49.巷で噂の天子様
「パーティ名かぁ」
「パーティ名ですねぇ」
「パーティ名……」
ひとしきり悩んで、なーんも思い浮かばず。
サラかメモリのどっちかにいい案が浮かんでやしないかと顔を上げると、二人ともが同じように他を見ている。それでもっかい考えてみるが……やっぱ何も思い付かない。
さっきからこれの繰り返しで、長いこと組合のテーブルをひとつ占領しちまってる。席はいくつもあるから別に邪魔になっちゃねえが、そろそろケツの皮と椅子がくっつきそうで落ち着かねえ。
ずっと座ってても疲れるってのは新たな発見だぜ……授業中くらいしかこんな座んねーしな。
「お前たちまぁだ悩んでるのか! 丸一日以上パーティ名を悩む冒険者なんて滅多にいねえぞ?」
通りがかったトードが俺たちを見て呆れた顔をするが、んなこと言われても決まらねえもんは仕方ない。
まず候補に上がるものすら出てこねえんだから本当、どうしようもねえよな。
「まったくしょうがねえな……だったらいっそ、こっちで勝手につけてやろうか?」
単なる名前ってだけじゃなく、組合にとっても在籍するパーティの区別のために呼び名は重要なもんらしく、ないと困るんだそうだ。だから正式なパーティが結成されたときには必ず、そのメンバーでのちゃんとした名称を決めなくちゃならないんだと。
「ちなみに、組合がつけるとしたら私たちはどういった名前になるんでしょうか」
サラの質問に、俺もうんうんと頷く。
なんもアイディアを出せなかった人間の言うことではないかもしれんが、変だったりダサかったりするパーティ名を他人からつけられて名乗らされるのはご免だぜ。
「そんな変わったもんはつけねえよ。大抵は見たまんまになる」
「見たまんまって?」
「パーティの特徴そのままってことだ。例えば、ほれ」
トードはクエストボードの前で相談している一組のパーティを指した。
「あいつらを見ろ。全員が真っ赤な髪色をしているだろ? 偶然そうなったらしいんだが、パーティ名が思いつかなかったそうでな。うちの決定で『赤毛連盟』ってことになったぜ」
「いやそれは……」
「そんでお次はあっちだ」
微妙な顔をしちまった俺をスルーして、トードはたった今やって来たばかりの別のパーティへ視線を移した。
「あの五人はなんと兄弟だけで組んでいてな。名前がジャクソンなんで、職員の満場一致で『ジャクソン5』になった」
「おいおいおいおい」
「お、あいつらもいたな」
もはやツッコみどころしかないネーミングに俺はトードの腹(腹筋すげえ)をぽんぽんと叩いてみたが、やっぱりスルーされて。
「珍しいだろ、リザードマンだけのパーティだ。武骨なのが多いリザードマンらしく自分たちじゃ考え付かないと言ってたんで、うちで『スケイルズ』と名付けた」
「まともじゃねーか! 前ふたつはなんだったんだよ!」
「さっきからゼンタさんは何を興奮してるんですか?」
くっ、モヤモヤが伝わらないのがもどかしすぎる……!
ジェネレーションギャップならぬ異世界ギャップが俺を襲っているぞ。
「まあとにかくそんな具合で、うちが名付けると良くも悪くもそのパーティを端的に表すもんになりがちだ。それがイヤだってんなら自分たちで捻り出すしかねえが、三人で一日潰してもなんにも浮かばねえとなりゃ、望み薄じゃないか?」
大人しくこっちに任せとけ、とトードは俺の肩に手を置きながら言った。
確かに俺らはこんなに時間かけても、ろくな案ひとつ出せてねえからな。
一個だけ出たのは、サラが思い付いてそっこー俺とメモリが却下した『ウキウキラブリー結社』ぐらいだ……いや改めてひどいなこの名前。ウキウキもラブリーも結社も俺たちに一切符号してない。この世の終わりみたいなセンスをしてやがるぜ、サラの奴。
「どんなのになるか未知数なのはちと怖いが、ここは素直に組合に頼むとすっか?」
「私はもうそれでいい気がしてきました。考えることに疲れちゃって……メモリちゃんは?」
「わたしも、構わない」
サラはともかくメモリの場合は、手元にあるネクロノミコンの力を試したくてうずうずしているんで気が散って、パーティ名を考えんのに頭が回らなかったんじゃないかって気がする。
元から俺には語彙がねえし、サラには色々なもんがねえ。代表的なのは常識とかな。そう思うと、良さげな名前を考えるなんてのはこのパーティには土台無理な話だったな。
