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492.苦手な分野だが

「俺に、メモリと結婚しろって言うのか?」


「キヒヒ……」


 ぎりぎりと。


 俺の肩にかけられた手に、これでもかと力が込められていく。間近から覗き込む視線の圧力も相まって、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶になった気分だぜ。


 イエスと答えるまで解放しない……とでも言い出すのかと思えば、グリモアは肩を組んできたのと同じくらい唐突にパッとその手を放した。


「――そう、言うだけさ。強制はしない。そんな権利は私にはないからねぇ」


 笑みをなんの圧もないものに変えてグリモアはそう言った。いやまあ、そりゃそうだが。強制された結婚じゃ真に幸福とは言えねえんじゃねえかってところも気になるしな。


 妙に安心して深く息を吐いた俺に、「ただし」とグリモアは油断を刺すように付け加えた。


「くれぐれも真剣に考えることだ。本人からは言い出せないだろうと判断して私は彼女の夢を詳らかとしたんだ。今語った内容は全てメモリくんの本心からの願いに相違ない。生涯のパートナーとして君を見初めているのも、本当だ。何せ修行の際に私は直接それを彼女の口から聞いているんだから」


「……そう、なのか?」


「キヒッ、あぁ、そこは間違いないとも」


 愉快そうな顔付きでグリモアは頷く。

 これじゃ本気でメモリの夢を応援してんだかしてないんだからわからねえな。


 ただ、この人の素がこういう態度なんだろうってのは俺もわかってきてる。たぶんだが、言ってることに嘘はないんだろう。メモリの代弁部分にもおそらく偽りはない……。


「ネクロノミコンの調伏を、彼女は文字通りに身を削ってでも実現させた。それは新『屍の村』の主柱になれるようにというのと、加えてもうひとつ。君の隣に立つに相応しい自分でありたいという思いあってのものだ。キヒヒ、ネクロノミコン以上にいじらしい持ち主じゃあないか……女にそこまで真剣に想われているんだ、リーダーくん。君も一人の男としてアガるってものだろう?」


「…………」


 なんて言やぁいいんだ? 


 生憎と俺ぁ、この約十六年の人生で女とそういう仲になったことはねえぞ。つか、そもそも女子と仲良くなったことがない。


 こっちの世界に来てからは良くも悪くも関係が変わった相手はそれなりにいるが……どっちみち恋愛経験ゼロってことに変わりはねえ。


 だからか、ちっとも実感が湧きやしねえ。


 グリモアの言ってることに嘘はないとなんとなく直感しつつも、メモリが俺のことをそういう風に見ていたって事実とはうまく結びつかねえんだ。


 ただし今聞いたことを前提に振り返ってみると、確かにメモリの言動の節々からそんな感じのもんが漏れてたか……と思えなくもない程度。


「なあ。その話、本当に本当なんだろうな? これで『メモリは俺のことが好き』なんて信じ込んで実際はなんとも思われてなかったりしたら、赤っ恥どころじゃ済まねえぞ。切腹もんだぜ」


「おやおや意外とみみっちいことを気にするリーダーくんだ。君はもう少し男らしい男だと思っていたが、買い被りだったかな。いやさ私じゃない、メモリくんが君を買い被っているという話だ」


「む……、」


「キッヒ、だがそれもしょうがないのかな。人間誰しも得意でない分野では本領を発揮できないものだし、臆病風にも吹かれやすくなるだろう。今の君のようにねぇ」


 ――俺が臆病風に吹かれてる、だと? んな評価を下されるのは初めてだな。


 ヤバいと思えば敵に背中を見せることもちっとも厭わねえ俺だが、それでも逃げちゃいけねえ場面で逃げ出したことは一回もないっつー自負がある。そのおかげで臆病者の謗りとも無縁だった。


 だがグリモアにそう言われたってことは……今の俺は、逃げちゃダメなもんから逃げ出そうとしているように見えてるってことだ。


「どうやら君にはまだ、男女の関係に踏み込めるほどの情緒も育っていないように思える。それでは腹の据わらせ方もわからなくって当然だ――でもねリーダーくん。君の立場は特殊が過ぎる。君を見初めてしまった時点でメモリくんの恋路はベリーハード。難関と言って差し支えないものとなった。彼女にもその自覚はあるだろう、しかし! 君とは違って臆することなく険しい道のりを邁進しているところだ。それなのに肝心の君がその様子じゃあ、メモリくんが可哀想に思えてきてならないねぇ」


