520.『不合格』だ
「……っ、」
息の続く限り。気力の持つ限り打ち続けた『恨み骨髄』が、とうとう止まる。
合計何発打ったか自分でもまったく数えらんねえほどにやってやった――だってのに。
それでも『灰』は、しっかりとその足で立ってやがる。
「っ痛ぇな……ゼンタ」
「『灰』……!」
痛がりながらもどこか嬉しそうに。『灰』は俺を見る。俺も『灰』を見る。閃光のような深紅の輝きを放つ瞳は、そんな異様さの中にもはっきりと覗く喜色が光っていた。
クソ、こんだけ食らってまだ痛がる程度で済むのかよ。もっと深刻なダメージになってなきゃおかしい、つーか頼むからなっててくれよって感じだが。
だが多少なりとも痛みを感じてんのなら、勝率はゼロじゃあねえよな……!?
「この『恨み骨髄』ならぁ!」
「いいや、生憎だがな!」
俺の追加の一撃に、『灰』も拳を一閃。つってもそのハンドスピードを俺の目はまるで捉えきれなかったが、結果からしてわかる。
振り抜いた骨の剣が――ものの見事にぼっきりと、手元だけ残して折れちまってんだから。
「なっ……恨みの力に真っ向から打ち勝つだと!?」
「そりゃこんだけ殴られたんだ、そいつにも慣れはする」
「慣れる、だって……?」
「ああ。どうも俺の力を利用するタイプの能力みたいだが、なんてことはない。返ってくるよりも上の力でぶっ叩けばいいだけのことだろ?」
「……!」
確かに『恨み骨髄』の耐久性は、造りがシンプルなぶん頑丈さに定評のある『骨身の盾』や『肉切骨』には数段劣る。ヤチの強化込みでも目を見張るような硬さになってる、ってことはねえ。だけどよ。
今、『灰』は『恨み骨髄』の一撃と自分の拳をぶつけてた。振り切った直後ならまだしも、攻撃の真っただ中。恨みによる怨念パワーの絶賛発揮中に武器破壊を成し遂げた。
しかもそれは、おそらくはあえてやったこと。攻撃後を叩けばもっと楽に壊せることを見抜きつつ、こいつはわざと難しいほうを選んだ。
自分にはそれくらい造作もないんだというアピール……いや。
この戦いを、いっそう盛り上げるためにか。
「どうだゼンタ。次の次の手立てはあるか?」
「ちっ……、」
楽しそうに聞いてくれやがって。上機嫌でけっこうなことだが、こっちはそうもいかねえぜ。『恨み骨髄』は俺に残った最後の頼みの綱であると言っていい。
レベルアップによる回復も新スキルの入手も望めないこの状況、『極死』や『ブラックウイング』ですらろくに通じないこの苦境。唯一『灰』に通用するもんがこいつ自身のパワーを取り込む『恨み骨髄』だったんだ。
敵を倒すのにその敵の力頼りってのはなんとも情けねーが、それが現実なんだからしゃあねえ。今はそれすら失くしちまったが――うんにゃ。骨の剣の柄はまだこの手の中にある。破壊されたとシステムが認識し、武器を勝手に消し始めるまでの一瞬だけ、こいつを振るうことができる。
剣の分類ながらもほとんど棍棒も同然のこの武器。柄だけしか残ってねえとしても、ただぶつけるだけなら多少短くなってもなんも変わらねえ!
「『恨み骨髄』版!」
「!」
「『極死』突きッ!!」
奮い立たせた心に呼応して『燐光』が溢れ、弾ける。その火花を中を突っ切った骨の柄は怨念パワーと『極死』のオーラを振り撒きながら『灰』へとぶち当たった。
「ぐッお、」
喉を突かれた『灰』がくぐもった声を漏らす。それは単なる生理反応か、無視できないだけの苦痛がもたらしたものか。どっちにしろこれだけでやられるような『灰』じゃあない。
時間切れだ。システムによる判定で破壊状態となった『恨み骨髄』が手の内から消えちまう。
「っはは、折れても活用するとは大したもんだな。だが残念だ、その武器最後の足掻きも俺には――ガッ!」
「わかってんだよんなこたぁ……! 最大『燐光』!」
「ぎッ、ッぐ、ゴ――、」
喋らす暇も与えねえ。ずっと俺の攻勢だ。『恨み骨髄』が消えた瞬間にはもう殴る備えをしていた俺は、そのまま連打を『灰』に浴びせる。
速度優先、だが威力も疎かにしちゃいけねえ。
なくなっちまった怨念パワーのぶんまで埋めねえといけねえからな……!
