53.死の栄光の終わり
「なんだっ！？」
「うわぁああああ！」
乗っかっているドラッゾも、降っている羽根も、飛んでくる矢や魔法も、そして足元にいる俺たちも。
赤黒いオーラを纏った途端に、超巨大ムカデは自分を邪魔するもんを全部まとめて振り払っちまった！
「くそ、マズいぞ！」
「俺らに見向きもしねえ！？」
「こいつ、街に行こうとしてるんだ！」
無防備を晒す俺たちへ攻撃してくるかと思いきや、ムカデは一心不乱といった様子で前へ進みだした。何本か脚が駄目になっていることなどまったく影響がないかのように……いやむしろ、さっきよりも動きが速いぞ！
「なんとかならないのか！？」
「駄目！ 止まらないわ！」
防衛線とでも言うべき遠距離に強い連中で作った壁からの砲撃にもなんのそのとムカデは突き進む。装甲が厚い、というよりも自分のダメージに無頓着な感じがする。こんにゃろう、そんなにポレロを壊してぇってのかよ！？
「……っ！」
見えちまった。ムカデの進む線上にサラとメモリがいる。遠距離組は横に広がって立っているってのに、ムカデはまるで狙ってるみてえにちょうど二人の真ん前を目指して走っていきやがる！
「ヤバい……！ そっから逃げろぉ！」
逃げろと叫んでいるのは俺だけじゃない。直進してこようとそうでなかろうと、あのムカデのデカさだ。危ないのはサラたちだけでなくあそこにいる全員がそうなんだ。
俺たち近距離組は必死にムカデを追いかけつつ、その先にいる遠距離組へそこから逃げるようにと口々に大声で伝えていた。
「ちっ、ここらが限界だな。離れるぞ！ 俺の位置から左右に別れろ！」
遠距離組の攻撃を指揮していたトードが離脱を命じると、防衛線は彼を中心としてさっと割れていく――が、移動せずにそこに居座る影もあった。
「！？ おい、何をしてんだお前たち！ 離れろと言ったろうが！」
トードの傍に残っているのは、よりにもよってサラとメモリだ！
指示を聞かない二人にトードは教師が生徒に叱るような調子で怒鳴ったが、それでも二人は首を縦には動かさなかった。
「トードさん。これ以上あれをポレロに近づけては、少なくない被害が出てしまいますよ」
「ここで、止める。……違う。ここで倒す」
「それができりゃ苦労はしねえ――ってお前たち眩しいし暗いしで見辛ぇな！」
「きゃっ。トードさんにまで口説かれちゃいました」
「ふざけてる場合かサラぁあああああああっ！」
「わ、遠くからゼンタさんの声がする……って私たちの会話が聞こえてるんですか！？ 耳が良すぎますよ！？」
くいくい、とメモリがサラの袖を引っ張る。無言だったが、サラにはその意味がわかったようだった。
「わかってますよメモリちゃん。もうすぐそこまで来てますもんね。メモリちゃんのほうは？」
「いつでも」
メモリの手にはしっかりとネクロノミコンがある。
それを見てうんと頷いたサラは、トードが後ろから色々と言うのも気にせずにムカデへと向き直った。
「わあ……近くだといっそ笑っちゃいそうなほど大きいですねー。こんな山のような相手に近づいて戦える皆さんは凄いです。私にはできないこと……だからこそ！ 私にできることを一所懸命に！」
テッカテカに光る全身の輝きをもっと強めて、サラはムカデのほうに手を出した。
「『風鳴りと海鳴り、星と地の結び、守護の名に傅き』」
詠唱。
前に聞いたのとは違う文言だ。
カッ！ と一際強く光を放ったサラが魔法を発動させる。
「『ハイプロテクション』！」
人を数名はすっぽりと覆える『プロテクション』。それが半球状の形をそのままに、十倍くらいデカくなったような……サラが展開したのはそういう新しい防壁だ。ムカデはそんなもの目に入っていないみてえに構わず猛進したが――。
「ギイィィッ！」
半透明の壁に侵攻が阻まれた。思い切りぶつかっても破れなかったそれに、ムカデが怒りの声を上げている。
ドラッゾよりも突進力のあるムカデ野郎をたった一人で食い止めるたぁ、サラのやつやりやがるぜ！
「一瞬しか持たないのは同じです！ ですのでメモリちゃん、お願いしますね！」
「――ネクロノミコン。遠慮なく、吸って」
祈りでブーストした魔力を消費して輝きを失ったサラと交代するように、メモリが前に出る。先ほどのサラ同様、メモリもまた全身の黒いオーラをいっそう禍々しくさせて本を開いた。とあるページで自動的に止まったネクロノミコンはまるで、新しい主人の力の解放を待ち望んでいるようにも見えた。
