513.さながら鬼神だな
不安そうにするキョロになるだけ力強く勝利を確約し、【召喚】を自主解除する。うし、これでいい。『灰』に殺されちまう前にてめえで解除しとけばまたすぐに呼び出せるからな。
つっても、今の失敗からして考えなしにキョロを再召喚しようとは思わねえが。
キョロが消えたもんで地上に降りた俺の十数メートル先に、『灰』も見かけ以上の軽やかさで降り立った。着地音すらほぼしない。あの高さから落ちてきたとは思えねえ……こういう細かいとこでも戦力差ってもんをひしひしと感じさせられるぜ。
「なんだ、消しちゃったのか。あいつはまだまだ戦りたがってるようだったけどな」
「本人のやる気よりやられねーこと第一だ。働かせるにしたってうちのギルドはブラックじゃあないんでな」
「死んでても働かせるネクロマンサーの言うことじゃないぜ、ゼンタ」
「うっせぇ」
なんてくだらねー会話を挟みつつ、HPを見る。……ちっ、今のだけで残り二割を切ってるな。こっそり【補填】で戻しておいたぶんも含めてまたごっそりと削られちまったもんだな。こいつめ、一発一発の威力がありすぎんだろ。
【補填】はSPをHPに変換するスキル。だがその効率はあまりよろしくないんでできれば多用はしたくないんだが、俺には【SP常時回復】っつー虎の子のスキルもある。それも込みでSPにはまだ余裕があるんで、今の内にまた【補填】でHPバーを安全と思えるまで伸ばしておこう。
せめて、八割。SPがカツカツになったとしてもそれくらいはキープしておきたいところだ。でなけりゃいつゼロになるかわかったもんじゃねえ。
「それで、使い魔も武器も失って……次はどうする? 戦う算段はついているのか?」
澄んだ紅色の瞳を爛々と輝かせながら、挑発するような口調で『灰』はそう訊ねてくる。それに俺は応を返した。
「算段もクソもねえ。やれること全部をやってみるだけだ。武器も使い魔も、なくしたってんなら新調するまでだぜ」
「へえ?」
「【死活】・【召喚】再発動! 今度はモルグを主体に三体『合体』だ!」
キョロの空中での機動力。それを当てにしたのは『灰』と戦う策としちゃ間違ってた。
こいつに対抗するには、純粋な力! 何よりもパワフルさが求められるんじゃねえか。そう閃いたからにはやはり、メインに据えるのはモルグ以外にあり得ない。
「見さらせ、モルグ『アビス』モード!」
「ゴォアァアアアアッ!!」
まるで地の底から這い上がってくるようだったキョロの鳴き声とは違って、ドカンと爆発するように空気をビリビリ震わせるモルグの雄叫び。これだけでパワーアップ具合がわかるぜ。
キョロとの二体『合体』では背中に翼が生えるだけだった。それのおかげでヴィオから逃げおおせることもできたわけだが、やっぱり三体で行うよりも『合体』の旨味は減ってるような気はしてた。
その疑念は正しかった、といま改めて確信する。モルグのこの出で立ちを見りゃ『合体』は全員でやってこそだと誰だってわかるってもんだ。
元から大きかった背丈が更に強大に。
筋肉ダルマだった体型がもっとマッスルに。
そして顔が三つに増えて、なんと腕は六本もある。
ついでに、その背中にはやはり逞しい両翼がくっ付いている。
「三面六臂の偉丈夫……さながら鬼神だな」
このモルグの出で立ちには『灰』も驚いている。驚くっつっても余裕はあって、今にも口笛でも吹きそうな雰囲気だが。
けどまだだぜ、モルグの真骨頂はここからだ。
「巨大化だ、モルグ!」
「ゴォア!」
吠えたモルグの身体はどんどんその体積を増加させていく。『神域』が何もないだだっ広いだけの場所だってのを存分に有効活用して、可能な限りモルグはイモータルゴーレムとしての能力である巨大化を果たしていく。
その末が、この姿。
「おいおい、これは流石にデカすぎるだろ……」
さすがの『灰』も大きく見上げて呆れる始末だ。目算およそ五十メートル強! これが今のモルグに到達できる最大身長か……! それに合わせて相応に横幅も広がってるんで、もはや巨人っつーより巨壁だぜ。
「なるほど、この巨大さには俺も手を焼きそうだ。次はこいつを当てにして戦うってわけだな? さっきの鳥とは違って、こんだけサイズ差があると連携なんぞは取れそうにもないが」
「同感だぜ。だからこうする」
「なに?」
まだ何かあるのか、と意外そうにする『灰』。ま、モルグを『アビス』化させたのはこれが初なんでぶっつけではあるけどよ。
だが俺の感覚は――リンクしてるモルグも、必ずそれができると言っている。
ボチやキョロが『アビス』化で能力を増やしてたように、モルグもまた新能力を得てる。今のモルグはデカくなるだけじゃない……その逆もできるようになった!
