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496.軋轢ができちまうと

 そっからまあ、色々細々と話をして。他の大シスターとも顔を合わせたりもして。けっこうな時間を費やしてから、俺とサラは教会を後にした。


 ユーキは今日一日いるつもりらしいんでここで別れたんだが、マリアのいない本部でユーキが何をしてるのかはよくわからんな。


 ということを俺が言えば、サラは訳知り顔で。


「ユーキちゃんも学ぶことが多いんだと思いますよ。いずれはエレナさんから最高責任者の立場を引き継ぐわけですから」


「はーん。その仕事っぷりを近くで眺めりゃ、それが最高の勉強になるってことか」


「はい。これまで聖女様や大シスターから受けた手解きというのも、あくまで戦うための修行に終始していたようですしね」


「ほーん」


 そりゃあそうか。マリアの逸脱した強さにばかり目を奪われてたが、それだけじゃ『聖女』は務まらない。ユーキもいくら大人びた五歳児だっつっても、今のままじゃ代理の代理にすらなれっこねえだろう。


 まあ、ユーキがマリアの下にやってきたときにはもう魔皇軍の台頭が本格化していた以上、戦闘訓練ばかりに重きが置かれるのは当然というか、必然の判断でもある。執務面での教育が抜け落ちてるのは仕方ねえこったな……いずれにしろ、今後のユーキのスケジュールはぎっしりになる。


 忙しそうだから『灰』のことは全部任せておけ、と俺が言えたらよかったんだが、まさか『勇者ブレイバー』という特別中の特別である職業クラスを持つユーキの手を借りないなんてこたぁできやしねえしな。


 教会の内でも外でも必要不可欠な人物だぜ、ユーキはよ。


「しかしなぁ、ちと心配だよな」

「何がですか?」

「今後の教会が一枚岩でいられるのか、ってよ」


 俺の言葉に、サラはギルドハウスで向かう足を止めた。それに引っ張られて立ち止まり、振り返った俺の目に映ったサラは――らしくもなく真剣な表情をしていた。


「それは新体制が上手くいかない、ということでしょうか?」


「そうだな。エレナさんの能力を疑うってんじゃないが……疑うも何も、さっき知り合ったばかりでまだそんな段階にもねーし。だけど、今の状況がなかなかに危ういってことは俺にだってわかるぜ。まず間違いなく軋轢が生まれちまうだろ」


「軋轢? 誰と誰の間にです?」


「本部と各支部の間にだよ」


「……!」


 俺の言わんとしていることを察したらしい。一度は見開いた目を元通りにしたサラは、「なるほど」と得心とともに頷いた。


「聖女様の死と、ユーキちゃんの存在そのもの。今はまだ支部に伏せられているこれらをいつ、どうやって公開するか。よくよく考えないといけませんね」


「だろ?」


 統一政府セントラルの大打撃を受けて、世相はただでさえ混乱気味だ。マクシミリオンを始め残った人材の奮闘でどうにか政府としての役目や体面は保てているものの、被害を受ける以前の通りとはどうしてもいかず。


 もっと言えば『大打撃を受けた』という事実だけでも人々は――社会ってのは、揺らぐ。というより、揺らいでいる。


 政府が残っていてもこれなんだ。政府が壊滅した状態で新政府を設立することを目論んでいたローネンの狙いは完璧だったと言えるぜ。もし実現できていれば一気に人心を掌握しきったこったろう。


 てなわけで、社会情勢に『灰の手』の動向。これらを思えばシスターの中でも限られた数にしか聖女マリアの不在が知らされないってのも、また必然の措置だ。人の口に戸は立てられない――エレナの用心は真っ当で、確実に聖女の死を内々だけに留めておきたいならこうするしかない、と俺も思う。


 すげえ合理的だ。合理的ではあるが……けど理屈と感情は別だからな。


 支部においてもそこの代表には連絡がいっているようだが、それ以外のシスターはいつか寝耳に水の状態で聖女の死亡を知らされることになる。それとセットで、本部勤めのシスターにしか教えられていない『聖女の娘』の存在まで知る。そして近いうちにエレナからこの娘に教会最高責任者の立場が移る――こんなことになったら、本部へ不信を抱くシスターもいくらだって出てくるぜ。


