529.『千極死拳』
動き方が、戦い方が変わった。
飛び蹴りの三段蹴りとかいう離れ業を繰り出してきた『灰』からなんとか距離を取りながら俺はそう思った。
攻撃がより苛烈になった……っつーより、より容赦がなくなったって感じか。実力の誇示か管理者としての矜持なのか、俺の攻撃は全てきっちりと避けるか躱すか。それができるときは必ずそうしていた『灰』が、ここにきてとんとそれに拘らなくなった。
被弾上等で突っ込んでくる。まるで俺が強敵相手にやるような玉砕覚悟の突撃戦法を、強敵である側の『灰』のほうがやりやがること。それは素直に俺の攻めの出足を鈍らせる効果があった。
ガードしないという危険なはずの選択が逆に被弾を避けることに繋がる。普通なら滅多に起こらないそんな事例が今、起こっちまっているんだ。何故って、こいつと俺とじゃ同じく一発同士を食らわせるにしても……ダメージ量がてんで釣り合わねえ。そんなことを繰り返してたら先にこっちが破産しちまうもんでよ。
「ッ……!」
変わらず続く『灰』の猛攻。それを【先見予知】に頼らず己の五感だけで避け続ける。こっちの世界に来てからはあんまし活用してこなかったが、どうにか俺本来の危機察知能力は錆び付いちゃいなかったらしい。
際どくはあるものの回避には成功している。それだけに専念すりゃ身を守ることは難しくねえ。さっきまでそれすらろくすっぽできなかったことを思えば、この短い間に俺が飛躍的に強くなってるってのは確かだろう。
ただ、当然と言えば当然だが。守ることだけに集中してちゃ攻めには出られねえ。それじゃ駄目だ。身を守ることと勝つことはイコールじゃあない。頑張り次第で負けねえことはできたとしても、勝ちは絶対に貰えねえ。明確な勝利こそを欲してる俺にとっちゃこいつは死活の事態だ。
どこかで攻撃に転じなけりゃいかん……ああ、わかってる。勝つためには攻めまくること。それは俺が築き上げてきた勝利の絶対法則でもある。だが――この切れ目のねえ殺意満点の連撃のどこで、どうやって?
下手に打って出てそこが隙になったら本末転倒だ。相打ちになったとしてもそれも含めて『灰』の狙い通りだってのは明白。だとすりゃ、この場面で俺がすべきなのは。
「――はぁっ!」
「!!」
よぉし、止めてやったぜ。奴の両腕をしっかりと掴んでやった! そうなりゃ自然と連打も止まり、『灰』の動きも止まる。深紅の輝きを放つその目が大きく見開かれた、ところを俺の蹴りがかち上げた。
「グっ……!」
まだフリーな足がある。それを思い出される前にこっちが顎をぶち抜いてやったぜ。あんだけじっくりと攻撃を見られりゃ目も慣れるってもんだ。それでも今の『灰』を捉えきれるかは賭けだったが、俺はその博打に勝った!
「そぉらァ!」
「ヅ、」
浮いた『灰』の身体にストレートを叩き込む。すると芯に入った例の手応えが腕を伝ってきた。これだ、これを何度もやるんだ。『灰』の攻撃は貰わず俺だけが食らわせる! そうすりゃ勝てるぜ……!
一周回ってそんな当たり前な作戦しか立てられなくなってるあたり、俺がどんだけいっぱいいっぱいかはわかってもらえるだろう。そりゃあこうもならぁな――今のをまともに受けて、即座に反撃してくるような怪物と戦ってんだから!
