その代替品が、俺たちか」


「その通り――この世界由来じゃなくて、私の力で強化された人間たち。それくらいが舞台を掻き回す役者として丁度よかったんだよ」


「じゃあ、なんも関係ねえ俺たちを、今まで巻き込んできた他の来訪者も、それはそうするしかなかったからだ……ってことでいいのか? 世界の維持とやらの手段を、他に見つけられなかったから。それが答えなのか」


 俺は自然、前のめりになっていた。ここが一番重要なポイントだからだ。最大の疑問であり最大の不満に対する、上位者からの答え。そこに誠意を求めるのは当然のことだ。


 そんな俺の意気込みが伝わったか、上位者はすっとその顔から笑みを消して。

 少し間を置いてから言った。


「いいや? それは違うかな」


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