50.クラスメートと再会するのは
「天使さん、どうか握手してください!」
「ええ、いいわよ」
「天使さん、カメラに向かって笑顔を!」
「こうでいいかしら?」
「天使さん! 今晩良かったら俺と一緒にお食事でも――」
「ふふ、一昨日きやがりなさい」
マーケット近くの広場にできた人だかり。かなり盛り上がってるそこには鼠少女の言った通り、天使なる存在がいるようだった。
「すんません、ちょっと通してもらうぜ!」
人波をかきわけて集団の中心へ入っていく。後ろからじゃ天使の姿がちっとも見えやしないからな。聞こえてくる声からすると、どうもアイドルか何かみてーに人々へ愛想を振りまいているようだが……。
天使を名乗ってこんなことをしそうな奴が、うちのクラスにいたっけか? わからん。そんな突飛な想定をしたことがないんでいるともいないとも言い切れん。
だが、クラスメートには変わった奴が多かった。
俺が知らなかっただけで、こういうことをするのが一人くらいいても不思議じゃないかもしれない。
「悪ぃが通してくれ! 俺を前に行かせてくれ!」
進むほど密集度が高くなるんで、苦労させられる。体を突っ込ませてほとんど無理矢理の状態で人の輪を潜り抜けると――。
「! あんた……」
「お前は……!」
人垣から飛び出した俺を見て、自称天使は確かに反応を示した。俺も同じだ。そいつの顔には見覚えがある。
制服じゃねえよくわからん服装だし、背中には真っ白な翼が生えてるし、髪と目の色が黒からピンクなんていうアニメキャラみてーなカラーリングに変化しているが……って変わりすぎだろ! ほぼ別人じゃねえか!
だが、この顔は間違いない!
「白羽カスカ!」
「柴ゼンタ!」
俺たちは互いに相手の名を呼んだ。
向こうも俺をちゃんと認識していることに、当然のはずがなんだかえらくホッとしちまったよ。
「やっぱ俺以外もこっちに来てたか……!」
「なーんだ。この街にいたのは、あんただったのね。口振りからしてクラスメートと再会するのは私とが初めてかしら?」
すたすたと俺に近づいてきたカスカは、腕を組みながらそんなことを言った。
「お前はそうじゃないってのか?」
「ええ。見つけたのはあんたで四人目よ。探すのはそれなりに手間だし、面倒だと思わなくもないけど……頼まれちゃったからには仕方ないわ。一応、私にはそれに適したスキルもあるしね」
「スキル……それもやっぱり持ってるか」
「そんな基本的なことから? ……まあ、誰にも会ってないんじゃ仕方ないか」
やれやれ、って感じのカスカだった。
ぶっちゃけこいつとそんなまともに話したことはないんだが、今は思いのほか普通に話せているな。学校じゃカスカは、俺に対してまあまあつっけんどんな態度を取る女だったんだが。
「なあ、頼まれたって誰にだよ? そんで俺以外の誰を見つけた? せんせーはそん中にいないのか?」
「ちょっと、いっぺんにいくつも聞かないでよ。先に言っておくと、ナガミンはまだ見つかっていないわ。探してはいるけどね。でもこの状況だといくら先生だからって何ができるのって感じだから、あんたもそんな期待しないほうがいいわよ。特にナガミンは元から結構な、放任主義でしょ?」
「そりゃそうかもしれんが……。あ、じゃあ委員長とかとは――」
「ちょっと待って、私にも話をさせて。悪いけどあんまりのんびりもしてられないの」
俺の質問を遮って、カスカは周囲の反応を確かめるように見回した。
天使を見るために集まってきた連中は、俺と天使が知り合いだってことを知ってざわついているところだった。
「あれって例のネクロマンサーだろ?」
「噂の新人冒険者が来訪者だっていう話は本当だったんだ!」
「てことは天使もやっぱり来訪者だったんだな」
「ど、どういう関係なんだ? まさか俺の天使さんと、あいつ……!」
「諦めろよ、一昨日きやがれって言われただろ? あんな断られ方そうそうしないぞ」
やはりアーバンパレスとの決闘のことがだいぶ街中に広まっているようだ。ここにいるのは冒険者ばかりじゃねえってのに、当たり前のように俺のことを知っている奴らが大勢いるじゃねえか。
まあ、組合にいるとき以外にも声をかけられたりしてたんで、そんなこととっくにわかっちゃいたがな。
「あんたが強いかどうか聞いておこうと思ったんだけど……こんだけ話題になってるってことは、それなりではあるみたいね」
「強いかどうかだぁ? そういうお前はどうなんだ」
「私? とーぜん強いわよ。それなりに、ね」
