494.十年後のために
仲間とはいえあまりに失礼な物言いに、ゲンコツでも落としてやろうかと拳を握った。するとサラはすすっと俺から離れていく。ちっ、目敏いやつめ。また下手くそな口笛吹いてやがるし……下手過ぎるから二度とすんなっつったのに。
そんな俺たちを見て、エレナは眉根を寄せた。
「別におかしなことを言ったつもりはない。私たちがゼンタを支持するのは当然のことだ」
あ、普通に話すだけか……てっきり怒られるかと思ったぜ。
だんだんとわかってきたが、この仏頂面はエレナのデフォルトであるらしい。俺やサラのせいで機嫌を損ねてるってわけじゃあなさそうだ。
「当然とはまた、どういう理屈なんですか?」
「繰り返すが、ゼンタは聖女様に選ばれた次期聖女の、相棒なんだ。将来はユーキと共に教会を背負って立つ人間。その時に向けて私たちシスターも協力は惜しまない」
「なるほど、そういうことですか……」
もっともらしくサラは頷いているが、俺としてはマジかよって感じだぜ。
マリアとの約束もあるし、ユーキのことは俺個人としても気に入っている。相棒として見ても、横にいてこいつほど心強いやつはちょっと他に見当たらないしな。
だけどそれはあくまで戦闘面での話であって、俺ぁ何もユーキと二人三脚で教会を運営していくことをマリアと約束したわけじゃねえ。じゃねえんだが……教会側の言い分もよくわかりはする。
図らずしも俺への指名は、マリアの遺言になっちまった。聖女が遺した最後の言葉に忠実であろうとするのはシスターにとって確かに当然のことであり、決して破ってはならない不文律も同然。そりゃあ、どういう形であれ俺にノータッチってわけにもいかねえだろう。
うーむ、と喉奥で唸りながら悩む俺にエレナは言った。
「ユーキが聖女になるのはまだ先のこと。あんたが専属騎士になるのもそれからだ。今はただ私たちが勝手にゼンタを支持するだけだ……見返りなんぞは求めない。その代わり、十年後に色よい返事が聞けることを期待したいね」
求めてんじゃねえか、見返り。なんてのは言うだけ野暮だな。
「専属騎士ってなんだ? どういうことする役なんだ、そいつは」
「そこの門外シスターと同じく無理矢理ひねり出した新たな役職さ。やることはシンプル、聖女様の傍にいること。ただそれだけだ。勿論、有事となればその腕前を存分に発揮してもらうし、平時であっても聖女様の言葉には従ってもらうけどね……ちなみに、立場としては大シスターと同列だが、私たちから騎士への干渉は行えないことになっている。その逆は可能だが」
……なるほど。聖女がワントップであることに変わりはないが、限りなくナンバーツーに近い立ち位置に『騎士』を置こうって感じか。マリアの遺言も加味したうえでの配慮が窺えるな。
にしても、実質教会を取り仕切ってるに等しい大シスター側からの干渉権をなくすってのは、なかなか思い切ってるなって気がするぜ。
「オレゼンタさんが私の懐刀になると……ふふ。それはとても面白いですね」
自分の口元に指先を当てながらユーキはそんなことを言った。流し目でこっちを見てくるのがまたなんとも……美人なだけに妙な迫力があるぜ。
この言い方からするとユーキも騎士を置くことに乗り気なのか、と思えば。
「ですがエレナ。有事と言うのなら、今がまさにそうでしょう? 十年後の話をする前にまずは明日が先決ではありませんか」
いつもの凛とした雰囲気に戻ったユーキの言葉に、俺は大いに同意する。その通りだ、上位者の不自然淘汰が目の前に迫ってる以上、明日も世界が無事である保証はどこにもねえ。今日が決戦の日になるかもしれねえんだ。
そうなっちまえば不自然淘汰の成否に関わらず死人がとんでもねえ数出ちまって、実質俺たちの敗北も同然だが、そうはならねえっていう若干の保証ならある。
カーマインがお使いに駆り出されたこと。それがその根拠だ。
