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48.本物の地獄ってものを

今回は1話丸ごと別陣営です

「悪い悪い、遅れちゃったね。待ったかい?」


 どこぞの岩蔵で、四つ用意された台の上に飛び乗りながら――自分より先にそこへ来ていた者たちに向けてインガは謝罪の言葉を口にした。


「気にしなくて結構、今が開始時刻ですからね」

「そうねぇ。あと一人なんてそもそも来る気配もないし」


 四つの立ち台のうち、埋まっているのは三つ。インガと対等に話す彼と彼女は、どうやら残るもうひとつが埋まることをこの時点できっぱりと諦めている様子だった。


「あっはっは! 『逢魔四天』の会合だってのに、相変わらずあいつは自由だな。これなら私のほうがよっぽど真面目だよ」


「あなたは意外と命令に忠実だものねぇ」


「意外とはなんだい、意外とは」


 忘れちゃいけないよ、とインガは誇らしげにまったく膨らみのない胸を張った。


「魔皇様のお達しを今回一番先に達成したのは、あんたらのどちらでもなく私なんだからね」


「珍しく仕事が早かったですね、インガ。自分も調整は順調そのものなのでこれと言った不安はありませんが……そちらは何か、トラブルがあったとか?」


「おやおや、それはまた珍しい。あんたが何かをミスるなんてね」


 二人の視線を受けて、女性は「そうなのよぉ」とため息をつきながら答えた。


「本命と、そっちが駄目になったとき用の保険。ふたつで進めていたんだけど、あとから用意した保険のほうが先に駄目になっちゃったわ。ネクロノミコンまで使って養殖・・していたのに、誰かさんに阻止されたのよ」


「なーんだ、やられたのは保険か。なら本命のほうは無事ってことだね」


「まぁねえ。でも、それならそれでペットとして欲しかったわ……ドーントレスホロウ。かわいいし、便利だしね」


「ネクロノミコンはその者にくれてやるのですか?」


 男性からの問いに、まさか! と女性は笑って言った。


「持っていかれてそのままになんてするはずがないわ。というか、初めから罠は仕込んでいるのよ」


「はっは! さすがは『邪智煩悩』だ、抜け目がないな。いったいどんな罠を仕掛けたのさ?」


「凝ったものじゃないけどね。単に、ペットにお願いしただけよ。ネクロノミコンとのリンクが切られたと判明したからには、遠慮なくGOサインを出したわ。気配を覚えさせているあの子は奪われた本をどこまでも追いかけて……奪った奴を始末する」


 くすくすと話す彼女に対し、男性とインガは揃って顔を顰めた。


「今いるペットって言うと、アレのことかぁ」

「まったく気の毒ですね。ドーントレスホロウの発生を阻止し、触れたくもないであろうネクロノミコンを引き取った、控えめに言っても英雄的と称して差し支えないその何某を待つのが、アレに襲われる未来など……実にこの世とは惨いものです」


「私の邪魔をするのが悪いわぁ。死霊術には興味ないし、だからネクロノミコンにだってさほど執着もしていないけれど、落とし前はちゃんと付けなくっちゃね。そいつがどこにいようと関係ない。共にいる人間ごと、村や街ごと確実に死んでもらいましょう」


「確かにアレならどこにしろ壊滅的な被害を受けるだろうねえ……でも、いいのかい?」


 インガのその言葉に女性はきょとんとした顔をした。


「あら、インガにとって何か都合が悪いことでも?」


「私じゃあなく、魔皇様がね。ひょっとしたら気分を害しやしないかってちょいと気になってさ。街ひとつを潰すのはやり過ぎだって怒るかもしれないぜ?」


「うーん……お仕事に関しては私たちの趣味嗜好に任せると仰ってくれていたけどぉ」


「インガの言も一理あります。無暗矢鱈に殺し過ぎぬようにと注意もありましたからね。下手人の居場所がわからぬうちからアレを差し向けることを、魔皇様は良しとしないかもしれない……どうします?」


「……念のために、やめとこうかしらぁ。こんなことで魔皇様の不興を買うのなんて馬鹿らしいし――」


「いや、やめなくていい」


「「「!」」」


 いったい、いつからそこにいたのか。


 三人が三人ともに自分たちしかいないと認識していた空間に、いつの間にか。彼らが佇む立ち台を見下ろせる位置に玉座が設置され、そこに足を組んで腰かけている人物がいた。


 そこに座る者を一目見たインガたちは、一斉に素早く跪いた。


「いけないな、三人とも。ちっとも侵入者に気付かないんだから。いつでも殺せたよ? そんな様子じゃきっとお前たちは、自分が死んだことにも気付かないんだろうな」


「「「……、」」」


 気が抜けすぎている、と柔らかくも厳格な口調で指摘する玉座の人物。しかしながら、インガを始めとするこの三人を同時に出し抜けるような者など、そもそもにおいて世界にたった一人。


