514.勝ちの目はたったひとつ
元のモルグとは雲泥の差。アシュラモルグは『灰』の不意すらつける速度で瞬く間に彼我の距離を詰め、そして攻撃態勢に入っていた。
六つ腕を極限まで引き絞らせて力を溜めに溜めて――解放。
「ゴォゥウアァアアアアアアアッッ!!」
「……!」
身の毛もよだつ絶叫とともに連打が放たれる。
蟻の子一匹生き残れないような密度の打撃の嵐。その中で。
「――いいね。速いだけじゃない」
『灰』は笑っていやがった。パンチというより当たれば何もかもを根こそぎ穿つ掘削機もかくやっつーモルグの怒涛の攻め。最初から全力全開のその暴威を正面から浴びながら、それでも奴の余裕は消えない。
痛みはねえのか……!? いや、多少なりとも表情に変化はある。まったく効いてねえってことはないらしい。が、それもほんの僅かに眉をしかめるくらいで済む程度のもんでしかない。
「ゴゥアアァッ!」
「息切れなしとは大したもんだ。じっくり足を止めての殴り合いがご所望か? だとすればこっちも望むところだぜ――」
「んなわきゃねえだろうが!」
「!」
ガシリ、とモルグの六つ腕全てが『灰』を掴む。モルグの気を吐く様子から最後まで殴り抜くと思ってただろうに、この急な変化にはそりゃー戸惑うってもんだ。『灰』の顔には確かなびっくりマークが見えるぜ。
そんときには俺も落ちた『不浄の大鎌』を持ち直して斬りかかっている。
最初からこうするつもりだったんだ。いくらモルグがパワーアップしたと言ってもそれだけで『灰』に及ぶとはちゃんちゃら考えちゃねえ。
モルグが釘付けにして、そこを不浄で襲う。
それが俺たちの描いた攻め方!
「ゴゥォア!」
「モルグ……!」
大鎌を振り被る俺に、モルグは「自分ごとやれ」的なことを言ってきた。思った以上に『灰』にダメージが通らなかったもんで、形り振り構わず拘束しないことには大鎌も当たらねえと踏んだようだ。
しっかりと捕まえてるぶん、モルグのほうもそう素早くは『灰』から離れられない。大鎌を避けられるように早い段階でその体を手放しちまうと奴にも避けられちまう――そう判断したからこそ、自分ごと斬れと。全ての腕を犠牲にしてでもここは大鎌の能力に賭けるべきだと言ってるんだろう。
その意気に応えてやらないわけにゃいかねえ。
「おうよモルグ、諸共たたっ斬らせてもらうぜ――『不浄の大鎌』ァ!!」
掴んでるモルグの腕ともども『灰』を両断する。つってもこの大鎌に物理的な破壊力はねえ。するりと対象をすり抜けたこいつが残すのは切り跡じゃなく、命を蝕む『不浄』のオーラだ。
「っ、」
どういうわけか命がねえはずのゴーストにも有効なこの有害極まりない『不浄』は、『灰』にもきちんと効果を及ぼしてくれたようだ。オーラがその身に纏わりついたことで奴は苦しげにしている――だが弱いな。
元よりひと斬りだけじゃ長時間の効果は見込めねえとはいえ、普段ならもっと効いてるはず。
てことは、こういう状態異常系にもこいつは抜群に強いってことだ。
だったらこれ以上大鎌で斬っても大して意味はなさそうだ。こういう手合いには同じもんを重ね掛けるよりも、別の方面から攻めたほうがいいってのが俺の経験則。
『不浄』のせいで力の抜けたモルグの腕から解放された『灰』へ、俺は大鎌を放り捨てながらすかさず他の手札を切った。
「【怨念】発動ぉ!」
「ッ!」
対象へ防御不能の鈍重化をかける虎の子スキル【怨念】。使い魔を誰も失ってねーんでこの一回きりかつ効力も最低限だが、それでもこいつは一瞬だけなら絶対に相手の動きを止めてくれる。
『不浄』と【怨念】のダブルパンチで『灰』の顔付きからようやく薄ら笑いが消えた。
ここまでは思いのほか上手くいったぜ――あとはこのチャンスをなんとしても物にするだけだ!
