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51.戦いの用意はできてるか

「お前らぁ! 戦いの用意はできてるかぁ!」


「「「おおおぉ!!」」」


 トードの言葉に大勢の声が返ってくる。それも野太く威勢のいい声だ。別に男ばっかりってわけじゃないが、戦意でテンションが上がってるのは男が多いみたいだ。こういうとき、女ってのは冷静だよな。


 冒険者を中心としたこの集団はトードの呼びかけに応じて集まった連中だ。今はポレロから少し離れた平野で士気を高めているところなんだが、僅か数時間でよくここまでの戦力が集まったもんだな。ここにこそいないが、ガードも俺たちが失敗した場合に備えて住民たちを一箇所にまとめているらしい。


 それもこれもぜんぶ、カスカが予言した『超巨大な化け物』への対処のためだ。


「街の未来は俺らの手にかかっている! だが案ずるこたぁねえ、俺らは強い! 俺らならやれる! それに見ろ、来訪者だってここにいる! 来訪者のめちゃくちゃ加減を知ってる奴は多いだろう――それが二人も俺たちの味方についてる! 紹介するぜ、ゼンタ・シバとカスカ・シロハネだ!」


「「「おおぉおおおぉ!!!」」」

「天使さーん! 期待してるわよー!」

「ネクロマンサーの兄ちゃんも存分にやっちゃってくれよ!」


 さっきよりもボリュームを増した歓声が上がった。しかもちらほらと応援めいたものまで聞こえる。トードの横に立つ俺とカスカは手を上げてその声に応えた。


 慣れないことをしてる自覚はあるんで、顔が引きつってねえかちと不安だが……隣のカスカは手慣れた感じで笑顔を振りまいているな。背中にある翼もばっさばっさ動いているし、こいつ注目浴びるの好きすぎねーか?


 ま、皆もそれ見て喜んでるみてーだし、戦意が上がるってんならいいことだが。


「しっかし、本当に化け物なんて来るのか……?」

「なによ、私を疑ってるの?」


 俺の呟きに反応し、不満そうにジト目を向けてくるカスカ。や、別にこいつを疑ってるわけじゃねーけどさ。


「今んとこ平和そのものだからよぉ。お前だって、化け物ってのがどんなのかはわからねーんだろ?」


「そうね。【宣告】で見られる光景は、目に映るというより脳裏によぎるって言ったほうが正しいわ。なんとなく、その場面が見える。そして時間と場所が大雑把にわかる。今回は……」


 言いながら振り向いたカスカは、街のほうをじっと見た。


「……うん、間違いない。ここから見えるポレロは【宣告】で見た光景と一致しているわ。ここで私は、あんたたちと一緒に何かと戦う。それはこれから確実に起こる未来よ」


 確信を持って言い切るカスカの瞳は真剣そのものだった。


 天使になりきっていて、どことなくふざけているようにも見えるカスカだが、これまでにも【宣告】で人助けをしてきているんだよな。だからこそ噂が広まっていたんだ。


 いきなり別の世界に来て、ただ生きるだけでも相当に大変だっつー中で、よくそんなことができたもんだ。本人は崇拝されたくてしているだけで善意じゃないとさっき言っていたが……それでもこの瞳を見る限り、こいつの芯には強い正義感があるってことがハッキリと感じられる。


 なまじ元の世界でのカスカを知ってるせいでまだ戦闘モードに入り切れてなかった俺だが、反省して気を引き締めることにするぜ。


 パンッと両頬を叩いて気合を入れ直す。……いてぇ。強く叩きすぎちまった。


「ふふ……いつものあんたって感じね」


 頬を擦る俺を見ながら、カスカがそんなことを言った。どういうことかとその目を見返せば。


「腹が据わったときのあんたの顔ってすっごい怖いわよ。だからクラスのみんなも、あんたにはあんまり関わろうとしてなかったでしょ」


 そ、そうだったのか? さらっと言われたが俺的にはまぁまぁショッキングな事実だ。


 まあ、俺の素行がそんなによろしくなかったってのは否定できん事実だが……ゆーてクラスメートにゃあ、俺よりヤベーのもいっぱいいたけどな。特に男子と女子に一人ずつ、常軌を逸したのが。


「あいつらだってあんたにはちょっかいをかけようとはしなかったでしょ。つまりはそういうことよ。ヤベーって言うならその二人とあんたを合わせた三人が、クラスのトップオブヤベーよ」


