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531.ちゃんとした結末を

「っく――、」


 膝をつき、刀を逆手に身を支え、どうにか倒れぬようにと歯を食いしばるユーキ。その傍らには今し方彼女を庇ったことで気を失ったマクシミリオンが横たわっている。しかしユーキに彼を慮るだけの余裕はなかった。


 胸中のみに彼への謝意を湛え、その目は『灰』から離さない。息も絶え絶えのユーキとは打って変わって呼気に僅かな乱れもないその白い少女の腕には、まるで手荷物のようにナキリが持たれていた。


「…………、」


 小さく荒い吐息が聞こえる。ナキリにはまだ辛うじて意識があるようだが……あの様子では自力で逃れることはできないだろう。ましてや戦闘行為などもってのほかだ。まだしも剣を振るえるだけの体力があるのは、もはや自分のみ。


「ぐ、うぅっ……!」


 がくがくと。

 自らの意思とはまったく関係なく、生まれたての小鹿のように揺れる両足。それを叱りつける気持ちでユーキは立ち上がった。


 二人は、ここまでよくやってくれた。拙い自分をよくぞ守ってくれた。ユーキの負担を軽くすることに専念した彼らは、それだけ自らが過度の負担を背負ったようなものだ。とうに体力の限界に達していた二人を【活性剣】で無理やり立たせていたのは他ならぬユーキである。その結果として、死屍累々という言葉が似合う惨状が出来上がってしまった。


 そうしなければとっくに勝敗は決していた。とはいえ、申し訳なさが消えるわけではない。再三再四の無理をさせた自覚はある。だというのに、未だ『灰』を追い詰められていない。その寸前まで辿り着きかけた場面もない。


 『灰』が瞳から深紅の輝きを、全身から白亜のオーラを放つようになって以降は、どれだけシビアに連携し攻撃を重ねても追い縋るだけで精一杯だった。


 これが管理者との実力差。

 来訪者では、現地民では、神の道具には勝てないのか。


 来訪者でありながら連れてこられたのが赤子の時分であったが故に現地民としての意識も根強い少女は、だから余計に悔しかった。母から託されたもの。教会の皆から渡されたもの。そして世界を守るためにと立てた誓い。それらが全部、『灰』の拳に砕け散った。そんな気がした。


 膝を屈してなどいられない。この刀は杖代わりにするためではなく、敵を斬り、伏するためにある。誓いとてそうだ。心にある一本の刀身にも等しいそれは、あくまで支えのためのものではなく――どんな困難をも切り開くための武器としてそこにあるのだ。


 負けられない。断じて負けてはいけない。


 たとえ一人になっても、最後まで戦い抜く。抗い抜く。仮に刀を握られなくなったとしても、噛み付いてでも勝負を諦めない。そのつもりで克己し、立ち上がったユーキに不意の言葉がかかる。


「すまん、お前たち。ここらで一時休戦といこう」


「は、ぁ――?」


 普段は流麗な長髪を乱した少女の愕然とした声。引き摺っている少年の体から驚く気配。そんなわかりやすいリアクションを受けた『灰』は、それ故に少し言い辛そうに続けた。


「この状態の俺にこうまでも抵抗したんだ。勝機こそまるでなくとも、人としては埒外な程に良いところまでは行っている。俺もお前たちを認めざるを得ないほどにはな。だから、続けちまうには惜しい」


「惜しい……? いったい、なんの話をしているのですか?」


「お前たちは十分に強さを証明したし、ゼンタの助けにもなっている。それは戦った俺が保証する。だけどここで無理をしちまうと、かえってゼンタのためにはならない」


「……、」


 要領を得られないユーキに、『灰』は「ほれ」とナキリを投げ渡した。


「!」


 ふらふらのユーキだが、ナキリを落としてしまうわけにはいかない。咄嗟に刀を手放し、ナキリの男性としては線の細い身体を抱き留める。


 一般的なそれとは性別が反対になったお姫様抱っこの恰好でユーキは手の内の彼の容態を確かめ、大事はなさそうだと判断する。それから『灰』へと視線を戻せば――少女はこちらを真っ直ぐに見つめて指差していた。


「ユーキ。お前だけがそうして動けるのはなんでだ? そこのナキリとマクシミリオンが必死になって庇っていたから――もちろん、それもある。だが少なからず俺からの反撃を貰って、その上で攻撃回数もトップであるお前が、疲労困憊の身とはいえ未だに仲間を抱えられるだけの力を残せているのは……他の二人にはなくて、お前にはある要素。即ち【聖魔合一】こそがその最大の要因だな?」


