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519.初めてかもしれない

「いいな。いいぞゼンタ。痛い・・。こんなに明瞭な痛みを感じるのは、ひょっとすると初めてかもしれない。アップデートが入るとそれより前のことはちょいと思い出しづらくなるんだが、うん。多分なかったはずだ。こんな風に……」


 と、そこで言葉を区切った『灰』は少しだけ照れたようにして。


「戦いみたいになることは、さ」


 そう言った。


「…………」


 ツッコミたいことはいくつかあったが、俺はそのどれも口に出すことはできなかった。何故って、気圧されているからだ。


 変質した『灰』の雰囲気に、俺は体も心もすっぽりと呑み込まれちまっていた。


 肩より長い真っ白な髪が逆立ち、天を向いて。その全身から真っ白なオーラを蒸気のように立ち昇らせ。そして眼光が、俺を射抜き貫いている。体中串刺しになっちまって容易には動けそうにもねえ。


 深い紅色を讃えた奴の瞳は今や、尋常ならざる輝きを放っている。アレだ。あの異様な深紅が俺を縫い止めているものの正体だ。


 紅蓮魔鉱石よりもずっと強く、熱く、容赦なく。この世で一番おっかない赤がそこにはあった。


 感じ取れるプレッシャーはもはや、極寒の吹雪に全裸で晒されてんのかってくらいに痛くて寒気がして、何より恐ろしい。何も言われずとも理解する。つまりはこれが『灰』にとっての戦闘体勢・・・・


 本気になったんだと、頭でも体でもなく本能で理解できた。


「――ここからは『戦い』だと。そう思っていいんだな?」


 意を決して訊ねると、『灰』はすぐに頷いた。


「ああ。俺がお前を試すのはこれからだ」


「……!」


 テストの本番は今から。それは悲報でもあり、朗報でもある。


 既に俺は限界が近いが、けれどスタートラインに立つことができた。だったら――あとはこの立ち塞がる限界を超えてくだけだ。


 魔皇を相手にだって本当は勝ち目のねえところを、そうやって勝利をぶん取ったんだ。『灰』だろうと俺は同じことをやってやるぜ……!


「うぉおおおぉおおおおおおおおっ!!」


 翼から闇を噴射。『ターボジェット』での踏み込みは音すら置き去りにする速さだったが、俺の渾身の斬り込みに対し――その刹那。まばたきよりも短い間に、確かに『灰』は笑みを見せた。


 美しく、そして獰猛な笑みを。


「なん……!」


 受け止められた。音速越えの踏み込みを完璧に捉え、しかも今度は『恨み骨髄』に触れても吹っ飛ばない。正真正銘に受けて、止めている。


 これが本気になった『灰』の力……さっきまでの『灰』自身のパワーが凝縮された攻撃も、もう通用しないってのか!?


「気迫満点だな。この状態の俺を前にそれだけの威勢が張れるだけ、お前はやっぱりとびきりだぜゼンタ。だけど――お前は上位者かみに跪くんじゃなく、唾を吐こうとしている。そんな奴をこの先へ案内してやるためには、もうちょっと骨っぽさを見せてほしいところだ。こんな棒っきれのことじゃあなく、なぁ!」


「ッ!」


 骨の剣を押し返された、ところで入れ替えるように骨の盾を前に出した。すると案の定そこに攻撃がきた。


 もはや【先見予知】を遥かに追い越すインチキめいた速度で、それ以上の威力で。『骨身の盾』は粉々になって、それでも抑えきれない衝撃で俺は後方へ弾き飛ばされた。


「ぐッ、こんの……!」


 ちくしょう、俺が持ってる武器の中で最も頑丈なはずの『骨身の盾』がたった二発でオシャカかよ……いや、これはもうしょうがねえ。最初の一発を耐えられただけ幸運と思うしかねえな。


 今のだってまともにくらってちゃゲームオーバー待ったなし。それを防いでくれた盾には感謝と黙祷を捧げ――る暇もねえなくそったれ!


「『ターボジェット』ォ!」


 飛ばされながらも決して『灰』から視線を外したりはしなかった。が、ちゃんと見ていたはずの奴の姿が視界からかき消えた。そう認識した瞬間、俺はあいつにつけた闇の気配を辿るよりも先に、とにかく『ブラックウイング』を稼働させた。


 行き先は真上。できるだけ高く。


 垂直に地上から離脱。迅速かつ最短で逃げる。逃走先に上空を選んだのは、見た限り『灰』にゃあ飛行能力がねえみてーだからだ。脚力があり得なさすぎてちと実感は薄いが、これはきっと当たってるはず……!