「【死活】・【技巧】!」
そのために――限界なんぞ踏み躙って超えていくぜ!
「十連! 『極死拳』だ!!」
ステータスが許してくれる以上の大技。
ビキビキと腕が、全身が嫌な音を立ててやがるが――なぁに、俺の体は上位者の保護とやらで守られてんだ。
どんな無茶をしたって引き千切れるようなことはねえ。本当ならそうなってもおかしくねえ負荷がかかっても、なんとか生きてはいられる。
せっかくのクソ神さまが与えてくれたお助け機能だ。存分に活用しなくっちゃ天罰が当たるってもんだろ? だから最大限に活かさせてもらうぜ。クソ神の忠実な道具を相手にな……!
「ォおおぉッらァアアアア!!」
瞬間十撃。『絶死』を超えた『極死』の拳を、同じ時同じ場所に十発叩き込む。
そうすればただ威力が十倍になるだけじゃない。属性ダメージも加わった拳の破壊力がより鋭く、より深く対象の内部にまで食い込んでいく。それは『灰』の常軌を逸した肉体においても例外じゃあない。
抜群の手応え――万感の打ち応え! 体感およそ百倍! それくらいの感触はあるぜ!
過去に打ってきたどの拳よりも、遥かに最高の打撃になったと確信できる……!
「カっ、は……、」
確信に違わず、よろりと。『灰』の足がふらつき――、
「ッッ……!!」
そんな状態からの、返しの一発。
それで呆気なく、ここまで続いた俺の攻勢は終了した。
ゼロになるすんでのところで止まるHPバー。立っていられずに膝をつく俺。もはや何度目かも覚えてねえこの光景には、やはり仁王立つ『灰』の姿がある。
「て、てめえ……!」
これでもダメか。まだ届かないのか。
もうやれるだけやり切った感慨すらあるだけに、未だに健在の『灰』を見るともはや悔しさよりも可笑しさが込み上げてくる。
こいつはなんでこんなに強いんだ――なんて、それが上位者の欲した道具としての性能なんだろう。こいつが強いことは仕方ない、それはそういうもんだと割り切るしかない。
だから問題は、どうして俺はこんなに弱いのかってことだ。
「なんだ――ついに折れちまったのか?」
「っ、」
「てことはもう、このテストも終わりか。そいつは惜しいことだ、ゼンタ。お前はいい線行ってるんだぜ? 時間が経てば経つほど、やり合えばやり合うほど……特に最後の一撃は良かったな。武器の性能に頼るよりもよっぽど入ってきたぜ。この空っぽの身体によく響いた。あれぐらいのもんをもっとぽんぽん打ってきてくれたなら、この戦いももう少し楽しいものになったんだろうがな」
「……チッ」
無茶を言いやがる。あれをぽんぽん、だと? 十連『極死拳』は俺にとっちゃ限界突破、全身全霊の一撃だ。そんな当たり前みてーに連発できるもんじゃねえ。
言いぶりを真に受けるなら、俺の最大限が『灰』にとっての下限だ。
こいつをして「良い一撃だ」と認める拳にさせるためには、あれだけ何もかも振り絞って殴らなくちゃならねえと……そんなの気力も体力もついてかねえ。あっという間にガス欠になって終いだぜ。惜しいもクソもありゃしねえ。
ちくしょうめが。スタートラインまでも遠かったが、そこからゴールまではもう遠いなんてもんじゃねえな。まったく見えてこねえ。
そもそもゴールなんてないんじゃないかってくらいに、近づいている気配もない。
実際、近づけてねえのかもな。スタートを切ったはいいものの、俺の足は前に進んでねえのかもしれねえ。今の一発で、ようやく一歩。ほんの片足ぶんだけ前進できたかなってところか。
「まあ、久しぶりに楽しめはしたけれど。それでもテストはテストだ。審査は厳格に、厳密にさせてもらうぜ。柴ゼンタ、お前は――」
「……、」
重々しくあるようで、軽々しくもあるようで。
とても奇妙なな声音で『灰』は判定を下す。
「『不合格』だ」
「く……!」
「それじゃあ我が創造主様に合わせてやるわけにはいかないな」
終わらせようか、と。
万策尽き、まだ動くこともできねえ俺の目の前で、『灰』の小さくも絶大な拳が握られた。




