508.お前の得た強さも実績も
「『この世界』……ってのは『どの』世界のことだよ?」
俺の素朴な疑問に、『灰』は少し面白そうにした。
「お前が暮らす世界だよ。今いるここや、異界だとかのくっついてる諸々も含めて、『この糸』には俺の元になった人物はいないって意味だ。俺の創造主が他の糸からやってきたってことはお前も知ってるだろ?」
「ってこたぁ、本物と呼べるやつは他所の世界にいるのか。そいつ自身は何も『灰』とは関係ねえのか?」
「そーだな。モデルになったってだけでそいつは創造主のしもべでもなければ道具でもない。創造主が一方的にお熱ってだけみたいだ。だからこうして俺たちなんてものを作ったんだろうぜ」
偽物とはいえその人物そっくりで、しかも自分に忠実な部下を、ってか。なんかけっこうサイコだな。
自由に命を生み出す、なんつー神としてのスケールがあるから凄いようにも感じるが、冷静に整理すると片思いを拗らせすぎた女子がやりそうなことやってるとしか思えねえ。
想い人の人形を作るとか、まさにそういう印象だよな。いや女子のやることとか知らんけど。あくまでイメージな、イメージ。
「というわけで、だ。俺は模倣された作り物で、そして個の定義も持たない境界のあやふやな存在だ。あっちでお前のお仲間を相手してるのも間違いなく俺だが、ここに立つ俺もまた俺自身。どっちが分身だとか本体だとかはない。それを言うならどこで何をする俺も偽物でしかないってことになる。おわかりか?」
「……おう、なんとなくは」
「はは、なんとなくか。まあそう難しく捉えなくたっていいぜ。大事なことはこの俺が、神のしもべである俺がお前の前に立っている。たったそれだけなんだからな」
「……!」
「俺は創造主様に忠実さ。なのに、主が招待を決めたお前さんとこうして無駄話に興じてる。それはなんでかわかるか?」
「さてな。ちょいとお喋りして互いを知ってから、上位者んとこへ案内しようとしてくれてるとか――な、わきゃねえか」
「そりゃな。連れてくことが本当に決まってるならお喋りなんかしねーさ。俺個人が主人を待たせる理由とはならない」
「……その言い方からすると、案内するかはまだ未定だっつってるように聞こえるな」
「ああ。そう言ってるからな」
ちっ、やっぱそうなのかよ。勘違いならよかったんだが……。
けど、わざわざ『灰』が自己紹介するのも自己紹介を求めてくるのもおかしな話だからな。ただ案内を任されただけなら確かに、ここでのやり取りはまるっと無駄だってことになる。
そうじゃないってんならつまり、『灰』には俺の足を止めさせる明確な目的があるんだろう。
「それは見定めるためだ。管理者しか座れないその席に、本当に座らせてしまっていいものか――お前が創造主と言葉を交わすに足る者なのか。ここで俺が直接確かめたい」
「おいおい。そういうことを言い出すんじゃないかって気はしてたが、納得できねえな。そっちから呼びつけておいて見定めるだ確かめるだと……ずいぶん身勝手な言い草じゃねえか?」
「逆に聞くが、神のやることが身勝手じゃないとでも?」
「……今は上位者よりもお前が勝手してんだろ? 招待されたからには、それがどんな思惑あってのことかはともかく、この先に進む資格ってものが俺にゃ与えられてるはずだぜ」
「忠実だって言っただろう。俺は創造主様の意向を差し置いて勝手なんてしやしない。全ては神の思し召しのままに、だ。けれど、この件に関しては俺にも裁量があってな」
「裁量だぁ?」
いったいなんの、と訝しむ俺に『灰』は深く微笑んだ。度を過ぎた美貌の、超常的で、神秘的で、恐怖的ですらある笑顔で――俺を指差した。
「審査させてもらうぜ、ゼンタ。創造主様はお前に興味をお示しになられたが、決定はここに呼ぶことだけ。御前に立たせるかどうかは俺の判断に委ねられた」
「なんだと……!」
「最終決定権は俺にある――要するに。お前が望み通りに謁見できるかどうかは、全て俺次第だってことだ」
