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534.神さまへのご挨拶ってのは

 神域入りのときみてえに意識がぶっ飛ぶことはなかった。だがそのぶんやけに疲れた気がする。異層だかなんだか知らねえが、同じ神域ん中でも移動には割と体力を使うようだ。


 重力も酸素もねえようなわけのわからん場所を通ってこっちに来てるからな……三半規管がおかしな捻じれ方をしちまってんだろう。それはともかくだ。


「ってぇ~、……もっと優しく送れねえのかっての」


 妙な亜空間を通り抜けて、投げ出されて尻もちをついて。それだけでビキビキと泣き始める全身に俺自身も泣きそうだぜ。


 とにかくまあ体のあちこちがガタついてる。あちこちっつーか、もう全箇所、全細胞がそうだな。ガッタガタもいいところだ。最後に特段の無茶をした右腕を筆頭にどこもかしこも痛い。痛すぎる。もうスキルの効力は全て切れてるもんで、たぶん『灰』との戦闘での負荷が素の肉体にガッツリと乗っかってきちまってんだな。


 【聖魔合一】が解けた瞬間、本当は大声で喚きたいくらいの激痛を感じてたんだがよ。さすがに合格判定をくれたばかりの『灰』の前でそんな情けねえ姿は見せられんかったわ……まあ、あいつのことだ。そっちの強がりもお見通しだったかもしれねえけど。


「さて、と――」


 戦闘中は興奮だか強化だかの影響だかで無視できてた痛みのぶり返しは相当に厳しいが、泣き言ばかりも言ってられん。ここが踏ん張りどころだと自らを激励してなんとか立ち上がった俺は、ゆっくりと辺りを見渡した。


 ……見渡すまでもなかったぜ。何もねえな、相変わらず。


「どう見たってさっきまでの神域となんも変わらねえが……おん?」


 真っ白なだけの殺風景な世界。かと思いきや、よくよく目を凝らすと点が見えた。ものすげえ遠くに、何かがある。それ・・以外には、おそらく本当に何もない。ここはそういう場所だ。


「『灰』と戦ってても思ったが、一層一層が無駄に広すぎねえか……? 持て余してるなんてレベルじゃねーぞ」


 直感が囁き、わかったことはふたつ。それは俺を待っている。そして俺がそれを見ているのと同じように、それもまた俺のことを見ている。……ああ、訂正だ。わかったことはもう一個あった。


 ――それは神である。


「急いだりはしねえぜ。待たせて悪いが、こっちもへとへとなんでな」


 聞こえてるかは知らねえが……や、聞こえてんだろうな。当然みてえに。この静けさなら俺だって向こうの呟きを拾えるかもしれんぜ。


 ボロボロな体を押してえっちらおっちらと歩き、歩き、歩きに歩いて――その間は何も起こらなかった。奴はただ俺の到着を待つのみだった。別に、いきなり不意打ってくるだとか、『灰』もやらなかったようなことをしてくるとは思っちゃいなかったが。


 その姿をしっかりと視認できるようになってから、そして目の前に立つまで。

 上位者かみは一言も発さず、身動きすらしなかった。


 赤張りのそう大きくもない椅子。一人用のそれに肘を置いて座り、ただ俺を見つめているだけだ。


「こんにちは……で、いいのか? 神さまへのご挨拶ってのは」


 アルカイックなスマイル。微笑を顔に貼り付けているそいつは、一枚布から作られたと思しき簡素で飾りのない白服に身を包む――少女だった。


 少女と言っても、外見年齢的には俺よりちょい上くらいか。『灰』と比べりゃずっと大人っぽいが……だけどどうにも、変だった。


 何も感じない。


 顔立ちはとても人間らしい。可愛らしくはあるが、特筆すべきところはないように思う……それこそ『灰』の異様なまでの美貌とは比べるべくもねえ。


 見た目で特徴的なところと言えば、髪の色が紫だってことくらいか。癖っ毛なのかもこもこしたその長髪は、顔立ちの普通さや服装の質素さのせいで余計に目立つ。こっちの世界にゃ獣人なんかも含めて派手な髪色をしてんのもけっこういるが、ここまでのド紫ってのはお目にかかったことがないしな。


