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497.今までも、そしてこれからもです

「あー……ゴホン」

「ゼンタさん?」

「まあ、なんだ。あれだよな」


 一瞬見惚れちまったのを咳で誤魔化してから、不思議そうにしてるサラへ俺は続けた。


「お前のことを教会の恥とまで言いつつ、最終的に門外シスターになることを認めたくらいには元から度量もあったわけだろ? ならお前の言う通り、エレナなら本当になんとかしてくれるだろうな」


「そう信じてますよ、私は。あのビンタの強烈さ、今でも鮮明に思い出せますもん。エレナさんは只者ではありませんよ」


 いや、それはまた別の話じゃねえかと思うが……まあいいや。


「こうなると俺も十年後にはエレナの思惑通り、ユーキの右腕に収まってんのかねえ」


「……収まりたいんですか?」


「どうかな。『騎士』なんていう特別枠を用意されたところで俺が教会に馴染めるとも思わねーが……」


「私も思いませんねー。これっぽっちも思いません」


 やけにいい笑顔のサラだった。教会のはみ出し者がよくそんな風に言えたもんだぜ。


「それに、ゼンタさんに教会員が務まるかどうか以前にですよ。そうなったらメモリちゃんのことはどうするんです?」


「! もしかしてお前……、」


「はい。グリモアさんとのお話、聞こえちゃってました。ご存知の通り目も耳も鼻もいいものですから」


 ……そうだった。こいつは元々、女だてらに単身で野山を放浪できるほどのこの世界基準でも突出したバイタリティを持つやつだった。体が丈夫で体力もあって、食い溜めなんてことまでできる、ほぼほぼ野生動物みてーな女だ。


 シスターとしての力もつけた今、治療に集中しつつも離れたところで行われてる会話を盗み聞くくらいの器用さは持ち合わせててもなんらおかしくない。


「知っちまったんならしょうがねえな……で、どうするってのは?」


「ですから、メモリちゃんの旦那さんになって、新『屍の村』の村長になるのかってことです。そうなると流石に、騎士業との両立はできないと思いますよ」


「片方を選ぶともう片方が選べない……ってやつか? まーたこういうのかよ」


 ちっ。魔皇を倒してからこっち、やたらと選択に悩まされてるな。そういう意味じゃ、ずっと同じことで悩まされてると言ってもいい。


「そもそも俺は――」


「上位者とケリをつけるまでは、答えが出せない。ですか?」


「……ああ、そうだよ。このさき何がどうなるかわかんねえからな」


 ――最悪の可能性は、いくらでも考えられる。単純に俺が死んじまうかもしれねえし、そうじゃなくても……相手は曲がりなりにも上位者かみだ。世界をまさしく盤として見ているそいつに、駒のひとつでしかない俺にできることはほぼない。


 それでもやると決めた。もしも拳が届かなくても、言葉が届くなら。言葉が届かなくても、視線のひとつでも届くなら。


 俺は俺の感じてる不満をありったけぶつけて、改善を要求する。世界の扱いの向上を要求する。その結果がどうなるかは……まったくもって想像もつかないが。


「こっちに残ってもいいな、って。最近はそう思ってんだ」


「……!」


「あっちでやり残してることもあるにはあるが、選ぶんならこっちなんじゃないかと、だんだん心も決まってきてる。でも、それを確約はできねえ。たぶんもうすぐそこまできてるんだ。管理者と、そして上位者に物申せる機会がな」


「鼠さん宛てのお手紙が、その兆しなんですね」


「へっ、なんでもお見通しか」


「お見通しですよ。ゼンタさんの考えることくらい」


 微笑むサラの口調は、その眼差しと同じくどこまでも優しかった。そのことに、俺は妙にほっとした。


「あの手紙が俺の想像通りのもんだとすれば、明日明後日にでもその時はくる……だからよ、サラ。もしもだ。もしも俺が帰ってこなかったら――」


「シャラップですよ、ゼンタさん」


「!」


 ぴと、と。

 人差し指を押し当てて俺の唇を塞いだサラは、少し怒ったような顔をして。


「そんな『もしも』は聞きません。聞く必要がないからです」


「…………」


「ゼンタさんが不在でも、『アンダーテイカー』はいつも通りに楽しくおかしく毎日を過ごしますよ。ゼンタさんは湿っぽいのが嫌いというか、苦手そうですし。なので……ゆっくりでもいいですから。必ず私たちのところに帰ってきてくださいね」


