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5.食材としてのポテンシャル

「で、でけえ……!」


 さっきの熊にも余裕で体格で勝ってる。

 そんじゃそこらの虎とかライオンとかと比べても二回り以上は大きいんじゃねえか……いやまあ勝手な俺のイメージなんだけどよ。


 とにかく普通のサイズをしていないその猫は、いかにもめっちゃ強そうだ。


 俺の腕の中にいる子猫もにゃあにゃあと安心したような鳴き方をしてるし、親猫がこいつの親だっていう予想に間違いはなさそうだな。


 子猫も体の割に大きい牙が特徴的なんだが、親猫の牙はもう牙ってより剣が口から生えてるって感じだ。

 それも真っ直ぐじゃなくて、波打ってる独特な形をしている。

 あれで獲物をズタズタにするのが親猫の戦い方なんだろう。


 自分がその被害に遭う場面を考えるとゾッとするが、今はすげー心強いぜ!


「ギュイィイ……」


 蟹のくせして、倒れてもすぐに起き上がった化け蟹は怯んだ様子もなくガチッガチッとハサミを打ち鳴らしている。


 野郎、自信満々じゃねえか。吹っ飛ばされてもダメージはなかったのか? そういやこいつ、蟹なんだから甲殻で守られてるんだよな。


 つーことは親猫の牙が刺さらない可能性がある……!


 これはヤバい。

 雑に振るったハサミがあんなに重かったんだ、親猫に対しても蟹のハサミ攻撃はたぶん通じるだろう。

 ひょっとするとこの対面は相性が頗る悪いんじゃねえのか。


 俺がにわかに不安に駆られたとき。


「ギ――」

「ガァアウッ!」


 蟹が一歩、踏み出した。

 いや、踏み出しかけたんだ。

 でも動いた脚が地面に接するよりも先に。


 後から動いた親猫の攻撃のほうが、遥かに速かった。


「うおっ……!?」


 親猫が飛び出したところしか俺には見えなかった。

 一瞬で距離を詰めた親猫はその波打った二本の牙で蟹を三枚おろしにしちまったんだろう。

 ぶん、と勝利を確信している感じで親猫が牙から体液を払う。

 その背後で蟹は悲鳴を上げることすらできずに死んじまった。


 か、殻とか関係なしに力業で切り裂きやがった……! 

 こりゃあ、俺の不安なんてまるで的外れだったみたいだ。


「にゃーん!」

「あ」


 抱えてる子猫が、親の勝利への祝砲なのか高らかに鳴いた。

 すると親が反応して子猫のほうを向いた。

 ……つまり俺のほうを、だ。


「ガル……」


 低い唸り声。そしてのしのしと近づいてくる。

 俺とボチは身構えるが、それ以外のことは何もできない。


 そりゃそうだ、俺たちが逃げることすらできなかったお化け蟹を瞬殺するようなバケモンだぞ? 蟹に追われてたとき以上にどうしようもねえ状況だぜ。


 親猫がすぐ目の前にまでやってきた。口を開こうとする。それが俺にはとてもゆっくりに感じられた――殺られる、と思ったけど。


「え……」


 ひょい、と親猫は牙と牙の間で子猫を咥えて俺の横を通り過ぎていった。


 それだけ? 

 なんもしねえの?


 ちょいと困惑しながら振り向けば、親猫もこっちを振り返っていた。

 なんとなくだがその態度からは「ついてこい」と言っているように感じられた。


「……行ってみる、か?」

「わおん」


 ほら、ボチも不思議がってる。

 動物同士で意思疎通はできないのな。

 まー犬と猫だし、そもそもボチは犬は犬でもゾンビだしな。仕方ねーか。


 そんなわけで、俺は兎肉を担ぎながら猫の親子についていくことにした。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしな。

 どういう意味かよく知らねーけど。



◇◇◇



 そんで俺は今、キャンプをしています。しかも料理中です。

 ……どういうことだと思うかもしれない。

 俺もつい三十分前だったら、今の自分を見て目を疑ったことだろう。


 火から視線を上げれば、そろそろ焼き上がろうかという兎肉の傍ではしゃいでいる子猫とボチ。

 そうやって火に近づきすぎたのを咎めるように、奥に座ってる親猫がどっちの頭もはたいた。べしっと。

 注意が乱暴だ。

 でも二匹とも痛くはなさそうだ。


 ……今更だが、あんたら動物なのに火を一切怖がらないのな。

 もしかしたらボチは火ってもんをよくわかってないのかもしれないが、親子猫は確実に違う。

 だってキャンプを始めたのは親猫なんだぜ?


