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532.もう十分すぎるほど

 ボディに突き刺さった拳を引っ掴み、捻り上げる。そして落とす。投げる、のではなく落とす。そうして組み敷いた『灰』に下段突きを叩き込む。腕に殴打の感触が伝うよりも先に返ってきた蹴りで俺の頭はすっ飛ばされて地を転がって――立て直した、ときにはもう『灰』が飛びかかってきていた。


「ちぇいッ!」

「っらァ!」


 奴の足刀に殴打をぶつける。ゴギンッ!! と互いの部位が悲鳴を上げた。だが痛みはない。おそらく『灰』にもな。今の俺たちには悠長にそんなもんを味わってる暇なんざ一瞬たりともねえ。


「フッ――」


 片足の接地とともに短く息を吐き出しながら、『灰』が反転する。後ろ蹴り。それも上段! 胸と顎をぶち抜かす軌道でやってきたそれを両腕を内から広げることで逸らす――が、逸らしきれない。


「ッ!」


 蹴り脚を遠ざけるのと同時に俺の上体も弾かれ、体勢が狂う。そこを信じられない速度で逸れた脚を引き戻した『灰』が襲ってくる。半身になって突っ込んでくるその勢いはもはや弾道ミサイル。この姿勢じゃ防御も回避も死に択だ。だとすりゃこうするしかない。


「『千極死拳』!」

「!」


 腹筋だけで持ち堪えた状態から、横殴りの必殺技を繰り出す。真っ直ぐ進む力は横合いからの邪魔に弱い。奴自身の勢いがすげえぶん労せず吹っ飛ばせる、つもりだったがそう上手くはいかず。


 奴の突進の直撃こそ受けなかったものの俺は衝撃に宙を舞い、『灰』もまたスケートリンクですっ転んだみてーに何回転もしてた。


 空中制御。今や『ブラックターボ』のジェットなしでもできるようになったそれで俺が体の上下を整えれば、『灰』も地面を殴りつけるような勢いで掴んでブレーキをかけていた。その目がこちらを向く。視線がかち合った、瞬間に俺は宙を。『灰』は地を蹴って互い目掛けて飛び出していた。


「ふゥんぬっ!!!」

「ハぁああァ!!!」


 正面衝突だ。俺もあいつも何を思ってか――おそらくそこにまともな思考なんてもんは存在しねえんだろうが――額と額で力比べをする。大きな音はしなかった。少なくとも俺の耳に聞こえたのは「カチッ」という部屋の灯りのスイッチが押されたような、ごく軽い音だけだ。


「ぐ、ぅ――」


 その連想に違わず視界の光が消えて真っ暗になる。そして明るくなり、またすぐに暗くなる。細かい明滅。やべえ、額だけじゃなくその奥の頭蓋――さらにその奥の脳の大事な部分にまで何かしらが入っちまったらしい。


 こりゃキッツいな。吐き気と眩暈が尋常じゃない。


 ああ、まったく。

 超絶にダルいぜ。


 こんな目に遭ってんのは俺が前世で何かしちまったからか? さすがに今世でそこまでの悪事を働いてきたとは思いたくねえぞ……それとも、んなもんとはなんの関係もなく単に俺の悪運がそうさせてるってのか。それはそれでふざけんなって感じだが。


 久々に味わう、心の底からの億劫さに面倒さ。こっちに来る前の俺は何をするにしてもぶつくさと文句を垂れてた気がするぜ。それがご無沙汰だってのは、俺もちったぁ人間的に成長できたってことの証か。


 こんな俺なんかでも成長できるんだから、やっぱ人間ってのは捨てたもんじゃねえ……ああそうだ。気に入ってるっつー割には人をなんとも思ってやがらねえくそったれ上位者にも、そのことをわからせてやらなきゃな。


 こいつを相手にタルいだのダルいだのとは言ってられねえ……!


「おぉおおおおぉおお!!」


 目をかっ開く。するとそこに迫ってきている『灰』の拳。それが顔面に当たると同時、その方向に合わせて首を回し威力を殺す。


「!」

「ぬォらぁ!」


 勢いのままに膝を『灰』の顔へ叩きつける。顔の向きのせいで拝むことはできなかったが、それでも奴の面が歪んだことはわかった。が、『灰』はその僅かな間に俺の服の襟元を掴んでやがった。


 一旦離れようとした俺の思惑を見抜いてのことかどうか、ぐいっと力任せに引き寄せられる。そして俺は自分から飛び込むようにして、突き出された『灰』の反対の腕に鼻っ柱をぶっ叩かれた。


「がフっ……、」


 意識が、飛びかける。視界の明滅が戻ってくる。脳幹が揺らいでいるのを感じる――あれ、と思う。この胸ぐらを掴んでたはずの『灰』の手が、いつの間にかなくなっていやがる……。