「『終の息吹、亡者の行進、彼柳。地の底の頂に燻る灰は我が母の涙に似る』」
メモリのオーラが一度手元へと……ネクロノミコンへ集中したかと思えば、そこから膨大な量の闇が飛び出した。
飛び出した先にいるのはもちろん、ムカデだ。
「『死の栄光の終わり』」
超巨大ムカデに纏わりつく、闇。
闇としか表現できないその真っ黒な物体は引力でも持ってるみてえにムカデを吸い寄せ、放そうとしない。
とんでもないパワーを持ってるムカデが振り払えないものとなると、アレは相当やべえぞ。そんなこと考えなくたって、見た目だけでも十分に怖さは伝わってくるがな！
「ギィィイイィイィイィィイイイッ！！」
「ぐ、う……、」
だが敵もさるもの、サイズとパワーを存分に活かして暴れに暴れ、目の前の闇空間から逃れようとする。離れはしないがこれ以上吸い込まれもしない。綱引きみたいな状態にメモリは汗を流して顔を顰めていた。どうもこの術はメモリの体力が著しく消耗させられるみてえだな。
「ドラッゾぉ！ 行けるか！？」
「グラァッ！」
俺がそう命じるのをわかってたみてーにドラッゾが威勢よく吠えた。
ドラッゾは既に、食い千切られた右の前脚から新しい脚を三本も生やしている。それを見て俺は笑った――意思疎通がパーペキじゃねえかよ！
「よぉし！ 叩き込め、ドラッゾ！」
「グラウ！」
ビュン、と近距離組を易々と追い越して飛翔したドラッゾがその勢いのままにムカデへ突っ込む。
「グロォァアアアアアアアアッ！！」
「ギイィッイイイイイイイイィイッ！？」
脚三本ぶんの打撃。ドラッゾ流のパンチを思っきし背中に受けたムカデは闇空間へと押し込まれる。今度は悲鳴のような金切り声を出したムカデだが、頭の部分が闇に飲まれたことでそのうるせえ声も一切聞こえなくなった。
「……飲み、込め……全部っ！」
完全に頭が埋まっても胴体をじたばたとさせて懸命に抵抗するムカデ。
それに対してメモリは力を振り絞るようにネクロノミコンを掲げて、闇空間の引力を強めた。
や、詳しいことはわからんけど、ズルルルっ！ と麺を啜るような感じでムカデが闇に引きずり込まれていったのを見るに、きっとそれで間違いはねえはずだ。
それでムカデはすっぽりと闇に消えて、その闇も瞬く間に縮んでなくなった。
「……き、消えたぞ」
「グレーターセンチピードが、死んだ？」
「勝った、のか」
「勝った。勝ったんだ。あの恐ろしいムカデに……！」
「俺たちが勝った！」
「やったぁあああああ！！」
「はは……ドラッゾ、お疲れさん。戻っててくれ」
「グラウ」
一人の雄叫びをきっかけにして、うぉおおおおおおぉっ！！ とこの場にいるみんなが大歓声を上げた。これが勝利の勝鬨ってやつか？ 手を叩いて喜ぶテッカや、近くの人間と肩を組んで笑っているパインを見ながら、ドラッゾを労いつつ俺も嬉しくなる。
無事に街を守れたし、ムカデに吹っ飛ばされた中にも大した怪我人はいなさそうだ。
そんでそれだけじゃなく――。
『レベルアップしました』
例のもんも貰えたからよ。
やっぱあのサイズだ、一人で戦ったわけでもトドメを刺したわけでもないが、経験値はかなり入ったっぽいな。なんせ一気に２レベルも上がってるからよ。
立て続けに上がったことはあっても、一度に二回分のレベルアップを経験したことはまだなかったんで、これはそんだけ超巨大ムカデが強敵だったのだと言えるだろう。
俺一人じゃ絶対に勝てないってのはわかりきってるしな。
そういう意味じゃ、あのインガと同じようなもんか。
ん、そーいえば……俺のレベルが上がったってことは、もしかすっと。
「――その顔は、あんたも？」
「つーことはやっぱりお前もか」
近くにいたカスカを見れば、向こうもこっちを見てにやりと笑った。
直接言わずとも来訪者同士、互いにレベルアップしたことを察したぜ。
「経験値ウマウマ。糞イベだとレイドボスの経験値がろくに入らないこともあるけど、こっちは良心的だったわね」
「お、おう……？」
カスカが機嫌良く話している言葉の意味がよくわからず適当に返事してると、場の一部が騒がしいことに気付く。
「なんだ？ 遠距離組のほうに人だかりが……」
「ホントだ、何かしら。んー……あっ」
ふわりと浮いて、上から人の集まりを覗いたカスカが言った。
「あんたの仲間が、倒れたみたいよ。メモリって子だったかしら」
