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495.「小さな教会」

「着てみてくれ。不備がないか確認したい」


 そう言ってすぐに着替えることを要求したエレナは、光のカーテンみてーなもんで即席の仕切りを作った。これも光魔法の何かかと思いきや、どうやらこいつがエレナの聖装オンリークロスらしい。


 盾とか銃はわかるが、カーテンってもう武装じゃなくね? どんな風に戦うのか気になるな……。


「さあ、私もエレナさんが戦っているところを見たことがあるわけじゃないので」


「なんだサラも知らねえのか」


 仕切りの向こう側でユーキの着付けを手伝っているエレナのうっすらと見えるシルエットを眺めながら、サラはゆるゆる首を振った。まあ、こいつが世話になったってのはクララっていう大シスターであってエレナじゃねえもんな。


 魔皇軍襲撃事件――あの日のことがそんな名称で呼ばれているとはさっき知ったばかりだ――でもエレナは現場にゃ不在だったわけだし、面識は持ってても戦法を知らなくたって不思議じゃあない。


 ……にしてもこれ、エレナだけじゃなく着替えてるユーキ本人のシルエットまでちょっと見えてるのはよくねえな。ホントにぼんやりとではあるが、それが余計にやらしい雰囲気にさせてるよーな。


「ちょっとちょっとぉ、ゼンタさん? 駄目ですよこっち見たらー。いくら大人びていると言ってもユーキちゃんはまだ五歳なんですからね」


 覚醒状態は大人びているとかいう次元じゃないが、サラの認識ではそういうもんらしい。こいつの脳内どうなってんだ。


「つーかお前もあっち側手伝ってこいよ。なんで当然みてーに俺のほうにいるんだ」


「一人だと着るのが大変みたいだからです。……なんですかゼンタさん、まさか裸を見られて照れてるんですか? 前はひとつの部屋で一緒に着替えたりもしてたのに?」


「あれは金欠だったから仕方なくだろうが。てか、別に照れてねーわ」


「恥ずかしい体じゃないんだから堂々としてたらいいんですよ。私ほどじゃないですが、ゼンタさんもなかなかの肉体美だと思いますよ? 私ほどじゃありませんが」


「ただでさえ自分で言うことじゃねーってのになんで二回も言った……?」


 ぶっちゃけ恥ずいは恥ずかったんだが、サラ相手に恥ずかしがってると思われるのはもっと恥ずかしくて、結局最初から最後まで着替えを助けてもらったぜ。

 初めてこれ着たときは委員長やメモリの手も借りたが、あのときよりは不思議と緊張感がないな……年頃の異性相手なんだから、普通なら今のほうが緊張しそうなもんだが。


 でも異性っつってもサラだしなぁ。それにあんときは状況も盛大に切羽詰まってたし、そりゃ普段より体も硬くなるよな。うん、それが理由だろ。


 決して、俺の体を這う委員長とメモリの手付きに若干の恐怖を感じてたってわけじゃあないんだぜ。ないったらない。


「問題はなさそうだね」


 カーテンを取り払ったエレナは満足そうに言った。


 革ジャンに代わるお気にを探そうとしたはいいがポレロではピンとくるものがなく、結局こっちの世界にきた当初のように制服に袖を通していた俺だが……今や闇のロックスター、あるいは悪党の親玉を演じる舞台役者みてーな恰好になっちまってる。


 対するユーキも全体が真っ白で部分ごとに金刺繍が輝く衣装で、なんとも豪華だ。以前にも見た姿とはいえやっぱオーラが半端ねえ。

 下手なやつが着るとただけばけばしいだけに終わるんだろうが、ユーキ本人も美人なもんだから服に負けてねーんだよな。これを着こなせるってすげーよ、いやマジで。


 俺? 俺の着こなしのことは言わせんな。


「とてもよくお似合いですよ、オレゼンタさん」


「よせやい」


 見え見えの世辞なんかいらねえ、と思ったがユーキの表情や口調にふざけてる様子は一切ない。


 これがサラの言うことなら百パー冗談なんだが、どうもユーキは本気でこの恰好が俺に似合っていると感じているらしい……おいおい、目ぇ大丈夫か? とはさすがに言えないんで、空笑いだけで応じるしかねえ。