「パワーはそのままに! 縮め、モルグ!」
俺の指示でモルグはぐっと体を縮こませる。それだけじゃ単に長身のやつが狭い場所で周りに気を使っただけみてーな恰好でしかないが、そっからの変化は著しかった。
ぐんぐん大きくなったように、今度はぐんぐんと小さくなっていく。
だがそれはただ体積を減らしていっているわけじゃねえ――これは圧縮だ。
かつてドラッゾが竜人化することで、その巨体が持つエネルギーや力強さを人型にぎゅっと押し固めて、より際立ったパワーとタフネスを手に入れたように。
それと同様のことをモルグは実現させられるってわけだ。
「これがモルグの真の『アビス』モード。名付けてアシュラモルグだ!」
「ゴアァ……」
ふしゅう、と呼気を漏らすモルグの様相はこれまでとは一線を画してる。
元々三メートルは超してた背が今では二メートルくらいに。丸太よりも太かった腕周りなんかもだいぶスマートになってる。それでも立派っちゃあ立派だが、筋肉の主張からすると『アビス』化前よりも弱くなったと言えるだろう。
ただし、それは弱々しさとイコールではない。
小さく細身になったモルグの放つ圧は、巨大化してたときと比べても断然こっちのほうが上だ。強い。はっきりとそれが伝わってくる。
「……こりゃ凄いな。あの大きさだから得られる膂力を、その体型に押し込めているのか。やっぱり器用な奴だよお前は」
「俺じゃなくモルグが、だがな。だけどもちろん、モルグ任せにはしないぜ――【死活】・【武装】再発動! 『不浄の大鎌』!」
言いながら、不浄の瘴気を放つ大鎌を構える。
思えばこいつの能力は異界ってとこに住む連中の殺意盛り盛りの力によく似てるぜ。メモリやグリモアがあいつらを呼び出せるってことも合わせて考えると、ひょっとすると異界と死霊術師には何か縁深いもんでもあるんだろうか? ……たとえそうだったとしても今は関係ねえことだな。
「『燐光』……さてと。こいつの不浄はお前に効いてくれんのかね」
ソラナキの闇を武器に纏わせつつ、調子を確かめるために鎌をひと回しふた回し。その様を眺めて『灰』は言った。
「さあな。気色悪いオーラだとは思うが、それで俺が参るかどうかは俺にもわからない」
「んだよ、お前でもこれは気色悪いのか。なんかショックだな」
「何を傷付いてんだよ。とにかく、効くかどうか知りたいなら……その手で確かめてみるといいぜ」
「へっ、そりゃそうだ――なっと!」
「!」
『ブラックターボ』で武器だけを飛ばす。リオンドにもやった小細工だが、ちっとでも意表を突けるならそれで十分だ。
「って、こんなんでやられるかよ」
ぺしっと。本当にそんな軽い感じで『灰』は大鎌を叩いて無力化させた。無造作に見えてきっちり不浄に触れるのを避けての対処だ。
以前より速度も精密さも増してる『常夜技法』を駆使しても、武器ぶん投げだけじゃあどうしようもねえか。
だがその一瞬。
大鎌を弾くための僅かな隙だけで、モルグはもう『灰』の眼前にまで迫っている。
「ほぉ――速いんだな」
「ゴァッ……!」
その機敏さに称賛を送った『灰』に、お返しとばかりにモルグの六本腕の連撃が降り注いだ。




