522.ここからが本番だ
「なんだって……?!」
力強い輝きを放つユーキ。その黒と白が混然一体となったオーラの複雑なコントラストを目にした『灰』の表情は、ハッキリと驚愕に染まった。
「おいおいおい、そいつは創造主さまが珍しくも失敗を反省して、次世代用にと急遽こしらえた特別製のスキル。その発動条件は俺もよく知っているぞ――お前は今! 条件を無視して発動させたな!? どうやってそんなことを可能にした!?」
「わかりませんか?」
「わからないから聞いてんだ、っとぉ!?」
果断の斬り込み。接近と剣身の振り抜きが同時に行われたことで『灰』の言葉は遮られた。突然のスピードアップに目を丸くする白い少女だが、それを見返す黒白の少女の瞳はひどく涼やかだった。
「わからないのなら、それがあなたの『性能限界』なのでしょう」
「なんだと……、」
「【真閃】・【果斬り】!」
言い返す暇もなく返す刀で斬られる。切り傷こそ負わなかったが『灰』の矮躯は軽々と吹き飛ばされ、地に激突。――その間も考え続けていたことで、彼女の中ではようやくひとつの仮説が成った。
【聖魔合一】。ユーキを劇的にパワーアップさせているそのスキルは、二者一対という異例の特性によって成り立っているものだ。故に発動条件もそれに則したものとなっている。
使用者二人が同じ敵と戦い、共に並び立つこと。それが唯一にして絶対の条件。
それを前提に今の状況に当てはめてみると――。
(……なるほど。敵はどちらも『灰』で、場所も神域。条件的には一応クリアされているってことか……だがそれにしたって)
理屈上はそうでも、実情は違う。戦っている『灰』も本来一個の存在とはいえ、相手にしているのは別個体。そして、同じ神域と言っても次元が違うのだ。これでは【聖魔合一】の条件は満たされない――はず。なのにユーキはどうやってかその不可能を可能にしてしまっている。
滅茶苦茶だ。
「――ハッ、いいねぇ」
あまり納得はいかないが、別にいい。これは歓迎すべきことである。
ここまでの戦いぶりを見て先代とは違い殻を破れない側の人間だろうと思い込んでいた相手が、易々とそれを成し遂げた。自身の殻だけでなく、こちらの勘違いをもそれは見事に打ち破ってくれた。
完全なる想定外。この事態を喜ばずしてなんとする。
喜悦に満たされた面持ちで上体を起こした『灰』。その顔面に。
「『スネグーラチカの雪剣』――『深々雪花』!」
「儀剣流――『十斬り』!」
冷気を纏う斬撃と、十文字の斬撃が命中。『遠斬り』という技を重ねることで威力を飛躍的に上げたマクシミリオンの技と、斬った後にその部位を凍らせて砕くという追加効果のあるナキリの技。その双方が互いを邪魔することなく、されど間断もなく『灰』に当たったことで彼女はほんの一瞬だけ視界を失った。
受けた衝撃に首を仰け反らせつつも、痛痒はない。ダメージなど発生していない。ナキリとマクシミリオンの全力でも一時目を瞑らせるのが精一杯――が、今この時。その刹那の間は値千金にも等しい価値を持つ。
何故ならば。
「【合いの刃】発動――【唯斬り】と【果斬り】を結合」
「!」
刹那さえあれば、今のユーキにとっては絶好の攻め入る機会になるからだ。
「【終斬り】!!」
「ぬッぐぉ……!?」
晒された首狙い。ユーキの意図を読み取った『灰』は咄嗟に腕を交差させて喉を守った。それと同時に着弾する衝撃。もはや剣戟というより爆発に等しい一撃を受けた『灰』は防御越しにも衝撃で浮き、飛ばされ、どうにか足を地面に届かせて体にかかる慣性を殺し――ようやく止まる。
「ッ、」
腕がじんじんと痛む。――痛む! その事実に『灰』の唇は少しだけ震えて、ぐっと力を入ることでそれを抑えた。勿論、震えの理由は痛みでもなければ恐怖によるものでもない。
「すげえなぁ……さっきまでとは雲泥の差だ。ここまでのものかよ、【聖魔合一】。どんな理屈かはともかく俺も謹んで礼を言わせてもらうぜ。当たりだ。あっちの『灰』に負けず劣らず、俺もまだまだ楽しめそうじゃねえか」