「ちなみに私は笑いをこらえるのに必死ですよゼンタさん。……あうっ」


 どうでもいいことを耳打ちしてくるサラの脳天に軽くチョップを食らわせる。そんな俺たちのやり取りに、やはりエレナは取り合わなかった。


「で、どうだろう。実際に着用しての感想は。何か気になるところはあるかな」


 仕立て直し(?)の主導を担ったエレナとしては、やはりどこかにミスがねーかと不安らしい。これもマリアが遺したもんだし、完璧な復元には至らなくてもできるだけそれに近い状態にしておきたいんだろう。


 俺もユーキもしばらく黙って、今の自分を確かめる。それから少し顔を見合わせた俺たちは、互いに思ってることが同じだと知り、エレナへと向き直った。


「不備はないように思いますよ、エレナ」

「ああ、あの日の感覚と大差ねえ。どころかまったく同じじゃねえか?」


 この魔皇のお下がりである衣装には、身体能力と闇の力を高める効果がある。その力が衰えているようにはちっとも思わない。むしろ、あの日よりも闇に順応した俺の肉体に反応して、より強く鼓動してるようにすら思える。


 言うなれば闇の胎動か――字面では禍々しいが、これは間違いなく俺に力を与えてくれるもんだ。


 たったいま気付いたが、法王だロックスターだと例えるよりもしっくりくるのがあったな……それは『魔皇』。この衣装はまるで魔皇のようだと表現するのがぴったしだぜ。


「仕上がりとしてはそれこそ、完璧かと。エレナは自分で思う以上に素晴らしい仕事をしたんですよ」


「そうか……その服の継承者にそこまで言ってもらえるなら、皆で身を粉にした甲斐もあったよ」


 エレナは落ち着いた態度を取っているが、その内心には深い安堵が窺えた。昔に聖女が着ていた衣装を、次の聖女に託すことができた。その達成感を味わっているんだろう。


 だが、すぐに彼女は思考を切り替えて。


「わかっているとは思うが、それを大急ぎで直したのもこうしてすぐに着せたのも。それが管理者やその協力者と対峙する上で必要だと考えたから、やったことだ。ユーキとゼンタがこちら側の主軸であることは間違いないんだからね」


「それとプラス、ゼンタさんに恩を売るためですよね? 十年後にユーキちゃんを守る騎士さんになってもらうために」


「……それも否定はしないけど。けれどあくまで教会の思惑はひとつ――『十年後を迎えるために』、だ」


 サラの揚げ足取りみたいな横やりにもブレず、エレナは淡々と言葉を紡ぐ。


「教会だけではないな。不自然淘汰とやらを防ぐために一丸となっている者総てが、それそのために動いている。未来を守ろうとしているんだ。政府やアーバンパレスと連携を取るうちに確信したよ。それぞれに所属する陣営や望む未来の形に差異はあれど――私たちは既に一個・・だと。私はそう思っている。だから、無理にゼンタをこちらへ引き込もうなどとはしていないよ」


「エレナ……教会以外にはまるで関心を示さなかったあなたが、そんなことを言うようになるなんて」


 両手を口に当てて、ユーキはえらく感動したようにそう言った。


 教会以外には関心を示さない……? 以前のエレナはそういうやつだったのか。この仏頂面からすると確かに、今の物言いよりもそっちのほうが似合ってる気はするが。


 ユーキの感涙(泣いてはいねーが)にエレナは軽く肩をすくめた。


「事態が事態だからね。教会の体制も変わるんだから、私だって変わるよ。『聖女マリア』の不在を補うには総力を挙げなきゃならないし、その音頭を取るのはこの私なんだ。教会員の明日を背負う立場としては教会の外にも目を向けなくっちゃあね……マリア様がそうしていたようにさ」


 一見優しげな声音のその発言は、けれどなんとしても教会を存続させるという絶対の決意を感じさせるものでもあった。


 ふと、思う。エレナは何も変わらず、今でも本当は教会以外にはなんの興味もないんじゃないか、と。


 だけどそれじゃあこの先教会の立場がどうなるかわからない。だから他にも目を向けて、前より他組織とも協力的に、更には俺という部外者でも担ぎ上げる選択を取った――全てはただ教会の未来のために。


 だとするなら。


「クララやモニカにも助けてもらいながら、聖女代理としてなんとかやっていくさ。ユーキは何も気にせず目の前のことに集中するといい。かつての聖女様のように、そこのゼンタと一緒に世界を救ってしまえ」


「はい……!」


 感極まった様子で手を取るユーキに応じつつ、微笑みを返すエレナを見て。

 まさにこの少女は「小さな教会」そのものだと、俺は思った。


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