「? なんか、街のほうが騒がしくねーか?」
トードが奥に引っ込んでから固まった背筋をほぐしていた俺たちだが、その間になんだか外の様子がおかしくなっていた。何人かが組合に飛び込んできたかと思うと、自分の仲間に何事かを伝えて一緒に出て行ってしまう。
「なんだか楽しそうにしてますね。外で何かやってるんでしょうか。パレードとか?」
「ポレロってそういうのがある街なのか?」
「さあ」
適当ぶっこくサラをメモリが若干冷たい目でちらりと見てから、俺に言った。
「……確かめたい」
「そうだな。俺たちも見にいってみっか」
他の奴の雰囲気からして事件って感じもしねえから、まさかネクロノミコンを取り返しに来た奴が何かしてるとは思えんし。
特に危険はないだろうと判断した俺たちは、他の冒険者に倣って組合の外へと繰り出した。
「あれ、もう誰もいねえな。どこ行ったんだ」
「これじゃどっちに向かえばいいかわかりませんね」
出遅れて途方に暮れた俺たちへ、いつかのように声がかかった。
「お困りのようだね」
「あっ!」
「その声は――」
「やあ、先日ぶり」
「「二万リル!」」
「……そこは前回のように、鼠さんとでも呼んでほしかったかな」
おっと、印象のあまりついつい人を金額で呼んじまった。
空腹を満たしてくれた恩人相手に失礼なことをしたぜ。
「鼠さん、あのときはありがとうございました!」
「俺も礼を言うぜ。あの二万は一瞬で全部使い果たしちまったが、今は自分たちでも稼げるようになった」
だから金を返そう、と言おうとしたのを先読みしたらしい鼠少女は俺の口をそっと人差し指で塞いだ。
こらまた、大胆な行為だな。
ちっこいこいつがやってても全然色っぽさとかはないけどよ。
「おっと、無粋なことは言いっこなしだよ。ぼくは君たちに善意をプレゼントし、お返しとしてお礼の言葉をいただいた。あれはそこで終わった話さ」
「でも、ただで貰うには二万リルというのは大金ですよ」
「いいんだ。困っている君たちを助けたかっただけ。つまりはぼくの我儘みたいなものだからね。こうして冒険者になって、新たな仲間を加え入れて立派に活動している君たちを目にすることができただけでも、ぼくは充分に満足さ」
二万リル以上の価値があるくらいだ、と相変わらず気障な仕草で帽子を指先で持ち上げながら鼠少女はこう続けた。
「それより、今の君たちには行くべきところがあるんじゃないのかい?」
「あ、そうだった。なんか他の連中がどっか目指して行っちまったらしくてよ。なんか覚えはねーかな」
「それはきっと、天使のところへ向かったんだろうね」
「「天使?」」
「……」
急に出てきたとんちきなワードに、俺とサラは声を上げた。メモリも黙っちゃいるが不思議そうにしている。
この反応からして、こっちの世界でも『天使』が当たり前にいるってわけじゃあなさそうだな。
異世界ギャップはもうこりごりだ。
「天使のところってのは、どういうこった? まさかあの世……?」
「いやいや、そんな物騒な意味ではなく、言葉のままさ。最近人々の話題に昇る噂の中には、『天使』に関するものがあってね。このポレロにはまさに今、件の天使が降臨しているんだよ……と言っても勿論本物ではないだろう。巷で噂の天子様とはおそらく、来訪者なのではないかとぼくは睨んでいるよ」
「来訪者だって……! そ、そいつはどこにいるんだ!?」
「ここから三キロほど先。マーケット近くの広場はわかるかな? そう、そこにいるよ」
「ありがとよ!」
「あっ、ゼンタさん!?」
「……行こう」
「メモリちゃんまで! も、もー! ごめんなさい鼠さん。今回のことも合わせてお礼はまた今度ということで! 二人とも、待ってくださーい!」
◇◇◇
「……ふふ」
慌ただしく駆け出していった三人組の後ろ姿を見つめ、彼らから鼠さんと呼ばれているその少女は嬉しそうに笑った。
「本当に気持ちのいい子たちだ。二万リルなんて気にしなくていいんだよ……君たちへの投資としてはとてもとても、安すぎる額なのだから」
つばの広いハットを深く被り直しながら、長靴を地面に打ち鳴らして鼠少女は踵を返した。
「君たちならきっとできる、と。ぼくはそう信じているよ」
そう呟いた少女はどこへともなく歩き出し、街の喧騒へ溶け込むように消えていった――。