「……!」


 俺が何をするつもりなのか。

 ちゃんと話したことはないってのに、なのにサラには全部わかってるみてえだった。


「いつまでも待ちます。ゼンタさんは大事なギルド長なんですから。私が、私たちが、待ち続けます。どれだけ時間が経ったとしても――ずっと。だから、絶対に生きて帰ると約束してください」


 そっと口から指が離れる。その手を胸元で握り締めて、少しだけ不安そうな顔をしてるサラに――俺は頷いた。


 こいつにこんな表情をさせちまうなんざ、リーダー失格だ。そんな烙印を押されるのは勘弁なんでな……確約できねえだなんだと、うだうだ言ってもいられねえ。


「わかった。どんな目に遭っても、俺は絶対に帰ってくる。そう約束するぜ。……これでいいか?」


「うむ、よろしい!」


「へっ」


 まったく偉そうに。とは思うが、嬉しそうにしてるサラを見てるとまあ、なんでもいいかって気になってくる。元気を貰った……つっていいんだろうか?


「――お前にゃあ迷いとか、まるでなさそうだよな。何を選ぶにしても常に自分に素直って感じだ」


「うーん……そうかもですね。やりたいことを迷った覚えはないです」


「だろうなぁ。けど少しも考えないのか? 自分の選択が正しいものかどうかってのは」


「私なりに言わせてもらうと、その時点で正しくないと思います」


「うん?」


「例えばですが。教会が思ったよりもあくどいところじゃないと知った今となっては、私が脱走したことは間違いだったと言えなくもないですよね」


「まあ、そうだな」


「でもそうしなかった場合、私はゼンタさんと出会って冒険者になることもなければ、門外シスターという特殊な役職に就くこともなかった」


「それも、そうだな」


「なんとなく……クララさんが私の脱走を止めるどころか、手伝ってくれた理由もわかるんです。逃げ出すことそれそのものよりも、小さな見識だけで教会を見限る私の浅はかさこそを、クララさんは良くないと思ったんじゃないでしょうか。それを払拭させるには教会の外での経験が要ると考えたんでしょう」


「…………」


「つまりですね。脱走を選んだことは正解とも間違いとも言えないんです。選択自体に正否はなく、それが正しかったかどうかはその後の自分次第。行動が決めることだと、私は信じています」


 思っています。でなはく『信じています』か……なるほどな。

 俺の理解を見て取って、サラは明るい笑顔で言った。


「私は今の私を間違った末のものだとは思っていません。今の私は、正しい私です。ゼンタさんの隣にいて、『アンダーテイカー』の一員で、教会員でもあって。そういうサラ・サテライトになれたことを誇りに思っています」


「……かっけーな、お前って女は。なんかよ、強さとか立場とか抜きにしたら……案外お前こそが、誰より聖女って立場に似合ってるんじゃねえかと思えてきたぜ」


「…………」


 目をきょとんと真ん丸にさせてから、思わずといった感じでサラは吹き出した。


「ふふっ、何をおかしなこと言ってるんですかーゼンタさん。私が最高責任者なんかになったら、それこそ教会の終末待った無しですよ」


「自信満々に言うことか、それ?」


「教会に押し付けようとしたってそうはいきませんからね。門外シスターである以前に私は『アンダーテイカー』の守備・回復担当なんですから。今までも、そしてこれからもです」


 ふんす、と着痩せしてても十分に立派な胸を張るサラ。


 こういう言動がせっかくの美人さを台無しにしてるんだが……しかしそれでこそサラでもある。お淑やかになられて他所の男どもに群がられてもなんとなく面白くないんで、今くらいでちょうどいいと思っておこう。


「んじゃ、戻るか。俺たちのギルドによ」

「はい!」


 再び並んで歩き出すと、なんだか懐かしい気持ちになった。


 サラと出会って、二人でぎゃあぎゃあと騒ぎながら、この先どうすりゃいいのかと話し合ってたあの日に戻ったような……そんな気分だったぜ。


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