カスカがいたずらっぽく笑う。そこに、「ぷはぁ!」と俺に続いて人混みを抜けてきたサラとメモリが顔を出した。ちょうどいいんで、俺は二人とパーティだってのを明かした。
「お前が天使なら俺は死霊術師だ。こいつらと組んで、ここポレロで冒険者をやってるぜ」
「あらそう! それは都合がよくて助かるわね。ここを拠点にしてるなら、組合とも顔馴染みでしょう?」
「ああ、まーな」
組合には……正確にはトードには、ずいぶん良くしてもらっているからな。組合長なだけあってトードはポレロの冒険者全員に目をかけているんだろうが、目にかけられ度で言えば俺たちはまあまあ高いほうだと思う。たぶん。
「組合長と懇意なの? ならますます都合がいいわ。さ、案内して」
「は?」
「組合まで私を案内してって言ってるの。一緒に行って、あんたも組合長の説得に参加してもらうわよ」
「ちょいちょい、待てやカスカ。話も見えねえうちからそんなの協力できっか。説得ってお前、トードさんに何をさせる気だ?」
俺の顔にはちょっとした不信感が出ちまってたと思う。
こっちの質問は半端に切り上げといて自分は強引に話を勧めるカスカに少しばかり苛立ったってのも原因だが、世話になってるトードにまでそんな調子でずけずけとこいつが接するのかと思うと、あんま連れてく気にならなかったんだ。
だが、カスカはつんと顎を上げて平然と言った。
「何って、もちろん『良いこと』よ。この上ない善行を積むチャンスよ? 逆に言えば……ここで何もしないとなればそれは、とんでもない悪行ってことになるわ」
さっぱり意味がわからん。
という俺の表情を正確に読み取ったカスカは、こちらの胸元を掴んでぐいと顔を寄せてきた。
至近距離からピンクの瞳が俺を射抜いてくる……かなりファンシーな色だってのに、それになんだか奇妙な圧を感じさせられる。
「今ばかりはよく聞きなさい、聞かん防で暴れん坊のゼンタ。グズグズせずに急がないと、何もかもが手遅れになってしまうわよ。だってこの瞬間、この街全体が、生きるか死ぬかの瀬戸際なんですもの」
「……!?」
「わかったら早く組合へ連れてって。私は『天使』として、ポレロを救いに来たんだから!」
◇◇◇
たった今通って来たばかりの道を舞い戻って、カスカと共に俺たちは組合へ急いだ。
カスカと一緒にカウンターでわーわー騒ぐと(サラも騒いでた。なんなら一番うるさかった)熱意が通じたのか単に迷惑行為の処理のためか、割とすぐにトードが出てきてくれた。だが本番はここからだ。
「ポレロが滅ぶだぁ? しかも今日中にって……おいおい天使の嬢ちゃん、そりゃいったいどういう類いの冗談だ?」
「冗談? 冗談を言っているように聞こえるの? ゼンタから聞いているわよ、トードさん。あなたにも古い付き合いの来訪者がいるんでしょう。だったら私の言うことが単なる冗談かどうか、判断はつきそうなものだけど」
そう言ってカスカはばっさばっさと翼をこれ見よがしに羽ばたかせた。天使アピールだ。羽根が舞って鬱陶しいし、突っ立ったまま翼だけが動いてるとなんだか間抜けな絵面なんだが、それがむしろトードの目には『来訪者らしさ』に映ったらしい。
「……わかった。詳しく聞かせてくれや」
「見ての通り私は天使よ」
「いや嬢ちゃんのことじゃなくってな……」
「まずは聞いてちょうだい。私がこっちの世界に来て、天使になって。そのときに最初から持ってたスキルの中に【宣告】っていうのがあったわ。これは未来を断片的に知らせてくれるものなの。と言っても、勝手に発動する上に大抵は自分と関係のない場面を見させられるだけだから、あんまり役には立たないけどね」
最初から持ってて、そんでいまいち使えないスキル。
なんだかそいつは俺の【悪運】とちょっと似てるな。
まあ【悪運】は発動してるのかどうか、本当に効果があるのかすらも未だにわかってないんで、もっと酷いかもしれんが。
一応はカスカも【宣告】を邪魔だとは思ってないようで、「でも天使としての活動には大いに役立つわ」とよくわからん自慢を挟みつつ続けた。
「私はこれまでに、【宣告】で知った危ない目に遭う人のことを何度も助けてきたわ。でも、今回ばかりは一人の力じゃ無理よ。私がこの街に来たのはクラスメートを探すためだけじゃなく、滅びの未来を回避させるためなの。そしてそれにはたくさんの人間の協力がいるわ」
「いったい、ポレロに何が起こるってんだよ……カスカ」
俺は恐る恐る訊ねる。するとカスカはかなり真剣な口調で、とんでもない答えを返した。
「――ポレロを容易く踏み潰せるほどの『超巨大な化け物』がやってくる。それも、あと数時間もしないうちにね」




