503.全員で生きて帰る
「道中に危険は付き物。というより、どういった危険があるか予測もつかないからね。だからぼくは名指しされたゼンタくんを含め、このメンバーを選んで声をかけたのさ」
なるほど、だな。向こうの言い分通りにするしかねえ以上、メンバー選びに万全を期して厳選する意味はわかる。
そしてここにいる三人は、揃ってそれに選ばれるに相応しい精鋭たちだってこともな。
ユーキは俺とセットで真の実力を発揮する、言わば戦闘面での俺の相棒だ。【聖魔合一】によって魔皇を下したこいつがいりゃあ、その恩恵に与って俺のほうも最大限に戦えるってんだから選抜されるのは当然だろう。こん中で唯一の心象偽界習得者だってのも大きなポイントだ。
委員長はスキル斬りのスキルを持ってる反則マンだ。その力がインガのシステム殺しのように管理者を管理者足らしめるシステムにまで干渉できるかっていうと未知数もいいところだが、もし効くなら一番の切り札になる。そしてそれを抜きにしてもこいつの戦闘センスに不足はない。味方として十二分に頼りになるぜ。
マクシミリオンはただ一人来訪者ではない現地民だが、その中ではまず間違いなく最強格。魔皇には及ばずとも『最強団』の面子並の力はあるってんだから、そいつらにここ最近さんざ苦渋を舐めさせられた俺からするとありがたすぎる助っ人だ。俺たちに不足する経験ってのもみっちり持ってるんで、そのリーダーシップにも期待できる。
断わられこそしたが、話を聞く限りカルラは場を見る目と味方へのバフに長けている補助向きのやつだ。このメンバーにあいつが加わっていたら隙の無いすげえチームだったろう。
自分でそう言うのもあれだが、「陣営から五人だけ選ぶ」っつー条件で組ませるなら確かに最強クラスの人選だ。
――ただし、だからってここに選ばれなかった連中が俺らに劣ってるってことにはならねえ。
「お前のお眼鏡に適う精鋭だってのはわかるが、何もこんなに少数じゃなくたっていいんじゃねえか? 贔屓に聞こえるかもしれねえが、サラとかメモリだって強ぇぜ? この中に混ざっててもやってけるくらいにはよ」
言いつつ、まあ贔屓なんだがと内心で呟く。
ただ、うちのギルメンは戦闘員じゃなくてもみんな強いってのは本当に思ってることだ。だからって全員を挙げるんじゃあんまりにも仲間バカが過ぎるってんで、とりあえずはパーティからの付き合いが長い二人を推したわけだが。
それに鼠少女は、肯定と否定を同時に返した。
「君の言う通り、こと強さという点でサラくんやメモリくんに不満を感じることはない。特に『真書ネクロノミコン』によって著しいパワーアップを果たしたメモリくんは戦力として申し分ないだろう……けれど」
「けれど?」
「サラくんの戦法は防御が主体の、少々敵を選ぶスタイルだ。神の領域で、神のしもべを相手にどこまで彼女の強みを活かせたものか……。そしてメモリくんはパワーアップをしたばかりというのがいただけない。修行によって『真書』を十全に操り冥府の王を堂々と名乗れるようになって以降ならともかく、今の彼女は不安定に過ぎる。正直、この旅に同行はさせられないかな」
「…………」
ううむ。特に反論は思い浮かばなんだ。
武器が『盾』であるサラが有利不利のはっきりと出る戦法を取ってるってのは純然たる事実だし、メモリが目覚めてからこっち、ずっとグリモアの指導の下で『真書』の完全制御に取り組んでいることも当たってる――つーかその目で見て知ってるんだな、鼠少女は。
サラとメモリだけじゃなく、他の強者たちもこうやって一人一人真剣に考えたうえで、何かしらの理由ありきでここに呼ばなかったんだろう。
俺がそう理解したのを見て取ってか、鼠少女は頷きながら言った。
「だからこその厳選であり、この人選なのさ。どんな状況下にも対応でき、帰還の公算が高いメンバーとしての最小数。いたずらに数を増やしても連携面での不安が出るだけだと考えたが故の人数であり――そして単純に、ゼンタくん一人のために開かれる道へ大勢を押し込むのは、また別の危険が発生すると判断したからでもある」