「合わせろモルグッ!」
「ゴオォウアッ!」
しばらくは動かせない腕の代わりにモルグは脚で。そして俺は得意の拳を用意して、『灰』を挟み込むように攻撃を行う。
「【死活】・【技巧】・『常夜技法』――最大『燐光』!」
強く輝く。死を告げる俺の闇の光が、拳に極死の威力を与える。
「食らってくたばれ――五連『極死拳』!!」
瞬間五撃。最高の一撃が五発も『灰』の後頭部にクリーンヒット。その反対からはモルグの鉄筋のような筋肉に覆われた脚がフルスイングされ、『灰』の顔面にぶち当たっていた。
威力としては俺のほうが上で、デバフが効いて踏ん張れてない『灰』はモルグの脇をすっ飛んでいった。
やっといてなんだが、なかなかエグい攻撃をしちまったぜ。頭の前と後ろからサンドイッチするなんざ危険極まりねえやり口だ。両側から食らってることで『灰』はどっちからの衝撃もまったく逃がせてねえ。完璧まともに受けてるってことになる。
それを証明するように俺の拳にはじんじんとした手応えがある。あり過ぎるくらいに、ある。それは今の挟撃が百パーセントの威力を発揮してくれたことを意味するのと同時に。
「悪くねえ。ああ、ちっとも悪くねえぜお前たち」
「……ッ、」
――『灰』がまったく壊れちゃいないことも意味してる。
今のでも『悪くない』ってだけか……ったく、どうなってんだかなこいつの身体は。
「おい、いくらなんでも硬すぎやしねえか? 俺たち来訪者みてーに傷付かないってだけじゃなく、さては他にも特別にしてもらってんだろ。管理者だけの優遇みてーなもんを」
「……? 何を言ってんだ」
より上位者に近しいの管理者なんだから、そんなのはあって当然だろ。
とか、そういう言葉が返ってくるだろうと思ってたんだが。ぶたれた顔と後頭部を擦りながら、『灰』は信じ難いことを言った。
「ひょっとして来訪者がそうなってるみたいに、俺にも保護がかかっている、なんて思ってるのか? だからこんだけ殴っても血が出ないって? アホか。管理者にそんな過保護なシステムは適用されてねーよ」
「なんっ……!? じゃあ、お前がちっとも傷を負わねえのは――」
「単純に、お前らに力が足りてないってだけだよ。俺を傷付けられるほどの力がな。そういう意味じゃ、保護で守られてる来訪者のほうが俺よりもよっぽど硬いぜ?」
「……!」
これは……おったまげたぜ。悪い意味でな。
やれるだけをやって、敵は無傷。それが単に、俺の力不足が原因となるとさすがにめげる。まだしもシステムを言い訳にできてたほうが救いはあったな。
傷こそ負わないがダメージは蓄積していってる。と、信じられたらどんなによかったか。だが実際はその見かけ通り、『灰』はまだ正真正銘の無傷であるらしい。
こうなってくるといよいよ俺に残された勝ちの目は――たったひとつしかなくなる。
久々に根気任せの難儀な戦いになりそうだ、とため息をついた俺に『灰』は。
「まあ。それでもまったくの無事ってわけでもない。その六つ腕のラッシュはなかなかに刺激的だったし、二人合わせての一撃は見事だった――いや、六撃か。とにかくあの挟み撃ちは過去にも例のないほどに『良かった』ぜ。アリアやノドカが癇癪を起したときでもここまでの一発じゃあなかった」
「けっ。お褒めいただいて嬉しいねえ……」
アリアってのは魔皇のことだよな。あいつ、一度は『灰』に攻撃を加えてたのか。それも癇癪で? あいつらしいっちゃらしいが、よくそれで百年無事だったな……。
しかもそれと同じことをした来訪者が他にもいるらしい。ノドカ、ね。当然それは俺の知らねー来訪者だが、その名は姉貴と同じなもんでなんとなく縁を感じるぜ。
和花。それが姉貴の名だ。ま、いつでも姉貴としか呼んでこなかったもんで、俺ぁその名前を口にしたことは一度もないがな。
「ふぅー……いけっか、モルグ」
「ゴウア!」
「うーし。腕はしんどいだろうがもうちょい付き合ってくれよ」
こっからするのはとにかく時間稼ぎだ。
――俺がレベルアップするまでのな。




