526.勝手な期待ってもんに
これまでさんざっぱら俺を助けてきた超便利スキル【先見予知】……その予知めいた攻撃察知能力すら役立たずにさせちまう神速の攻撃。それに煮え湯どころか溶岩を飲まされてきた俺だが、【聖魔合一】の発動によってなんとか。予知をも上回る『灰』の攻めに対して反応できるようになっていた。
見えなかったもんが見えるようになって、防げなかったもんが防げるようになった。
万全に、とはいかないが曲がりなりだろうと対処が叶っていることは確かだ。そして――攻撃された瞬間がいつなのかすらわからなかったさっきまでと違って、きちんと認識できている今。
それが発動条件であるスキルもまた、使用可能になっていた。
それこそが――。
「【死線】と【亡骸】……そうか、これはそういうコンボか」
殴られたことで原型がなくなった偽の死骸。それを確かめてぼそりと言った『灰』の真後ろで、瞬間移動をした俺は既に攻撃態勢に入っていた。
【死線】による距離の短縮と、【亡骸】による身代わり。そのふたつを同時に発動させる俺のスキルコンボ!
かつて仮面女に一発芸と揶揄された、強敵が相手だと殺せねえ初見殺し。言わば中途半端な技だが、これで仕留めるとはいかなくとも一度は通用するってんだからまあ、宴会芸よりは多少役に立つ。
スキルの性質上攻撃がくるタイミングを把握できてねえと発動が叶わず、そのせいで『灰』との戦闘じゃ使いたくても使えなかったんだが――その禁が解かれたことで俺は労せずして『灰』の後ろを取ることができた。
このチャンス、無駄にはしねえ。
「五十連……!」
「!」
限界を超えて、その先へ。そこからまた伸ばす。力を込める。壊れちまってもいい。そうなったとしても自分ごと殺し切る。
そんぐらいのつもりでなきゃ、こいつを参らせるこたぁできねえだろうからなぁ!
攻撃が超速なら反応も超速。やはり『灰』の動きはべらぼうに素早かったが、今ばかりはこいつが何かするよりも……俺の拳のほうが速ぇぜ!!
「『極死拳』ッ!!!」
「…………!!!」
振り向こうとした『灰』の横っ面を押し返す形で、俺の五十連『極死拳』がぶち当たった。
手応えは……上々! その感触にあやまたず『灰』の小さな体が宙に浮き、吹っ飛び、地面にバウンド。水切り石みたいに何度か跳ねて止まりかけたその瞬間、ダンッと足が地を蹴った。そうして『灰』は自らの意思で最後のひと跳ねを行い、足から降りて着地。
何事もなかったかのようにそこに立った。
「痛いじゃねえか、ゼンタ」
「……、」
――効かねえ、か。
いや、効いちゃいる。無表情ながらに上気した頬。荒くなった息遣い。俺を見る目の圧。それらが全部、『灰』の感じた痛みを俺に教えてくれている。これまでの攻撃とは一線を画す、良い一撃。それが通ったっていう実感はある。
あるが、しかし。
「俺を格上だとは思わない、か。有言実行とは惚れ惚れするぜ。……だが俺も『灰の者たち』。来訪者とは訳が違う、真なる神の道具だ。そう易々と対等になられちゃ困るんだよ」
足りねえ。
まだ、ここまでやってまだ足りてねえ。
「お前は大した男だが、ゼンタ。そんなお前を審査する役目を担ったからには俺も『灰』らしさを全うしないことには顔向けできない。創造主にも、お前にもな。だから――」
あと一歩――あと一手。
本当の意味で『灰』と並ぶにはあと少し。
そのあと少しが、決定的に欠けている――!