その公算では、全員での帰還っていう目標における期待値の最大が五名だったってことか。……まあ、妥当なところだろうな。冒険者のパーティが大体これくらいの数で落ち着くように、命を預け合うチームとしちゃ五名前後がまとまりがいい。
逆に言えば四人しかいないこの即席パーティには、あと一人か二人くらいは人員がいてもいいってことになるが。
「加えるならカルラくんしかいない。魔皇軍との戦いで彼女の機転や深謀は証明されていて、その能力は『領域』という未だ不可侵の敵地でこそ最も輝いたことだろう。ただ彼女は万が一にも全員未帰還……つまりは全滅という最悪の結果に終わった場合に、残された陣営を統率する者がいなくてはならないだろうと『領域』行きを断ったわけだ」
「うん? それはマクシミリオンさんの立場にあいつが就くってことか?」
「必ずしもそうとは限らないよ。彼女が言いたいことは、新しく誰を擁立することになったとしても統一政府に教会に冒険者勢力――様々な組織からなる勢力を一枚岩とするためには、それ相応の『繋ぎ役』が必要だということさ。そしてその任を務められるとしたら、確かにカルラくんくらいしかない。そう納得したからぼくもそれ以上は誘わなかったんだ」
ふーむ、そうか。魔皇軍には秘密裏の増援。それを用意するためにあいつは教会へコンタクトを取り、冒険者ギルドにも話をつけて連合部隊を作り上げたんだったな。
それはAランクギルド『巨船団』を率いる女傑ガレル・オーバスティスの助けがあってこそ実現できたことだが、カルラが発案者にして功労者であることに変わりはねえ。
その先を見据える頭脳と要領の良さ、そしてそれで得た顔の広さを思えば……確かにマクシミリオンの未帰還という最悪の事態が起こっちまったとしても、味方陣営をまとめ上げてケツを叩いて、すぐさま立て直しを促すこともあいつならできちまうだろうなと思える。
そこは俺も同意できる、けども――。
「マクシミリオンさんはそれでいいんすか? 俺たちはともかく、あんたが戻ってこられなかったときの損失を思うと……」
そんなの手痛いってもんじゃあねえよな。
政府の職員たちはもちろん、アーバンパレスの団員たちや、現代の英雄を信じている人々も。そして何よりマクシミリオン自身が。暫定とはいえ政府長を務ているからには、その責務のために先行きどころか行き先すら見えないこんな危うい旅への同行なんざ許さないんじゃないか――と、そう思ったんだが。
抜かりはない、と断固たる調子でマクシミリオンは答えた。
「カルラ嬢の危惧通りに『万が一』が起こったとしても……副団長のバーネスクがいる。最初の特級構成員であるスレンも戻ってくる。あいつらにならなんの不安もなく任せられる。実を言うと、そうなった場合の処置も済ませているんだ。これで俺も心置きなく上位者との対話に集中できるというものだ」
「……!」
――そこまでの覚悟か。
たとえ行き先が死地になったとしてもマクシミリオンに後悔なんてもんは生まれねえんだろう。それも込みでこの人は危険な旅についてきてくれるつもりでいる。
だったら、それに俺も応えなきゃあな。
「損したよな、カルラのやつは」
なんのことかと不思議そうにするみんなに、俺は笑って言ってやった。
「せっかく用意されてた『神域』観光ツアーの席を拒否っちまったんだから。上位者とのご対面っつー特大イベントまでついてるってのによぉ。……この任務に万が一なんざ起きねえし、起こさせねえ。必ず全員で生きて帰る。そうだろ?」
「「「勿論」」」
俺の言葉にユーキも委員長もマクシミリオンも、当然のように同意を返し。
そして鼠少女は。
「その意気や良し、だね。やはり君たちを選んだぼくの『目』に狂いはなかった。ならばいざ向かうがいい――神の座す領域へと!」
俺たちを見えない世界へ送るべく、とうとう紅蓮魔鉱石に手をかけた。