「トップオブヤベーってなんだ」


「三バカならぬ三ヤベよ」


「それはもう三人の矢部さんだろ」


 微妙な空気になってきたところで、カスカがトードに声をかけた。


「組合長さん。そろそろ時間よ」


「おう、そうか。よーしお前ら! 開戦の時が近い! 持ち場につけぇ!」


 鶴の一声ならぬトードの一吠え。それによってかき集められたポレロ臨時軍団は意外と統率の取れた動きでそれぞれの立ち位置に移動していく。


「げへへへ、やってやるぜぇ!」

「この青き鱗にかけてポレロを守って見せよう」

「料理も戦も火力が命! 火と胸が躍るヨ!」


 集団の中には見覚えがあるのもいるな。決闘について遠慮なしで問い詰めてきたおっさんたちや、さっき見たリザードマンのパーティ、それから料理人のテッカさん……テッカさん!?


「な、なんであんたがここにいるんすか!?」


「ん? いちゃおかしいカ? テッカの火炎魔法の凄さはゼンタも見たはずヨ」


「ああ、バイト中にそらぁもう……でもあれって料理のためのもんだろ?」


「ちっちっち……甘い、甘いネ、ゼンタ。テッカの本気の火はあんなものじゃないヨ。最大火力! 食材には決して使えない、テッカ最高の火炎魔法をお見せするヨ!」


 なぜかフライパンとお玉を装備したテッカは、猫の顔に機嫌のいい笑みを浮かべて行ってしまった。料理人としてポレロの人々から慕われているのはわかるが、何気に謎の多い人だぜ。あんだけ動物感丸出しの住民とか他に見かけねーし。


「よう、トード。来てやったぜ」


「おぉ、パイン! 宿のほうはいいのか?」


「街の一大事ってときに呑気に商売なんてやってられねえよ」


「へっ、違ぇねえ……。アップルちゃんは一緒じゃねえのか?」


「馬鹿野郎、あいつをこんな危険なとこに連れてくるわけねえだろ!」


「そいつは残念だな。お前よりよっぽど戦力になったってのに」


「てめえ、トード! ……その通りだとしてもあいつを戦場には出さねえからな!」


「わかってらぁ、ただの冗談だ。――お前が来てくれて心強いぜ、パイン。また前みたいに暴れようぜ」


「今日だけは、な。長になったからって鈍ってたら承知しねーぞ」


「ぬかせ。誰がゴロツキ上がりの冒険者どもを締め上げてると思ってんだ」


 おっと、あっちにはパインもいる。あの人もこっちに参加してたんだな。口振りからなんとなく察していたが、トードとパインは旧知の仲のようだ。筋肉同士がガッチリと握手して笑い合ってる光景は、なんとも絵になるもんだ。男の友情って感じだな。


 ポレロで暮らして増えた顔見知りが大体いるもんで、ひょっとすれば鼠少女もしれっと混ざっているんじゃないかと探してみたが、見つからなかった。


 どうも来ていないらしいな……いや、もしかすっとあのちっこさなんで、単に俺が探しきれてないだけかもしれないが。


「ゼンタさん! 私たちも持ち場につきましょう。前のほうに行きたいんですよね?」


「ああ、スキルを使おうと思ってっからよ――うわ」


「うわってなんですか。失礼な」


 いやだって、振り返ったらテッカテカに光ってるサラがいたもんだからよ。


 そりゃ「うわ」って声も出ちゃうだろ。


「『ヒール』や『ハイプロテクション』が必要になるかもじゃないですか。だから事前に祈りで魔力ブーストしておいたんです。戦闘準備ですよ! なんでそんなしかめっ面をされなくちゃいけないんですか?」


「これは単純にお前が眩しいだけだ」


「まさか、口説いてます? こんなときに何を考えてるんですかゼンタさん!」


「今すぐ病院行ってこい。頭のだぞ」


 呆れながらサラから顔を背けると、そっちには黒いオーラを纏ったメモリが佇んでいた。


「お前もか、メモリ」


「……そう。私も呪いで魔力のブーストをした。いざというときは、これを使う」


 すっと持ち上げられたメモリの手に、例の黒紫の本が出てきた。肌身離さず持ち歩いてるもんだと思いきや、こんな風に取り出せるのか。普段はどこに仕舞われてんだろうか。


「制御に集中したい……私は最後列にいようと思う」


「それがいいな。初めてのネクロノミコンの実戦使用なわけだし……よし、サラもメモリについててやってくれ」


「わかりました! でも、ゼンタさんは一人で大丈夫なんですか?」


「まあ、なんとかなるさ」


「気を付けて」


「おう、そっちもな」


 二人とそうやって別れた俺は、陣形の先頭を目指した。


 戦いの覚悟はできている――なんでも来やがれってんだ。


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