 そんな、ようやく会えた上位者かみのあまりのなんともなさに、かえって煽られた不安を隠すように口火を切った俺に。


 それを見透かしたように――あるいは何も見ていないかのように。

 髪と同じ、だけど髪よりも少しだけ薄い紫の瞳を、上位者は瞬きに揺らした。


「――よくぞ参った、人の子よ。我が手により死することを喜べ」



◇◇◇



「ここまでだ」


「あっ――」


 宙に浮いていた映像・・。最奥層の光景を切り取って見せていたその画面の消失にユーキが言葉を漏らす。何故消すのか、と無言の抗議を視線に乗せれば。


「お前たちがどうしてもゼンタの無事を確認したいっていうから特別に見せてやったんだ。戦闘を消化不良で終わらせちまった詫びの意味も込めてな。だけど、これ以上は駄目だ。いくらお前たちでも創造主様の御姿をみだりに見せてやるわけにゃいかん」


 頑としたその口調からは、いくら頼み込んでもこれ以上の譲歩は引き出せないというのがよく伝わってくる。これにはユーキも肩を落とすしかなかった。


 無理矢理に言うことを聞かせられるだけの力もなく、また神域内を移動するための手段も持ち合わせない以上、見えた映像の先で――神の元へ辿りついた先で、果たしてゼンタがどうなったかはもはや確認のしようがない。


「ほんの一瞬しか映らなかったが見た限りは……少女、だったな。君と同じく……」


 先ほど意識を取り戻し、ユーキと共に食い入るように映像を眺めていたマクシミリオンの言葉に『灰』はひょいと肩をすくめる。


「同じくじゃあないさ。創造主様はともかく俺に雌雄なんてもんはないんだから。……それとも言いたいのはそっちじゃない、か? 上位者かみが人の、それも少女の姿をしていることに納得がいかねーかい」


「いや……そうではない。そうではないが」


 だが、なんだというのだろう。

 マクシミリオンは自分が感じているものを上手く言語化できなかった。


 幼い少女にしか見えない『灰』に手酷く敗北し、それより上の存在である神もまた子供も同然の見かけをしていと知って、納得いかないというよりもこれは――この感覚に最も似つかわしい言葉をあてるなら「混乱している」が正しいだろう。


 半冒険者だった駆け出しの頃からずっと抱いていた、そして日に日に増していった奇妙な違和感。その全てに連なり通じるのがあのちらりと見えた『神』であり、上位者であるのだと思えば、その居場所まで届かなかったという事実も含めてマクシミリオンが複雑な心情となるのも無理からぬことだった。


 ゼンタやユーキがそうであるように、彼もまた常人であれば圧し潰されるほどの強い責任感を背負ってここに来た。暫定政府長として、つまりは全人類。それも現地民の代表としてゼンタと並び神への談判を行うつもりだったのだから、その望みが完全に断たれた今。彼はなんとも『灰』の問いかけに答えられずにいた――。


「それはともかく」


 と、そこに割って入る声。


 この中で唯一、立場とは関係なしに純粋にゼンタの助けになるためだけに神域行きを決めた男ナキリにとって、神の外面も内面も至極どうでもいいことでしかなかった。


 少し休んだとはいえまだとても平常とは言い難い状態の彼だが、しかし眼差しには極度の疲労を感じさせないだけの力強さが残っている。


 その目で真っ直ぐ『灰』を見据え、彼は訊ねた。


「これ以上は見せられないというのならそれでもいい。だがその代わり、教えてくれないか」


「何をだ?」


「君が口にしていた『神意』とやらのことだよ。謁見を先に希望したのは柴くんだが、場を用意し招待したのは上位者だ。君のテストをクリアした柴くんを、いったい上位者はどうするつもりなんだ? この神域せかいの奥底で、彼に対して何をしようとしているのか――、」


「そんなことは決まっている」


 最後まで言わせることなく『灰』はナキリの台詞を遮った。決まっている。その言葉にナキリも、マクシミリオンも、そしてユーキも決して続きを聞き漏らすまいと集中する中で、彼らの視線を一身に浴びている白い少女は続けた。


「神は。我が創造主様はゼンタのことを――」


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