「お返しするぜ」
「……!」
右へ左へ。ジグザグの軌道で俺の目を定まらせねえよう間合いを詰めてきた『灰』が、気が付きゃすぐ目の前で拳を構えた。
打たせてはならじと俺ぁすかさずそこへ蹴りを入れてやったが、当たらねえ。残像か! それに気付いた瞬間に『ターボジェット』を吹かして離陸し――既にその先で待ち構えていた『灰』に進路を塞がれたことで絶句した。
「ようゼンタ。遅かったな」
「っ、この――」
「オッラァ!」
「グぉッ……!!?」
奴の打撃に闇の操作を間に合わせることができたのは奇跡に近い。『ブラックウイング』の形成に費やしている膨大な闇。その質量なき実態を全て鎧のように身に纏い、それに加えて交差させた両腕でガードも行った。完璧に機先を制されておいてここまでできたんだから上等だろう。
しかしそれも全ては、奴の拳が齎す予感。その絶対的な暴威の悪寒にケツを叩かれたからこそやれただけの――所詮は苦し紛れの防御でしかなくて。
「カっ……ハァッ……!!」
集めて固めた闇も、身を抱くようなガードも。
そんなもん目にも入ってねえって具合にお構いなしで突き進んできた『灰』の拳が、強烈に俺の胴体を打ち据えた。
弾かれた両腕。飛び散る闇。絞り出された肺の空気。悲鳴すら上げられずに俺は隕石のように落下し、全身で地面に熱烈なキスをすることになった。
太い針にでもぶっ刺されたみてーに頭がガンガンと痛む。喉の奥からは血でも胃液でもない何かが体内からせぐり上がってくる。打たれた腹はもはや痛えだのと言ってられねえほどに喧しい。そこにもう一個心臓でも埋まってんのかってほど血流だかなんだかがドクドク言ってやがる……はは、なんだこりゃ。
痛みにのたうち回ることもできず、大の字に倒れ伏しながら思わず笑っちまう。これが『灰』か。必死こいた俺の一発に余裕を持って耐えた挙句。そのお返しに軽々とこんなもんをくれやがるのが、管理者っていう存在なのか。
ようやく本気を引き出せた。
そんな感慨に浸ることもさせちゃくれねえ。
強い。強すぎる。
そして何より――。
「お前も楽しめてるか、ゼンタ?」
「……!」
俺の頭の傍に降り立った『灰』が、そんなことを訊ねてくる。
今まさに死にかけてる相手によくぞまあ……とは思うが、こいつの真意はわかってる。今の俺にはそれもよくわかるんだ。
「あぁ、そーさな……せっかくなんだ。楽しまなきゃ、損ってもんだ……そうだろ、くそったれ野郎……」
掠れた酷い声。我ながら聞き取りづらい言葉だったが、『灰』はそれにしっかりと頷いた。超然とした雰囲気が、少し薄れている。
「そうだぜ。もうわかってんだろ? 上位者様はな、ゼンタ。面白い奴が好きなんだよ。面白い人間を、お求めなのさ。どんな窮地でもへこたれねえ。『灰』を前にしても飽きらめねえ。そして最後にはなんだかんだと勝ちの目を拾っちまうような――そういう奴が現れるのを心待ちにしていらっしゃる。道具でしかない俺には、その心境は推察のしようもないがな。だけど……お前に対してかつてないほどの期待が寄せられていることは確かだ」
「…………」
「贅沢を言うなら、まだくたばって欲しくはないな」
「………………」
「もっと贅沢を言うなら――今の俺にも一泡を吹かせる。それくらいのことはやってほしいもんだぜ」
「……………………」
沈黙してる間、俺は特に何も考えちゃいなかった。考えるべきことなんてなかった。単にひと息つきたかったってのと、もうひとつ。改めて覚悟のし直し――いや、重ね直しをしときたかった。そのための時間だった。
「――承ってやる」
「ほお、ゼンタ……念のために聞くが、何をだ?」
「お前と、それからクソ神の……勝手な期待ってもんに応えてやろうってんだよ」
感謝しろ、と。
喉奥から絞り出した言葉に、『灰』は少し長く瞼を閉じて。
次に開いたとき、その雰囲気はより冷涼で、より荘厳なものとなっていた。
「一分待つ。それまでに立ち上がって、しゃんと構えろ。そして言ったことを守りな」
「もちろん守るぜ。だがよ」
「なんだ?」
「一分も要らねえよ、馬鹿野郎」
言い終わるよりも早く、俺は霧散した闇をもっぺんかき集めて。
【聖魔合一】が放つ、光と闇が一体となったオーラとぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて。
それを身に纏うんじゃあなく。
この身の内部へと取り込んだ――。




