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499.良い知らせ

「待たせる……? 誰かがこの先にいるのか?」

「すぐにわかるさ。ほら、そこが目的地。君を連れてきたかった場所だよ」


 段差の極端に低い階段を下りきって、俺たちは広い空間に出た。ここまでの通路と同じく剥き出しの土壁が冷やかな印象を与える、やはり殺風景なその場所において、それは余計に目立った。


 紅蓮魔鉱石。

 が、ひとつだけ。


 あの大きさはたぶん、魔皇の体ん中に埋め込まれていたやつだな。それがいかにも急ごしらえっぽい台座の上に置かれている。壁に埋め込まれてるライトは灯っているがいまいち光源の足りてねえこのシェルターを、紅蓮魔鉱石の強烈な赤が照らし出してるもんで、ちょっと目に痛い。


 そしてその台座の周囲には、三人の人影があった。そのうちのひとつが率先して俺たちを出迎える。


「お待ちしてましたよ、オレゼンタさん」


「ユーキ! やっぱお前も呼ばれてたか。……なんかここ最近、行く先々にお前がいるなぁ」


「そうですか? 私としては思ったよりもオレゼンタさんとの時間が取れなくて寂しいのですが」


 しれっとした返答を寄越すユーキは、もはや通例通りに覚醒状態の姿だ。本当にこれが当たり前になっちまってるな……ゆーてまあ、これからすることを思えば別に何もおかしくはねーんだが。


 いるだろうと予想できてたユーキはいいとして、だ。俺はあとの二人にも目を向けた。


「委員長、それにマクシミリオンさんまで! なんだって二人がこんなとこに?」


「君やユーキさんと一緒だよ。僕とマクシミリオンさんも、鼠少女からの招集を受けたからこうしてここにいるんだ」


 あいも変わらずの美少女と見紛う中性的な顔立ちに、爽やかな笑みを浮かべる委員長。見慣れたそのスマイルよりも俺は服装のほうに注目がいった。


 以前に着ていた市衛騎団ロイヤルガードの隊服とは違う。雰囲気は似通っているが、なんというか全体的に豪華になってる……こいつはとても平の隊員が着るようなものには見えねえぞ。


「そのカッコはどうした……?」

「ああ、これ。実は僕、昇進したんだよ」

「昇進!」

「そう、ロイヤルガードの副隊長にね」


 ふ、副隊長……! つい半年前までは入隊すらしてなかったやつが、あれよあれよという間に部隊のナンバーツーにまで登り詰めただと!?


 おいおい委員長よ。マジで優秀すぎるし、そつがなさすぎんだろ!


 どこの組織に入ってもうまくやれる、どころか上層部にまで食い込めちまうってどんだけ才能あったらできることなんだ……? 少なくとも俺ぁ、仮にテストの点が委員長と同じだけ取れるようになってもそんな真似ができるとはちっとも思えねえぜ。


「どうかな? 服に着られているようで僕としては少し面映いんだけど……」


 なんて、平のときにはなかったマントをひらひらとさせながら、照れたように委員長は聞いてくる。こうしてるとますます女子っぽいな。


「いや、立派に着こなせてると思うぜ。もうちょい上背がありゃ言うことなしだが、似合ってねえってことはねえよ」


「そうかな……うん、君がそう言ってくれるなら僕もそう思うことにしよう。柴くんこそその恰好、威厳に満ちていてかっこいいね」


「はっはっは」


 よくぞ言い切ったなこいつ。サラなんか未だに毎朝、この服で顔を合わせるたびに腹を抱えるんだぞ。俺もエレナみてーにガチビンタを食らわせてやろうかと何度本気で迷ったか。


 にしても、そうか。確かロイヤルガードは魔皇軍の襲撃時に隊長が戦死したんだったか……。マクシミリオンは繰り上がりで副隊長が隊長になるだろうって言ってたが、それで空白になった副隊長の座に委員長が収まった、と。