「おい」

「!?」


 飛ぶ俺の足を、いつの間にか『灰』が掴んでいた。こんにゃろ、俺が飛び上がると見るやジャンプして引っ付きやがったのか!? 初速からマッハ越えしてる俺の離陸に追い縋ってくるとは――なんて、もうそんなことでいちいち驚いてもいらんねえぜ。


「どこに行こうっていうんだ? これから面白くなるところだってのに」


「だからもっと面白くしてやろうってんじゃねえかよ!」


「!」


 急制動、からの反転急加速。斜めの軌道で今度は地上へ真っ逆さまだ。だが当然、そのまま墜落するつもりはねえ。


「おらよぉっ!」


「ッ……、」


 地上スレスレでまた急制動。カーマイン戦とは比べ物にならねえキレで止まれたが、慣性はまだ生きてる。それを殺し切らねえように足を振り回し、『灰』を地面に叩きつけてやった。『ターボジェット』の速度のままに『灰』だけ地に激突したようなもんだ。


 衝撃を一身に浴びたその身体がバウンドする。そこへ俺は『恨み骨髄』で狙いを定める。


「どぉらッ!」 

「ぐッ――!」


 無防備なドたまをかち割るつもりでぶっ叩く。『灰』は再び地に沈み、声も出せずにいる。けっこうなダメージが入って――るのか入ってねえのかよくわからん。だがこいつのやべえプレッシャーはまだ健在。


 見かけは残酷だが、このままスイカ割りみてーにパックリとやらせてもらおうか!


「うぉらぁッ! ――何ィっ!?」


 次に剣が叩いたのは、地面だった。またもや『灰』が消えた。あんな倒れ伏した体勢から動けるのか、と驚きはするが、やっぱ両の足で立ってるときとは勝手が違うか。今のはギリギリ俺でも目で追えた。残像みてーなもんが映ったぜ。


 闇の気配と合わさって、『灰』が何をどうしようとしてんのか手に取るようにわかる。


「真後ろだッ!」


「!」


 ジェット噴射で向きを変え、『灰』を正面に捉える。そして振り向く勢いのままに『恨み骨髄』をぶつけてやった。それに対する『灰』は……なんと頭突きで応戦しやがった!


「っぐぅ……!」

「ッ……!」


 恨みの威力と奴のヘッドバッドが、相殺される。こいつ、咄嗟に頭突きで迎撃とは……まるで俺がやるようなことをしやがるじゃねえかよ。


「さすがに上位者から命じられるがまま色んなもんを処理・・してきただけあって……戦い慣れてるみてーだな。そんな喧嘩殺法じみたこともできるとは意外だったがよ!」


 骨の剣を押し込みながらそう言った俺に、『灰』も頭をもっと強く押し付けて対抗しながら返してきた。


「馬鹿言うな、『戦い』はこれが初めてなんだ。これまでの戦闘行為じゃどんな意味合いだろうと俺に経験値なんてものは溜まっちゃいない……もしも慣れているように見えるなら、それも模倣コピーがそうさせたものだろうな。オリジナルらしい動きが、俺には最初からできるようになってる」


「……っ、」


「あくまでらしい・・・が限度だがな!」


「ぬぉっ!?」


 跳ね返された。やっぱりいくら『灰』からやられたぶんが詰まってると言っても、今の本気になった『灰』には怨念パワーだけじゃ通じねえようだ。


 当てるための一工夫を捻って、それから俺自身ももっと全力でやらねえとな。


 とっくに全力ではあるが、足りねえぶんは根性でカバーだ。アホみてえな話だがこういう極限状態だと根性論ってのはバカにならねえ――いっちょ気合を振り絞ってくとしようか!


「だあっしゃぁ!」


 跳ね返されたところをジェット噴射で強引に持ち直し、『灰』の攻撃より先にこっちが攻撃する。もはやインチキ極まった『灰』の攻めは【先見予知】すら追い越してきやがるからな。


 最高速のスオウですらできなかったことを当然のようにやってのけるこいつと戦り合うための最善は――単純だが、攻めさせないこと。


 俺のほうが常に攻める側であり続けること! 

 身を守るための盾も失った今、これ以上の策は他にねえ!


「ヅッ、」


 剣先が『灰』の顎を打ち据えた。そこも急所だ。


 こいつの脳が揺れるかって言われるとあんまし自信はねーが、そうじゃなくても顎は脆い。少なからず痛みは感じてる、はずだ。ならここは畳みかけるしかねえぜ。


「『極死』斬り――ゥおらおらおらおらおらおらおらおらおらラララァ!」


「……………………!!」


 しゃにむに振り回した『恨み骨髄』の切れ味のねえ剣撃は、その全てが余さず『灰』の肉体を打った。


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