 この人物を除いては他に、いるはずもないのだが。


「街の一個くらいなら口煩く言うつもりはないよ。中央でなければどこでも構わない、好きにしたらいい……というかさ。まず考えてほしいんだけど」


 肘をついて、手の上に顎を乗せた極々リラックスした姿勢のままで。


 しかしその瞬間、その体から、途方もない重圧が生じた。


「――何故貴様ら如きがこの魔皇に斟酌できる」


「「「……っ」」」


 逢魔四天。魔皇直属の腹心たちであっても耐え難いほどの圧力。膝をつくその姿勢は紛れもない敬服の表れだが、たとえ彼らにそのつもりがなくとも、決して容易には立ち上がれないだろう。それだけの重みが魔皇からは発せられているのだ。 


 何十倍にも膨れ上がって感じられた重力が、そこでふと軽くなって。


「気遣いのし過ぎは良くないってことだよ。言ったろ? 君たちは自由にやっていいんだ。調子に乗って己の領分を越えたりしなければ、それでいい。言われた通りのことを言われた通りにやる。命令を一言一句忘れることなく、違えることなく……ねえ。それが君たちの役目だろ?」


「「「はっ!」」」


「うん、それでいい。不参加のあいつは……あとで折檻するとして。今日は進捗について君たちの口から直接聞いておこうかな」


 魔皇の言葉に、当然三名は従う。

 しかし、純粋に畏怖の念で目を伏せる他の二名に対し、インガだけは。


(ああ、ああ! この威圧、この暴圧! ……やっぱり魔皇様は素晴らしい! この世にふたつとない、なんていう極上の――『ご馳走』であるのか!!)


 オニとしての強い闘争本能。猛る戦闘へのただならぬ意欲。他の何よりも死闘を求める熱き渇望。


 生物の本懐である三大欲求のどれにも勝る強烈なそれを体ごと抑え込むのに、小柄なオニの少女が必死になっていると。


「――くすぐったいな、インガ」


「!」


 魔皇から直の呼びかけ。

 はっとインガが顔を上げれば、玉座で魔皇は全てを見通すかのような超然とした笑みでこちらを見ていた。


「いいよ……ヤろうか」

「魔皇様っ、」

「なに、本気じゃないさ」


 焦る逢魔四天の彼と彼女に魔皇はひらひらと手を振った。


「これは魔皇に手を煩わせようという不埒な配下への、ちょっとした仕置きだよ」


 そう言い終えた瞬間、魔皇はインガの目の前にいた。


 それに気付いたインガの肉体が神速で駆動する。


 ドラゴンゾンビの頭部を消滅させた殴打と比較してもなお比べものにならないほどの速度と力を拳に込めて、眼前の存在へと叩き込む――。


「ガッッ、」


 しかしそれが届くよりも先に、魔皇の足裏がインガの顔に叩きつけられた。


 ドガンッッッ!! というけたたましい音と共に分厚い岩の層を突き抜けて吹っ飛ばされ、姿の見えなくなったインガ。


 彼女が作った穴を見つめながら魔皇はそっと蹴り足を下げた。


「すぐに終わる。続きはそのあとにね」


 すたすたと穴の先へ歩いていく魔皇を、深々と頭を下げて送り出す。そして残された二人はどちらともなく呆れたように息を吐きだした。


「あららぁ……魔皇様も大概、お好きな人よね」

「インガもインガですよ。彼女がサディストなのかマゾヒストなのか、ときどきわからなくなる」

「どっちもなんでしょう、あの子の場合は」

「おそらくはね。難儀な性分ですよ……だからこそ、魔皇様に気に入られているのかもしれませんがね」



◇◇◇



「すぐに終わるたぁ、つれないじゃないのさ魔皇様……せっかく始めたんだ、じっくりと楽しまなきゃ損ってもんでしょうが」


「聞こえていたか。耳がいいな」


「そりゃあ、私の耳は地獄耳! この拳は地獄の絶拳! あんまり甘く見てるとマジに殺しますよ、魔皇様!」


「はは、いいね。魔皇を前に地獄を語るとは良い度胸だ……その肝に免じて」


 両手の指と指を交差させて印を作り、魔皇は菩薩のように微笑んだ。


「本物の地獄ってものを、味わわせてやろうか」


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