 沢から移動してしばらくのことだった。

 今思えばあれはキャンプに適当なポイントを探してたんだろうな。

 そんでいい感じのところを見つけたらしく、子猫を下ろした親猫は牙を木に擦り付けたんだ。


 ごしごし、じゃないぞ。

 ガリリリリリリッ! だ。


 木屑と一緒に火花が散って、燃えた。それをそこらの草とまとめて置けば焚火の完成だ。

 すげえ、と思ったね。

 俺なんかよりよっぽど賢いっつーか、人間的っつーか。

 火を操れる動物とかヤベーな、と改めて親猫に恐れ戦きつつも……焼くよね、兎。

 だって腹減ってるしよ。


 ありがたく火力を頂戴して、俺は拾った枝を兎に刺して焼いた。だがこれがけっこう難しいんだな。加減とか。

 魚とかならこれでいいが兎は重いし、しかも丸焼きだしな。毛すらも刈ってねえ。

 【肉切骨】は一回分ならどうにかなるが、ナイフを呼び出したところで調理できるとも思えんからな。

 もうこれでいいとほどほどで諦めた。


 んで、毛が焼け落ちて肉のほうがこんがりといい色になり始めて……さすがにもういいだろってところで。


「いただきます!!」

「わおん!」

「にゃん!」

「…………」


 俺たちは一斉に丸焼き兎にかぶりついた。


 う、うまい……美味いじゃねえか! 味付けなんてまったくしてないのに、妙に香ばしいぞ?! 角兎の食材としてのポテンシャルがハンパねえ……!

 俺だけじゃなく、ボチも子猫もそれはそれは美味そうに食ってる。見るからに夢中だ。


 あ、そういやボチってメシ食えるんだな。腐りかけの体でどうやって……? いやまあ、そんなことは気にしなくていいか。


「へへ、どうっすか猫さん。俺が焼いた兎のお味のほうは」


 俺はひとまず、親猫には思いっきり下手に出ることにした。

 だって機嫌損ねたりしたらシュンころだからな、シュンころ。

 これは仕方のないことだと言える。


「ガウ」


 体が大きいぶんだけあってあっという間に食べ終わっている親猫だが、味に関しては満足してくれているみたいだ。

 一番気を使って焼いたかいがあったぜ。


「そりゃよかったっす! ささ、もう一匹どうぞ!」


 最後に焼き上がった五匹目を献上する。

 俺らはまー一匹でも問題なく腹膨れるからな。

 この場のボスたる親猫が多く食うのはそら当然よ。


 んで、食事が終わって。

 一応は親猫のおかげで安全が得られていることと、昨日の夜ぶりに胃に物が入ったことで俺はなんかこー、ぽかぽかした気分になっていた。


 眠気だ。

 こんな急にか、って疑問になるくらいに急激に眠くなった。


「ガウ」


 休め、と言われている気がした。

 都合のいい脳内変換ってだけな気もするが。

 だけどどうにも、この睡魔にゃ勝てそうにねえ……。


 俺は三匹に囲まれながら、まだ燃え続けている火の傍で眠りについた。



◇◇◇



「ん~~、……すっっきり!」


 たった数時間歩いた程度だが、俺はどうやら想像以上に疲弊していたらしい。


 見知らぬ森の中を猛獣に怯えながら移動していたわけだから、体以上に精神面でやられちまってたのかもしれねえな。

 あと単純に、熊やら蟹やらの相手でも体力を消耗したしな。


 だけど飯食って眠ったら嘘みたいに疲れが吹っ飛んだ。

 まだ太陽が高いしボチと子猫が追いかけっこして遊んでるしで、たぶん一時間も眠ってないとは思うんだが……めちゃ体が軽いぜ。


 しかも嬉しいことに、目覚めた瞬間にHPとSPが全快してるのが表示でわかった。

 これで蟹のせいで減らされたぶんが戻ってきたぜ。


「そういや、蟹が死んでもレベルアップはなかったな……」


 ボチが仕留めた角兎の経験値的なのは俺に入ったっぽいのに、蟹はダメか。

 一応は俺とボチも戦ったのにな。


 仕留めたのが親猫だからか、それとも流石に与えたダメージが少なすぎて戦ったうちに入らなかったか?

 あいつの経験値は熊よりも多そうな雰囲気あったし、惜しいことしたかもしれん。


「ガウル」


 考え込んでいると、親猫が俺たちを呼んだ。

 火を消しているところを見るに、また移動するっぽいな。

 今度はどこへ行くのかと抜群のボディランゲージ(ただの身振り手振りとも言う)で訊ねてみたところ、親猫は鋭い目付きをしながら、ぎらりと剣みたいな牙を光らせた。


 それは紛れもなく狩りに向かう獣の顔だった。


 え、狩りすんの?

 この面子でか!?

 や、役に立てる気がちっともしねえんだが……大丈夫か、これ。


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