「っヂぃ!」
飛び足刀の側面に手を当てていなす。両腕で必死こいてやってんのに、ドリルにでも触れたのかってくらいに削られる。まだまだ馬鹿げたパワーは健在かよ。こっちだってとうに人間の、どころか来訪者の上限だって超えてる自負はあるってのに。
度重なる強化の末に今の俺がある。『これより先』はもうない。持てる要素を余すことなく、千パーセント発揮しているのがこの状態。つまりはなんの誇張も比喩もない全力――まさしく全ての力を費やして戦っているところだ。
同じく『灰』だって全力だろう。おそらく『これ以上』はこいつにだってない。今見せている力が全てなのはきっと間違いない。……そう信じたいぜ、ホントに。
だが、仮にそれが真実であったとしても、不利なのは明確にこちらのほうだ。ここまでやってもまだ殴り合って押し込まれるのは俺。蹴り合って先に弾かれるのは俺。面と向かい合ってチャンピオンに挑むチャレンジャーは、俺のほうなんだ――。
「計算違いが透けて見えるぜ」
「!」
振り向きざまに振った肘へ自らも肘を合わせてきた『灰』が、そこで動きを止めた。そして流し目で俺を見つめながら告げる。
「何度も強化を重ねればいつかは追いつけるとでも思っていたか? 戦いをやめなければ、いつかは追い越せるとでも無想していたか――舐めるなよ、餓鬼。俺は管理者だぜ」
「……!」
グ、ググと。
かち合っている肘がやはり、押される……!
「創造主様の腕となり脚となり。その御力故に直接的には世界に関われない神に代わり、全ての整備を代行する生きた道具。それが管理者ってものだ。ゼンタ、何も知らず舞台に立つべき無垢なる来訪者よ。お前が主演足り得るのは全て、俺や、俺の手足したる協力者のお膳立てによるもんだってことを忘れてくれるな」
「ちぃ……!」
押し切られるより先に、こっちから離れる。そして後ろ回し蹴りに移行。
「どこまでも身勝手な理屈を押し付けやがる! どんだけ我儘なら気が済むんだ!?」
「この俺を身勝手だと、我儘だと思うんなら!」
俺の蹴りを食らいながら。その細っこい体に衝撃の全部を受けながら、なのに『灰』の足は止まらなかった。確かに歩を刻み、こちらに近づいた少女の拳は、硬く硬く握り締められている。
「お前なりの理屈! お前なりの身勝手で――我儘で! 俺を打っ潰して、押し通ってみせろ!」
「ヅぉっ……!」
突き出された拳を、折り畳んだ腕で受ける。こっちも負けじと防御を固めて対抗したが、だからって威力を殺し切れるもんでもねえ。
ガード越しに響く衝撃で目がチカチカしやがる……だが奴は守りなしで俺の蹴りに耐えたんだ。俺だってこんくらい耐えてみせる。耐えられて当然だ!
「んなこた言われんでも――やってやるってんだよダボがっ!」
入り身の肘打で顔を打ち、そこから首相撲に入る。三発膝蹴りが入ったところで『灰』の怪力に組んだ腕を外されたが、そこを見越して頭を引いてた俺は頭突きを敢行。身長の関係で打ち下ろす形になったその体勢から、俺は片足を少しだけ上げた。
「オォ!」
そして振り下ろす。その先には『灰』の剥き出しの足の甲がある。そうやって位置を縫い留め、動きが止まったところにショートアッパーをぶちかましてやった。こいつは俺がよくやる喧嘩殺法のひとつだ。上手く決まったぜ――へっ、こんだけ人の枠を飛び越えてやることがただの喧嘩と変わりねえとは滑稽だな。
だがそれでいい。そんなもんでいいんだ。
俺なりの我儘ってやつぁ、どうしたってこうしなきゃ貫けねえもんらしいんでなぁ!
「千連……!!」
「なにっ――?!」
「『千極死拳』!!!」
――やっぱりな。大抵のことはやる気でどうとでもなるもんだ。
五十連がやっとのところだった俺が、千連を放つ。それはさすがに『灰』にとっても想像の遥か上を行く出来事だったらしい。まあ、そうだろう。どう考えたってこれは理屈に合わねえことだ。けれど、俺なりの理屈だと違う。
足りねえもんは気持ちで補う。そんなことは誰だって大なり小なりやってることで、俺がやったのもそれと同じだ。
勝つ。絶対に勝つ。勝てなくても勝つ。
そうと決定したからこそ打てた、何もかもを飛び越えた一撃は。
「ガッ、は……――、」
目に見えて『灰』への痛打となった。
その口から吐き出された真っ赤な血が、それを教えてくれたぜ。