 君とは違って、の部分にいやにアクセントを置いてグリモアはそう言った。


 ちっ。俺がメモリの努力に報いてやれてねえと言いたいのか。他所さまからそんな指摘をされちゃイラっとくるぜ……だが、その通りではある。


 今の今までメモリの気持ちに気付いてやれなかった俺だ。無意識に落ち込ませるようなことだって言ってきたかもしれねえ。そう思えば、グリモアの言ってることは正論だと認めざるを得ない。


「……わかった。確かに苦手な分野だが、嘘だ冗談だと逃げずにちゃんと考えるよ。だけど今すぐには答えを出したりはしねえぜ。それはメモリと面と向かって話してからだ」


「おぉ――うむうむ、それでいいさ。どんな答えになろうとも、それは私ではなくメモリくんに聞かせてやってくれ」


 満足したように頷き、治療されてるメモリへと視線を向けるグリモア。その表情はいつもの悪辣さを感じさせない優しいものだった。


 ……こんな顔もできたのかこの人、とすげえ意外に思ったが、さすがに心の中だけに留めておいたぜ。



◇◇◇



「普通に朝食を食べようとしてただけなのに、なんだか大変なことになっちゃいましたね」


「だなぁ。朝っぱらからくたびれたぜ」


 俺は特に何かしたわけじゃねーが、どうにも気疲れがな。メモリの戦闘を見守るのにもハラハラしたし、その後のグリモアとの会話は言わずもがなだ。


「お疲れさま、ゼンタくんにサラさん。香りの優しいハーブティーを淹れたよ」


 メイドさんの気遣いが沁みるぜ。礼を言って目の前に置かれたカップに口をつけた俺たちがほっと一息つくのを待ってから、ヤチは心配そうに言った。


「メモリちゃんの具合はどうなったの?」


「サラの『ヒール』も効いたし、もう大丈夫だろうってグリモアさんが。大事を取って今はメモリの部屋で診てもらってるが……あの人が大丈夫って言うんだからたぶん大丈夫だ」


 グリモアもやっぱ弟子が可愛いんだな。目を覚ますまでは自分が付きっ切りで看病する気でいるようだ。


 俺たちは気にせず政府の手伝いをしてろとも言われたが、まったく気にしねーってのはさすがに無理ってもんだ。


「メモリを伸び縮みさせられるのはあの人だけだからな。今回ばかりはシスターよりもネクロマンサーが患者の傍にいたほうがいいだろうよ」


「むむむ。そう言われるとなんだか負けた気分ですね」


「勝ち負けじゃねーっての。まぁそういうわけだから、メモリのことはグリモアさんに任せて、ヤチも研究所のほうに行っていいからな」


「……うん、わかった」


 ちょっと迷いつつもヤチは頷いた。実際のところ、自分がついてても何もできねーってことがわかってるからだろう。だから俺たちも大人しく部屋を出てきたんだしな。


「それじゃあ、メモリちゃんにはじっくりと休んでもらうとして……ゼンタさん」


「ん?」


「今日こそは私に付き合ってもらっていいですか。引退した・・・・聖女様に代わり、教会の新しい責任者となった方が本部でゼンタさんをお待ちなんです」


「……!」


 今の一言の内にゃ、質問したいことがたくさん含まれてたが……それらは全部行ってみりゃはっきりすることだ。そして俺も教会本部には一度顔を出しとくべきだと思ってたところでもある。


 向こうからのお誘いがあるってんなら渡りに船だぜ。


「いいぞ。どういう用件かは知らねーが、いっちょこの機会にマリアさんの後任へ俺も挨拶をしとくとしようか」


 つーことで、今日の俺のスケジュールは決まった。となれば。


「食いそびれた朝食を頼んでもいいか、ヤチ。サラのぶんもな」

「かしこまりました、ご主人様」


 恭しく一礼してキッチンに引っ込んでくヤチを見送る。もはやそれになんとも思わなくなってるあたり、つくづく俺もヤチのメイド魂に毒されてる気がするぜ。


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