 それがほんの少数ならいいが、もしも各教会において過半数を上回れば、本部に楯突く厄介な支部の完成だ。さらにもしも、そんな支部がいくつも出ちまえば……あっという間に本部派と支部派の抗争へと発展する。


 そういうときにゃ必ず中庸の派閥もできるし、事態は混迷の一途を辿るに違いねえ。


「一度そういう軋轢ができちまうと、とにかく引き摺るぜ。なんてったって自分たちの行く末を決める本部からの命令を、何も信じられなくなっちまうんだから」


「……ですね」


 しおらしく同意するこのサラこそ、教会のスタンスに不信を感じたことで着の身着のままの脱走を敢行した経歴を持つ張本人だ。信じ憧れてたものに疑念を抱くってことがどういうことかは、こいつが一番よくわかっているだろう。


 だが、それでもサラはあっけらかんと言った。


「でもそれも含めて、聖女代理になったエレナさんがなんとかするんでしょう。というか、なんとかしなきゃいけませんし、なんとかできると思いますよ。エレナさんならきっと」


「……お前の師匠はクララさんなんだよな? エレナへの信頼もずいぶんと厚いみてーだが」


「クララさんとモニカさんが最高責任者へ推した、というのもそうですけど。何より私、前に思いっきり叱られてますからねー。ほら、シスターとして鍛え直すために本部を訪れたときですよ」


 ああ……俺とメモリが仮面女んとこを訪ねてたときだな。その頃はまだ『アンダーテイカー』の一員だったカスカとヨルを護衛として引き連れて、サラは教会へ出戻ったんだ。


 そこに待ち構えていたのがエレナだったらしい。


「いやぁ、怖かったですよー。『どの面下げて戻ってこられたんだ』って。開幕ビンタですよビンタ。それも全力で。私、十メートルくらい飛びましたもん」


「ええ……」


「いくらなんでもいきなり殴られるなんて思わないじゃないですか。驚きと痛みで呆然としてるところを足で踏み付けられて、『これ以上教会の恥を晒すくらいなら、私の手で消してやろうか』って。あれは脅しでもなんでもありませんでしたね。本気でした。本気で私を殺す算段を付けていたんです」


「ええ……」


「結局は私の渾身の土下座と、ルチアさんやカロリーナさんが一緒に謝ってくれたおかげで一命を取り留めたんですがね」


 そうじゃなきゃ死んでたってのかよ。怖っ。エレナもだが、そんなことされた相手となんの遺恨も感じさせずに普通に話してたサラはもっと怖ぇ。


 今日は会えなかったが、今度改めてルチアとカロリーナにはお礼を言っとこう。菓子折りとかの手土産も忘れずにな。


「お前はアレとしても、エレナも相当ヤベーな。そりゃユーキも変わったって感動するわけだ。気難しそうだとは思ったが、話してみたぶんにはそこまでのことをするようなやつには見えなかったぜ」


「危ない人に思えるかもしれませんけど、そんなことはないんですよ。少し変な人ではありますけどね」


「変な人だし危ない人だとしか思えねえんだが」


「ですよね」


「ですよねってお前……」


「だけどそれだけ、エレナさんは教会を第一に考えてるってことじゃないですか」


「……、」


 帰ってきた裏切り者に苛烈極まりない対応を取るのも、何を置いても教会を最優先にしているから。文字通りに全てを捧げているからこそ、教会の外には興味がないし、教会から去っていく者も許さない。


 そういう姿勢を前面に押し出していたのが以前のエレナであり、そして最高責任者となった今、その姿勢にも多少なりの変化が出ているとするなら――確かに信じてもいいのかもしれん。


 エレナならこの先の難局も乗り切って、何がなんでも教会を維持していくはずだと。


「ですから私は、何も心配なんてしていないんですよ。ゼンタさん」


 そう言って陽の光を浴びながらにこりと笑うサラを、俺は不覚にも綺麗だなと思っちまった。


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