やけに楽し気な『灰』は反対に、自分の顔付きが渋くなってることがわかる。そりゃそうなるぜ、これも結局は意地の悪い上位者の意向だってことだからな。
ユーキたちを別の場所に飛ばしやがったのも、徒党を警戒して別れさせたってんじゃあなく、この審査に邪魔が入ることを嫌ったからだろう。
招待されたとはいえ、そうすんなりと会えはしねえんじゃねえか。何かしら面倒なもんが上位者と顔を合わせる前に立ち塞がるんじゃねえか。とは予想していたっちゃしていたが……はっ、それがまさかここまでまんまなものとはな。
無意識な神の道具である来訪者と対を為す、意識的な神の道具――管理者。
『灰の者たち』と呼ばれるこの少女を乗り越えない限り、俺はどうしようもないってわけだ。
「……んで? お前に認めてもらうためにゃ何をどうすればいいんだ」
「どうすればいいとお前は思うんだ?」
「ここんとこそれ続きなもんであんまし言いたくはねえんだが……『戦ってお前に勝つ』ってのが一番シンプルな解答だわな」
というか、それ以外にやれることを思い付かねえってのが正しい。
『最強団』の面子と決闘ばかりしてバトル方面に思考が染まっちまってるせいも否めはしねえが、そうじゃなくてもたぶん他に案なんて浮かばなかったろうぜ。
つっても自分がかなりの無茶を言ってるって自覚はある。いくら一対一と言っても、敵は管理者。マリアや魔皇も敵対を良しとはしなかった超難敵だ。
俺はこいつがどれだけ強いかってのは知らねえ。だが、こうして相対してるだけでも――今まで戦ってきたどんな強者よりも遥かに『逸脱している』。その気配はヒシヒシと、ビシビシと伝わってくる。戦う前からこいつの持つ絶対的な力が嫌というほどわかっちまう。
――こりゃ、ちょっと勝てそうにねえな。
強大過ぎて実力を正確には測りかねる、が、どんだけ背伸びしても俺じゃ届かねえくらいの高みにいることは確かだ。そんで、その高みから見下ろす『灰』のほうは、俺の実力の全体像がよく見えているんだろう。
「本気で言ってるのか?」
「ッ……!」
「まるで戦うのが吝かじゃないような……むしろ望むところだと強がっているみたいだが。本気で、この俺と、戦り合うことを。お前は選択の内に入れているのか?」
「ぐ……っぅ」
か、体が重い……! 何かの魔法にでもかけられたみてえに!
だが真相はそうじゃない、これはただの威圧だ。このちっこくて、手足も細い人形みたいな少女が放つ凄み――それだけで俺の全身はガチガチに固まっちまってる。
「勇者と強力して魔皇を倒して。単身でもストレングスの面々と渡り合えて。自分が強くなってるっていう自負があるんだろうな。実際、お前は強いさ。間違いなくこの世界における最強格に近づいていっている。いや……アリアもマリアもいない今となっては、既にもうそこにお前はいるのかもしれない」
「……、」
「だけどてんで弱っちい。俺からすればまだまだ雑魚もいいところだ」
「っ、て、めえ……!」
「不服か? だったら構えろ。お前の得た強さも実績も、神域で誇るにはなんの価値もないものだって……その体に教えてやるぜ」
「けっ、そんなら是非ご教授願おうか――【死活】・【超活性】! 加えて【ドラッゾの遺産】! そして【併呑】発動、『悪鬼羅刹』に『常夜技法』……!」
肌が赤く染まり、竜の鱗に包まれる。額からは小さな角を生やし、闇を纏う。これが俺の全開だ。
心身に活力が漲ったことで重みも恐怖も消え去った。この姿でなら『灰』の威圧も問題にゃならねえようだ。
「ふうん。最初からフルスロットルか?」
「あたぼうよ! てめえ相手に様子見する愚は犯さねえ……!」
最初から全力。攻めに攻めて、今んとこ見つけられねえ勝機をなんとかして見出すこと。それ以外に策なんてねえし、それこそがきっと最善でもある。
「――『燐光』だぁ!!」
「!」
カッ、と俺と奴の間に青紫の闇の光が爆ぜて――。