「エレナもユーキから聞いてるだろ? つい昨日、『灰』から手紙が届いた。それは俺たちが直接敵対している『灰の手』の親分であるローネンとは、まるで無関係に差し出されたもんだ」
イリオスティアという『灰の手』の筆頭にするために作られた家系の、現当主。そいつを差し置いて普段はまったく仕事をしていない・しないことが仕事だという『最強団』のメンバーを届け人に指定したこと。そこから考えられるのは。
「まだ猶予はある。少なくとも、手紙の内容に対して俺たちがなんらかのリアクションを返すまでは、『灰』は待とうとしている。そして『灰』がそうする以上それは、上位者の意思でもあるはずだ」
協力者たる『灰の手』が管理者である『灰』の意思に従って動くように、管理者たる『灰』もまた全ては上位者であるクソ神の命じるままに動く。だとするなら『灰』から届いた手紙は即ち、実質的に神からの手紙にも等しい……はずだ。
「だからか、鼠少女もまだその中身を俺たちに明かしてくれてねえ。その前に少し準備をすると言っていた。まあ、差出人が差出人だ。慎重に慎重を重ねるこたぁ俺も賛成だぜ。……つっても、上位者の気がどんだけ長ぇかってのは未知数。むしろそう長くねえと俺は思ってるんで、あんましのんびりもしてられねえけどな」
「つまり?」
「近日中には返事が必要だろうってこった。そんときがマジもんの分水嶺、この世界がどうなるかの分かれ目になる。それを前にして十年後の話をしたって、鬼が笑うどころか地獄中がひっくり返って大爆笑するぜ」
「……わかってないな」
「へ?」
むっつりと呟かれた否定の言葉。目が点になってるであろう俺に、エレナは鋭い視線を浴びせてくる。
「それも含めての支持だと言っている。私たちの望む十年後をやってこさせるためにも、今の内からあんたたちをサポートするのが教会の責務。十年後のために明日があるように、明日のために十年後があるんだよ」
「――マリアさんの遺言を実行するってだけじゃなく、不自然淘汰を見据えてのことでもあるってのか?」
「その通り。これもその一環だ」
親指でくいっと『聖痕の間』に置かれたいくつもの長椅子のうち、ひとつを指し示すエレナ。そちらに目を向ければ、その椅子の上に何かが置かれていることに気が付いた。
いや、何かじゃあない。白と黒の一対のそれがなんであるかは、俺には――そしてきっとユーキにも、すぐにわかった。
「受け取りな」
言われるがままにユーキは白を、俺は黒のそれを手に取った。広げてみれば……やっぱりだ! まるでどこぞの国の法王の衣装をダークにアレンジしたようなその服は――マリアから貰ったネクロマンサー用の戦闘服!
魔皇戦を経て無惨なほどにズタボロになっちまったはずだが、俺の手にあるこいつは完璧に元通りの姿になってるじゃねえか。見てみると、ユーキのも同じように直っている。
「苦労させられたよ。修繕は光魔法の得意分野だっていうのに、その二着はどうも直りが遅くてね。私含め何人ものシスターを連日かかり切りにさせてようやく見れるようになったんだ。本当に元通りかはあんたたちに着てもらわなきゃわからないが、その自信はある」
いつの間にか脱がされてたこいつだが、なるほどな。教会が預かってくれていたのか。そして修復までしてくれたと……もう着ることはないと思っていただけに嬉しい誤算だぜ。
この服の見かけによらねえ防御力と闇の力のブースト機能はめちゃ頼りになる。あるのとないのとじゃ大違いだ。
「こりゃあ仕立て直しの代金を払うべきか?」
「いらないよ。言っただろ、私たちが勝手に支持するだけだと。代金なんて求めるわけがない……それは元々聖女様の持ち物でもあるからね。ただし、直したからには今後常にそれを着てもらいたい」
明日がどうなるかわからない。そう言ったのは俺たちのほうだ。
エレナの言葉に、俺もユーキも厳粛に頷いた。
これからずっとこいつが普段着になるのかと思うと少し……いやかなりやるせない気持ちにはなったけどな。




