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498.好奇心は猫だけでなく

「それで? メモリくんと話はできたのかい? 将来についての大切なお話をさ」


「いやぁそれがな……結局後回しになったんだよ」


 メモリの体調が落ち着き次第、じっくり腰を据えて対話するつもりだったんだがな。メモリのほうから「今は何も言わなくていい」とそれを拒否してきたんだ。


「サラが先に何か言ったみてーでよ。俺がこっちにかかり切りになるってメモリも知って、どうも遠慮したらしい」


 そうじゃなくても勘の鋭いメモリのことだ。何を言われねーでも俺の考えてることを見抜いてたんじゃねーかって気もするが、こうなるとグリモアから勝手に将来設計を聞いちまったのは悪かったなって思えてくるぜ。


「やれやれ。恋心の露呈の仕方としては最悪の部類だね。メモリくんの心中は察するに余りある……ぼくに恋愛経験はないけれど」


 少し冗談めかして言う鼠少女に、俺は鼻を鳴らす。


「単純な恋心とは違うだろ? メモリが旦那にしたい条件を満たすのが俺しかいねーから俺になったってだけだ。そりゃあ最低限、あいつから見た男としての基準だってクリアはできてるのかもしれねえけど、消去法ですらねえからな。これで惚れられてるなんて浮かれちゃただの馬鹿だぜ」


「……本当にやれやれだ。どうやらゼンタくん、君にも恋愛の経験は皆無と見える」


「な、なんでわかった。それも目の力か?」


「肝心なところ以外での驚くほどのニブさ。それは大らかさという長所でもあるし、無自覚な横暴という短所でもある。せめてこれからはもう少し自覚的でいたほうがいいとアドバイスさせてもらうよ……それが人に影響を与えたことへの責任だ」


「影響って、メモリにか?」


「彼女だけとは限らないさ」


 それ以上教えてくれる気はねーようで、鼠少女はさっさと歩を進めていく。小さい歩幅なのに妙に速いその背中を俺も慌てて追いかけた。


 教会で聖女代理と挨拶をしてからしばらく日数が経っている。


 その間、くれぐれも身を空けといてくれと鼠少女に口酸っぱく言われていた俺は、実のところめちゃくちゃ暇してた。ギルメンたちが多かれ少なかれ政府のために働いてる中でリーダーだけがろくになんの手伝いもしてねえってのは少し……いや、かなりバツが悪かったぜ。


 なんかあれだ、社内ニートって感じの数日だったな。


 ようやく念願のお呼びがかかったのが今日。ギルドハウスまで俺を迎えにきた鼠少女に連れられて目的地を目指しているところだ。


 ハウスにはちょうどテッカ以外の面子が揃ってたんで、一同から派手なお見送りを受けちまったよ。朝っぱらの中庭でそんなことをやってるもんだからたぶん、けっこうな数の職員に見られてただろうな。ちと恥ずかしい。


 ちなみに、統一政府セントラルにハウスを運んできて以降もテッカはほとんど帰ってきてない。それは何故かって、忙殺されててそんな暇がねーからだ。俺とは真逆だな。


 元々いた料理人たちはほとんど辞めちまったようでな……まあ当然だ、政府内で働いているとはいえ彼らは役人じゃあない。ただの雇われだ。あんな惨劇を体験して職場を変えないほうが奇矯なんだ。


 実際ほんの一握りの、古株かつ責任感の強い――つまりはここで料理を振る舞うことに誇りを持っている――何名かは残ってくれてるようだが、いくら全体数が半減したと言っても、市衛騎団ロイヤルガード含め決して少なくはねえ職員の三食を賄うにはまるで人手が足りない。


 その数の不足を補うことを一手に担っているのが、うちのテッカってわけだ。


 あの人は大衆食堂を切り盛りしていた人だからな。今でこそその資格を失効しているが、腕前まではなくしちゃいない。しばらくはギルドの炊飯担当となってラッシュ時の慌ただしさから離れて久しかったろうが、問題なく政府のキッチンでも中心人物になれてる。


 一度だけその働きを見に行って、俺ぁえらく感心したもんだ。ちょっと痩せてたもんな、テッカ。例のふっくらとした着ぐるみ体型が少しげそっとしてた。が、本人はそれでも楽しそうだったんで大丈夫だろう。


