501.誰だってそうだろ
上位者に抗うことを決めた来訪者――。
「君の何が神の興味を引いたのかと言えば、やはりその点を置いて他にはないだろう」
推測ではあったが、鼠少女の言い方はほとんど断言してるようなもんだった。
「加えて言うなら」
と、そこで発言したのはユーキ。
「オレゼンタさんの現在の状態も、おそらく上位者の目を向けさせる一端となっているのではないでしょうか」
「俺の状態って、それはひょっとしてバグのことを言ってんのか?」
「バグ……? バグとはなんのことだ柴くん。君の身に何か良からぬことでも起こっているのかい?」
おっと、ユーキより先に委員長のほうが反応してきた。その鋭い口調と目付きに若干慌てちまうが、どうどうと取り成して俺は答えた。
「別に調子を悪くしてるとか、そういうんじゃねーよ。ただちょっとな……あ、そうだ」
なんて説明したもんかと迷った俺は、百聞は一見に如かずという言葉を思い出した。
「お前確か、【天眼】とかいうスキルで人のステータスも見れるよな。それで俺のこと見てみてくんねーか」
「わかった」
何故そんなことを、とか無駄な質問を挟まずに委員長はすぐにスキルを使って――そして驚きでその表情が染められた。なんでそんな顔になったのかは明らかだ。
「なんも見えねえだろ」
「あ、ああ。レベルもスキルも、ステータスの全てまでも! 一切が塗り潰されてしまっている……!」
「お前のスキルでもやっぱそんな感じか……言っとくがそういうスキルで隠してる、とかじゃあねえぜ」
言いながらステータス画面を開いた俺は、みんなが見やすいようにそれを向けてやった。全員が一様に画面を覗き込み、一様に眉をひそめる。名前以外の何もかもが真っ黒になっちまったステータスをしっかりと確かめてくれたようだ。
「来訪者特有のステータスは見習い時代に何度か見せてもらったが……俺の記憶とはかなり異なるな」
「そりゃそうだ。まさしくこれが俺の身に起きてるバグなんすから。たぶん、魔皇軍の襲撃の日からこうなってる。それが魔皇を倒したからか、先代魔皇の力を取り入れたからか、あるいはもっと別の何かが契機なのかはわかんねっすけど」
画面を消す。そして俺は、鼠少女へと視線をやった。
「どうなんだ? お前の『目』から見て、俺はどう映る?」
「……、」
少し黙って。それから慎重に、まるで言葉を選ぶようにしてゆっくりと鼠少女は話し始めた。
「実を言うと、ぼくの目はなんの異常も見つけていないんだ。君におかしなところはまったくないように見受けられる……至ってノーマルだよ」
「なんだと? そんじゃあ、この黒塗りはなんなんだ。本当にただシステムが不調を起こしてるってだけだってのか?」
「そうとも断じれない。灯台下暗しと言うだろう? 自らの足元というのは存外見通しの利きにくいものだし、時に人は目に映していてもそれを見つけられないこともある……ぼくだって同じさ。なんでも見えるからといって見落としがないとは限らない。上位者がぼく同様に別世界からやって来た存在だという、気付けて当然だったはずの真実すら君に教えられてようやく知ったくらいだ。何も異常がないように見える、からと言って予断や断定は許されたものじゃあない。ないけれど――」
しかし、と鼠少女はセリフを区切って。
「それでもぼくなりの見解を口にさせてもらえるなら。君のそれは、来訪者の枠組みから逸脱していた聖女や魔皇のそれと同一のものでないかと思うんだ……必然と言うべきかどうか、君の場合は聖女よりも魔皇により近く。つまりは人ならざるものへの道を進んでいるのではないか、とね」
「……! それが上位者のシステムにまで影響を及ぼしてるんだとすりゃあ、原因は先代魔皇のほうか」
あくまで鼠少女の推理でしかないが、俺がない脳みそをこねくり回して出すよりかはよっぽど信憑性があるぜ。以前の自分とは違う、っつーのは俺自身強く実感してることでもあるしな。