「無為無双――」


「!」


 か、構えている。お得意の技術もへったくれもないざっくばらんな殴り方じゃあなく、しっかりと腰を落とし、腕を引いて、力を溜めて。


 足場のない中空でありながら『灰』の野郎は万全の体勢を作り――そして。


「『灰撃』!!」


 微塵の加減も容赦もなくぶん殴ってきやがった。高速であり超速であり神速の拳。万力の籠ったその一撃に鳩尾を打たれ、俺はあえなく吹っ飛ぶ。


「かっ…………!!」


 ここまでくるともう言葉もなかった。なんで死んでねえのかさっぱりわからねえ。だがなんにしろ生きてる限りは必死こいて耐えるしかない。この細胞レベルで俺のことを殺そうとしてるとしか思えねえパンチを何べん食らおうと、ひたすら耐え忍ぶ。そんで返しの一発をぶちかます。


 それ以外に俺がやれることはねえし――他にやるべきこともねえ。


「は、ア……へ、――屁でもねえぜ、こんなもん」


 思考にすら血が滲む。あいも変わらずシステムによって体は守られている。『灰』渾身の一撃にだって流血することはない。だが、そのぶん余計に中身がズタボロになってる気がする。真っ赤っかだ。まるで『灰』の深紅があちらこちらへ色を移したみてーに、見えるもの何もかもが赤く染まっていやがる。


 それがどうした、と唾を吐く。


「何をしてんだ『灰』……んなとこ突っ立ってねえでかかってこい!」


 自分で攻め入る労力すら惜しい。だから奴のほうから向かってきてほしかった。俺のそんなコスい考えくらい読めてるんだろうが、こちらに負けず荒く肩で息をしている『灰』はちょいとした沈黙を挟んでから。


「上等だな……その威勢、最後まで忘れるなよ」


「!」


 誘いに乗ってくれた。


 宙に立ってた『灰』は急降下で着地し、進軍。それに合わせて俺も腕を動かす。


 接近と同時に打ち出された拳をガード。もう一発。それもガード。返しに俺の蹴り。を、奴は避ける。避けざまに振り抜いた腕を頭を沈めて躱し、左でのアッパーカット。受け止められる。続けて右ストレート。頭を振られることで空振った。そのまま真下に潜り込んだ『灰』の全身を使って回し打つブローを、俺は避けない。食らいながら抱きつく。クリンチ――ではなく。


「ッづぉ!?」


 噛み付く・・・・ためだ。闘争本能に身を任せた、歯に『極死』を乗せての『極死』噛み。『灰』にとってもこの攻撃はまさかだったのか、その呻きには珍しく焦りが含まれていたように思う。けれど、突き破れねえ。『灰』の皮膚は柔らかく瑞々しく端整で、なのに俺の全力の咬合にビクともしねえ硬さがあった。


 できることならこのまま肩や鎖骨ごと噛み砕いてやろうと思ったんだが、さすがにそこまではできねえか。


「っく、お前――」


「うォっしゃぁ!」


「ガッ!」


 俺を引き剥がそうとする『灰』、その脇腹に右フックを連発で入れる。傾いだそこへ大きく一発、今度こそ俺のアッパーが奴の顎を捉えた。


「グ、っは……!」


「まだまだぁ!」


「――調子に!」


「!?」


「乗るんじゃあねえぜ……!!」


 たたらを踏む『灰』に『千極死拳』をぶっ込んだ俺だったが、奴はタダでは食らってくれなかった。一瞬で持ち直し、構え、打ち込んでくる。『灰撃』だ。すれ違う俺と奴の拳は、その果てにどちらもが標的へとぶち当たった。


「ッギぃ……!!」


「グぼ……っ!!」


 ふらつく。俺も『灰』もいい加減ヘロヘロだ――が、奴の目は依然として俺を見据えている。俺の目もまだ奴だけを見ている。


 打って打たれて打たれて打って……もう十分だ。もう十分だろう。

 もう十分すぎるほど、俺たちは確かめ合った。

 だから。


「これで、最後にするとしようか」


 小さな笑みとともに吐かれたそのセリフに。


「ああ、それがいい……ちょうど俺もそうしようと思ってたとこだ」


 こちらも笑みで返してやった。


 とっくのとうに限界は何度も超えてんだ。まだ戦える、いくらでも戦えはする――だがそれじゃ埒が明かない。そもそも落としどころなんてどこにもねえ戦いなんだ。ならば最後はやはり。


「ぶっ飛ばすぜゼンタ……!」


「こっちのセリフだ『灰』……!」


「――『灰撃』!」


「――『千極死拳』!」


 ありったけを込めた拳の、力で。重さで。想いで。

 この戦いを終わらせるしかない。


「オおおおぉぉぉおぉぉおおおおぉおぉおぉおぉぉぉおおっっ!!!」

「あぁああぁぁあああああぁああぁぁぁあああああああァっっ!!!」


 ――最後の光が神域中へと散っていった。


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