 何が言いたいかってーと、新しく料理人が入ってくるまではテッカはずっとあの調子だろうってことだ。ギルドに戻ってくる頃には超絶スマートテッカになってるかもしんねーな。ポレロの住人たちが見たらきっとおったまげるぜ。痩せたテッカなんてちょっと前までは俺も想像つかなかったしな。


 とまあ、それはともかくだ。


「おい、いい加減どこに向かってんのか教えてくれよ。まさかこんな壊れた廃墟に用があるわけじゃねーだろ?」


 館内外での戦闘が続き、トドメに魔皇の攻撃の余波まで何度か食らったことで、ボロボロの政府の建物の中でも特に被害の著しかったまさにあの事件の象徴――政府本館。


 デカい建物なんで崩れてるっつってもまだ三分一くらいは原型を保ったままなんだが、これもいつ崩落するかはわからない。撤去しようにも時間と人手が特にかかるうえに、そうしたところで執務のために利用はできないってんで、未だにほぼあの日のままで放置されている場所だ。


 危険なんで職員でも足を踏み入れないそこに、恐れる様子もなく鼠少女はずんずん進んでいく。


 俺もまあ、瓦礫なんぞに怯える必要はないんで別段怖くはねーが……けどなんのためにここに来たのかは教えてほしいな。


「突っ切るつもりか? だけど真っ直ぐ進んでも先にあるのは裏庭と裏門だけだろ?」


「いや、突っ切らない。君はまさかと言ったけれど、用があるのはまさにここなんだ。具体的には、ここの下だけどね」


「下だぁ?」


「シェルターさ。脱出が間に合わないときのための緊急避難の空間。そういった部屋が本館にはいくつかあってね……これもその内のひとつだよ」


「!」


 鼠少女が示す先には、確かに地面の下へ通じる階段のようなものがあった。うちみてーに地下が本館にも作られてたのか……そういや、事件の顛末をマクシミリオンんが話してくれたとき、パニックルームがどうのと言ってた気がするな。


 あれはこの地下空間のことだったらしいと今になって気付いたぜ。


「なんか、やけにこの周りだけ綺麗だな?」


「綺麗にしたんだよ。ここを使わせてもらうと決めてからね」


「……お前が?」


「まさか、この小さな両手を見ておくれよ。ぼくに力仕事は向いていない。やってくれたのは数名の職員たちと、君のところのビートくんとファンクくんだよ。少なからず地下通路にも入り込んでいた瓦礫も合わせて、こんなにも丁寧に片付けてくれた。いやあ大助かりだね」


「とことん肉体労働をしたがらないやっちゃな」


 ちょっと呆れる俺に、鼠少女は何がおかしいやらくすくすと笑う。それからまたさっさと階段を下りていっちまうんで、俺もまた急いでその後ろに続いた。


「む……思ったより狭いし殺風景だな。土も剥き出しじゃねえか」


「よく圧して固めてはいるようだけど、確かに寒々しいね。けれどまあ、君たちの家とは違ってこの地下の用途は防空壕に等しい。造りとしてはこんなものだと思うよ。いたずらに華美にして、脆くなったり敵に見つかりやすくなったりしては本末転倒だ」


「ほーん、そんなもんか……ん? なんでお前がうちの地下がどんなもんか知ってんだ?」


「ぼくの目に見通せないものはない」


「堂々と覗き宣言してんじゃねえ。つーかお前ホントその見たがりなんとかできねえのか? 寿命縮めるぞマジで」


「好奇心は猫だけでなく、鼠までも殺してしまうかな」


「余裕じゃねえかおい」


「いや、案ずることはないよ。何が気になったというわけじゃなく、ただの興味本位で見てみただけのことだからね」


「なお悪ぃだろうが」


 まったくとんでもないやつだぜ。味方だからいいものの、そうじゃなかったらとんだ厄介者だなこいつは。


 いや、味方だとしても厄介じゃないとは言えねえタイプではあるんだが……。


 なんて思ってる俺の内心を知ってか知らずか、軽やかに一本道の通路を下へ下へと向かいつつ鼠少女は飄々と言った。


「さあ急ごう。あまり待たせても悪いからね」


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