 他にも候補はいただろうに――それとも有力な候補たちも戦死しちまってたのかな。強いやつほど敵を多く引き受けて厳しい状況にもなるもんだから、それも十分に考えられる。


 とくれば、減った隊員の中から委員長に白羽の矢が立つのも納得ってもんだな。なんと言っても来訪者はやっぱ、現地民からすると特別な存在だしよ。


 しかし副隊長になったらからには委員長だってかなり忙しいだろうに、よくぞ時間を作ってくれたぜ。けどそれを言うなら一番はこの人だよな。


「マクシミリオンさんも、いいんすか? 執務のほうは」


 俺の問いに、大様にマクシミリオンは頷いた。


「今日一日くらいはなんとでもなる。新体制にも少しずつ余裕が出てきたところだ」


 力強く言うが、その目元の隈はまだ色濃く残ってる。

 余裕が出てきたっつっても色々と火の車であることに変わりはねえだろうに、この落ち着き様……やはり現代の英雄と呼ばれるだけのことはある大物っぷりだと感心させられる。


「そうだゼンタ。ひとつ――いや、ふたつ。良い知らせがあってな。是非ともお前にも聞かせたかったんだ」


「そりゃいいっすね。近頃は聞くもの知るものほとんど悪い知らせばっかりだったんで……どんな内容っすか?」


「スレンティティヌスの復帰の目途が立った。来月の頭にはこちらに来る予定だ」


「マジっすか!?」


 おー、こりゃ目出てぇぜ。ホントに良い知らせだな。


 片腕を落とされて心臓辺りまでぶっ刺されて、一時は死の淵にあったが死にはしなかったとんでもねえ生命力の持ち主、スレンティティヌス・ポセドー。


 その現場に居合わせた俺としちゃあ、ようやっと復帰できると聞かされて嬉しくねえわけがねえ。


「経過は順調だって知っちゃいたが……けど、いくら順調だからってリハビリを終えるにゃずいぶんと早くねえっすか?」


「うむ……こちらの状況のせいで余計に急がせてしまったことは否めない。だがスレンは『恒久宮殿アーバンパレス』最古参のメンバーにして特級構成員エンタシスとしても全体のお目付け役を担うほどに優れた男だ。いくら焦ろうとリハビリにおいても中途半端な仕事はすまい。戻ってこられるとあいつが判断したということは、十分に力を取り戻したものと受け取っていいだろう」


 ふーむ。付き合いが特に長いだけあって、強い信頼を感じさせる口調だ。


 確かに、少しミステリアスなところはあってもスレンは『できる男』って感じの人だった。実際、あの人の実力や判断のおかげで俺も命を拾わせてもらってるわけで……うん、だったら俺も信じてスレンを待つのが筋ってもんだな。


「良い知らせはもうひとつあるんすよね? そっちもスレンさん関連で?」


「無関係ではないな。スレンは教会本部での治療が済んで以降は、コンツェルという療養地として有名な街でリハビリを行っていたんだが……そこにはマーニーズもいてな」


「!」


 マーニーズ・マクラレン。ジョン・シャッフルズともども俺たちと一緒にガロッサの大迷宮攻略に挑んだ、こちらもエンタシスの一人だ。


 途中で俺たちとは離れ離れになって、そんときに自分を助けるためにジョンが命を捨てることになったのがショックで、怪我以上に心の療養のために冒険者業から離れていたはずだが……。


「彼女も、魔皇軍の襲撃に『灰』という勢力のこと……上位者と呼ばれる存在に操られる世界の真実を知ったことで、今一度奮起したようでな。ジョンに救われた命をまた戦いに使っていいものかと迷っていたようだが、もうその迷いは吹っ切ったようだとスレンから聞いた。おそらく、二人揃って中央へ戻ってくることになるだろう」


 心強いことだ、とマクシミリオンは言ったが、その声にはどこか苦々しさがあった。


 たぶん、彼としてはこのままマーニーズを前線から遠ざけてやりたいという気持ちあったんだろう。だが、現状アーバンパレスの最高戦力たるエンタシスはメイル・ストーンただ一人。そんな状況で、せっかく戻ってきてくれる戦力を突っぱねられはしねえ。


「……スレンさんもマーニーズさんも、マジで強いっすからね。何よりもその心が強い。だからきっと、マクシミリオンさんの力になるべく無理をしてでも戻ってこようとしてるんだ」


「……、ああ、その通り。俺には勿体ない部下たちだ」


 勿体ない部下、ね。

 こんだけ立派な人でも俺と同じような物言いをするんだと思うと、なんだかちょいと可笑しいぜ。


「へっ。マクシミリオンさんにすら勿体ねえんじゃ、あの人らは誰の下にもつけねえことになっちまうぜ」


「煽ててくれるな、ゼンタ。俺も所詮はただの人だ」


 ふっとマクシミリオンは何かを思い出すようにして、渋めの顔を苦笑で歪めさせた。


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