「てこたぁ、魔皇も俺みたいにバグってたのかね」
順序を考えると俺が魔皇みたいにと言ったほうが正しいんだろうが。なんて考えながらそう口にした俺に、鼠少女は首を振った。
「来訪者からの逸脱というのは、上位者が与えた役割、その領分からはみ出すということだ。そっくりそのまま魔皇という先例が君に当てはめられるものじゃない。彼が人とは呼べないものになっていたことは確かだけれど、だからと言ってその変化が君と同質であるとは限らず、また今となっては検証のしようもないからね」
「まあ、それはそうだがよ……」
理屈はわかるが、それじゃあ何もわからないと言ってるに等しいぜ。思わず渋面を作っちまう俺に、鼠少女は少し苦笑い気味に言った。
「だってしょうがないだろう? 本当に比べようがないんだ。その変化を症状と捉えるなら、魔皇よりも余程に君のほうが進行している――という可能性だってある。そしてこれはあながち的を外していない自負もある。だってそうでもないと、こんなものは届けられないだろうから」
再度あの紙切れを掲げて見せる鼠少女。なるほどな。そこも含めての『史上初』だってことか。
招待される理由の考察で、招待されてること自体を根拠にするのはなんかあれだ……トートロジー、だったか? そういう感じで堂々巡りっぽくてイヤになるが、これまた理屈としてはわかっちまう。
俺の変化ってのはきっと、上位者にとっちゃ興味深い――もしくは面白いものなんだろうってな。
「やはりそうでしたか」
「! ユーキ。お前には何も言ってなかったはずだが、俺の変化に気付いてたのか?」
「はっきりとしたことは何も。ですが、カーマインさんとの決闘を見てこう確信しました。鼠少女さんのお言葉を借りるなら、オレゼンタさんがその『道』を進んでいると。つまり――母上や魔皇が通ったのと同じ、真なる強者への道を。それは上位者へと続く道に他なりません」
「上位者へと続く道――」
確かにそうだ。マリアも魔皇も、その飛び抜けた強さがあったから世界の管理者である『灰』に近づかれ、そしてどういう経緯でかは不明だが、二人は上位者にもなんらかの形で触れた――その力を目の当たりにした。
結果。あれだけ人知を超えた強さを持つ二人でも、上位者どころかその下にいる管理者にすら歯向かうことはしなかった。カーマインが言っていたように、直接対決を最後の最後まで避けていたことは確実だ。
「…………、」
「ゼンタくん。上位者の膝元へ辿り着くことができたなら、君はそれを成し遂げた三人目の来訪者となる。そしてその上で心折られることなく上位者に抗う意思を持ち続けることができたなら――それが初めて、君が歴史上にたった一人だけの来訪者となるときだ」
俺が弱気になってるようにでも見えたか、まるで鼓舞するようにそう語りかけてくる鼠少女。
俺はそれに笑って返す。
「珍しく馬鹿言ってんな」
「え?」
「そんなの誰だってそうだろ。来訪者に限らずみんながそうだ。全員が全員、歴史上にたった一人しかいやしねえ。全員が精一杯に生きて、今日に繋げてきた。その積み重ねがあってこその今で、俺だ。そう言ったのはお前のほうだぜ、鼠少女」
「…………」
「さすがに責任ってもんが重すぎるがな。でもしみったれた神さまの前に立とうってんだから丁度いい……こんぐらいのもんは背負ってかねえとな。俺が折れちゃ肩に乗ってるものまで台無しになっちまう、そう思えば折れたくても折れらんねえからよ」
だから激励なんざ必要ねえ。俺がそう言えば。
「これは一本取られたね。だけどそうだね、君はそういう奴だった」
ふう、と息を零す鼠少女。帽子のつばに手をかけて顔はよく見えねえが、なんとなく呆れてるっぽい雰囲気は伝わってくる。
……ちょいとカッコつけすぎたか? だがなんも恥ずかしかぁねえ、今言ったことは本心でしかない。
「さあ、教えろよ鼠少女。上位者の前に、まずは管理者だ。『灰』と会うためにはどうすりゃいいと書かれてあったんだ?」