同一体であり、フィードバックもあるとはいえ、実体験を伴うかどうかの違いは大きい。
ゼンタの担当となった『灰』をそこはかとなく羨んでいた彼女は、必ずしも己が貧乏くじを引いたとは限らないようだと笑みを深める。
わかりやすくテンションを上げる『灰』とは対照的に、落ち着き払った所作で刀を柄に収めたユーキは言った。
「それを当たりだと言うのなら、やはりオレゼンタさんのほうだと思いますよ。より正確に言うのであれば、大当たりといったところでしょうか」
「なに? ……あっ、そうか!」
ゼンタこそが今回招待したただ一人の主客であるからして、彼が本命であることは言わずもがなだ。なのでユーキの指摘の意味がすぐには解せなかった『灰』だが、少し考えるとその言わんとしていることが理解できた。
【聖魔合一】は二者一対のスキル。片方だけが発動を許されることはない。つまり。
ユーキが発動させているということは即ち、片割れであるゼンタもまた【聖魔合一】の恩恵に与っているということ――。
「うわっ、ずりーな俺! タイマンでのテストだってのに……!」
ゼンタとユーキが来訪者の中でもマリアと並び歴代随一の逸材だった魔皇を下せた背景には、上位者がいずれ来たる時を思い作成していたこの絶大なスキルの存在がある。これの有無が勝敗に直結していたと言っても過言ではない。
叶うことなら『灰』も【聖魔合一】込みでの実力を味わいたかったところだ――が、テストはあくまでゼンタ個人の資質を測るためのもの。ユーキと連れ立っていなければ発動できないスキルは用をなさない。
という前提があったのだが、それが崩れてしまった今。やはり相対的に自分が貧乏くじを引いてしまった事実は否めない気がしてきた『灰』だった。
「【居合】・【領域】発動」
「!」
「【合いの刃】発動、【首狩】と【手打ち】と【足切り】を結合――【総断ち】」
「ヅぐ……!?」
抜刀一閃。それは刀の届く間合いから遠く離れた位置で振るわれたものだったが、その剣撃は空間という壁を飛び越えてしたたかに『灰』の身体を打った。
そこに飛来する氷剣と剛剣の斬撃。情け容赦なしの連撃に対して少女は。
「いいぜ。どうせ全ての結果はあっち次第なんだからな――なら俺たちも、もうちょっとだけ遊ぼうかぁ!」
ユーキに合わせて自らも踏み込み、神速の剣と神速の拳をぶつけ合った。
◇◇◇
もう終わりでいいだろう。そう思って振るった拳が。
あえなく空を切った。
「!」
目の前からゼンタが消えた。いや――わかっている。消えたのではない。避けられたのだ。自身の拳が。そして、背後へと回り込まれた。
(膝をついた状態から、こいつ……!)
僅かながらの動揺。と同時に、知覚情報のフィードバック。あちらの『灰』から、目の前で起きた異変の原因を知らされる。
馬鹿なと思う。そんなことがあり得るはずがない、と――。
自分同士なのだ、情報伝達に齟齬は起きない。向こうの自分が体験したことは絶対の真実。そうと知りながらも『灰』は懐疑に包まれている己を否定できず。
ゼンタを追って振り返ったことで、やはり『灰』が異層で目にしたものは正しかったのだと己の視覚で以って理解した。
その力強い、黒白のオーラを身に纏うゼンタを目撃したことで、疑いようもなくそう認めざるを得なかった。
「そいつはまさに――【聖魔合一】。まさかまさかだ、なっと!」
発動できないはずのスキルをどうして発動できたのか……言い換えるなら、上位者が設定した絶対をどうやって覆したのか。
は、実はどうでもいい。
そんなことよりも。
その強化具合を一刻も早く確かめたいと、楽しみたいと気早に放った拳は。
「なにっ……、」
あっさりとゼンタの手で止められてしまう。
大きく目を見開く『灰』に彼は言った。
「終わりだっつったよな」
「……!」
「実を言うと俺もそう思いかけてたんだが……悪いな。こうなったからには続行だ」
いや違うな、とすぐに自分の言葉を否定して。
「こっからが本番だッ!!」
「ガぁッ……!?」
お返しの拳を『灰』へ叩き込んだ。