「……!」


 『灰』の口調は反論を許さぬものであり、また内容にその余地もなかった。


 ユーキもまた彼女の言の正しさを認める。それは【聖魔合一】という凄まじいスキルの恩恵を受けている張本人であるが故の認識であり、そしてだからこそユーキは、『灰』が本当に指摘しようとしている事実をもこの時点で察することができた。


「わかったみてーだな。そう、このまま戦い続けたとして、いよいよお前がぶっ倒れちまえば……【。なんてったって二者一対のスキルなんだ。片方が戦えなくなればもう成立してくれない。そうなると必然、ゼンタの【聖魔合一】まで解けることになる」


 ここで決定的な敗北を迎えれば、ゼンタの窮地をも招いてしまう。だが逆に言えば。


 最後まで抗おうとするのをやめ、こうして意識を繋ぎとめているだけでも十二分にゼンタの助けになれるということだ。


 ならば意地や矜持を理由に決着ばかりを優先するよりも、大人しく膝を屈するほうが。『灰』の提案を受け入れ休戦するほうが、遥かに賢い選択であるだろう。


 しかし――。


「…………、」


「納得いかねーって面だな」


 ユーキの葛藤を見て、白い少女はその美しいかんばせに苦笑を乗せる。


 ユーキが何を考えているかは彼女にもだいたいわかる。


 自らを奮い立たせていた矜持を捨て去るのは正しいことなのか。そもそも、一理あったとしても敵の案を素直に聞き入れてしまっていいのか。それは口車に乗るのと同義で、思わぬ窮地を招くことにならないか――そういった戦士としてのプライドと警戒が半々といったところだろう。


 それ自体は熟慮して当然のものであり、ユーキが即断しない、できないことを責めるつもりは『灰』にもなかった。


 ただし、熟慮した結果が戦闘続行などという最悪の選択となってしまうようなら、堪ったものではない。なので『灰』はすぐにも行動に移る必要があった。


 なんとしても【聖魔合一】が解けてしまわぬよう。


「疑いを晴らしてやる」


「なっ……!?」


 驚愕に目を見開くユーキ。彼女の視線の先で『灰』は信じられない行為に及んでいた。


「この通りだ、一ノ瀬勇気。俺に――向こうの『おれ』に、もう少し時間をやってくれ」


 全身の輝きを消して。

 腰を曲げて、頭頂部を晒して、深々と頭を下げる。


 神の手足を自称する半上位者とでも言うべき存在が、そうでない存在に低頭する。それがどういう意味合いを持つのかは明らかだ。


 彼女は本当なら、こんなことは絶対にしない。してはいけないはず。なのに、それを曲げてまで首を垂れる理由とは。


「もうすぐなんだ。もうすぐ、向こうの決着がつく。『おれ』とゼンタの戦闘が……『おれ』にとって初めての勝負・・が終わろうとしている。だからお願いだ。もう少し、あとほんの少しだけ待ってくれないか。どんな終わり方になるにせよ、ちゃんとした結末を迎えたい。そのためにはユーキ。どうしてもお前の協力が要るんだよ」


「…………」


 ゼンタの【聖魔合一】が解除されることを誰よりも望んでいないのがこの『灰』である。管理者としての尊厳すらかなぐり捨てたその懇願に、他一切の含意はないとユーキは理解する。


 何せゼンタの不利を望まないのは彼女も同じであるからして――故に、『灰』への返答はもはや決まっていた。


「わかりました。休戦の提案を受け入れましょう」


 ナキリをそっと横たわらせ、刀を拾い上げたユーキは迷いなくそれを鞘へ納めた。これ以上は戦わない、という彼女なりの意思表示だ。


「ただし、オレゼンタさんの戦いがどうなるか。それ次第ではすぐにも再戦の火蓋を切らせてもらうことになりますが……」


「ああ。それでいいよ。ありがとう」


「……、」


 心からホッとしたような顔と口調で礼を告げる『灰』に、ユーキはそれ以上何も言うことはできなかった。なんとも言い難いやりきれなさを振り払うように、そっと相手から目を背ける。


 戦うことすらできなくなった彼女には、それくらいしかやれることがなかったものだから。


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