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478.私の選択は変わらない

「一時はどうなることかと思ったけど、何はともあれこれで決着だね。カーマインくんも一応の満足をしてくれたようだし、互いに後顧の憂いはなくなったことだろう」


 と、何故か締めのセリフを述べ始めた鼠少女の視線はカーマインただ一人へと向けられている。

 そのキザったらしい笑みにどういう意味があるのかは知らないが、対してカーマインはしょうがないと言わんばかりに息を吐き出した。


「どうせ私は『灰』の使いでやってきたに過ぎん。ネクロノミコンのことはともかく、そちらについてはどうこうする義務も権利もない。それこそお前たちの好きにすればいいさ」


「ありがとう。君が届けてくれたあのお手紙は、必ず有効に役立たせてもらうよ」


「ふん、できるものならな」


 できるわけがない。と思ってそうな態度だな。


 死合いで引き分けたからといって考えが変わったりはしねえか……ま、それもそうだろう。『灰の手』にいるやつがそう簡単にアンチ上位者の姿勢を取ってる連中を肯定するはずもない。単にお目こぼしをしてくれたってだけだ。


 今はそれでも上出来って気もするが、けれどやはり、贅沢を言うなら協力がほしいところではある。


「上位者の脅威を一番よく知ってるのはお前だろ、カーマイン。今を乗り切るっつー消極的なやり方じゃなく、積極的にヨルを守ってみねえか? 俺たちと一緒によ」


「…………、」


 駄目元でもっかい誘ってみると、一言で切って捨てられるかと思いきやカーマインは思いの外真剣な眼差しで俺を見つめて、しばらく黙り込んだ。


「カーマイン?」


「吸血鬼はかつて不死身の象徴でもあった。しかし、真に不死なのは始祖たる私だけだ。人の目から見てどれだけ死から縁遠かろうとも、殺せば死ぬ。それは他のどの生き物とも同じだ。長命で知られたエルフよりも更に永く、されど定命を生きている。吸血鬼としては幼いヨルの、私とは違っていつか終わる命を最大限守ってやりたいと考えている……いや違う。願っているんだ。心の底からな」


「…………」


「お前をある程度は信用しよう。だから打ち明けるが、実を言えば先代魔皇の傘下に加わったヨルの父と母、そして臣下たちを手にかけたのは――この私なんだよ」


「!!」


 いきなりの告白に、俺はリアクションを取れなかった。ただただ驚きに固まっただけだ。


 魔族側に参列し、結果滅びた吸血鬼王国の住人たち。人間に負けて殺されたはずなのに、人間側は吸血鬼のことなんてよく知らないという矛盾が起きていた。戦場に吸血鬼がいたという記録すら残っていない。


 それをヨルは疑問に思っていたし、また『恒久宮殿アーバンパレス』所属のメイルは、彼女も彼女の団長も戦争当時には生まれていなかったはずなのに、何故かその謎について承知している事実がある様子だった。


 俺にもわけがわからねえ繋がりだったが、まさかだぜ。アーバンパレスとパイプのあるカーマイン自身が吸血鬼皆殺しの下手人だったとは……!


「今代の魔皇が配下を動かして本格的な活動に乗り出して以降、私は偶然入手した魔皇軍の情報をアーバンパレスに逐次流してやっていた。無論それは『灰の手』として調べた情報であり、アーバンパレスに伝えるまでが任務だったのだがな。訳あって私が最後の吸血鬼だとマクシミリオンにはそれ以前に教えてやっていたが、子孫殺しの真相を明かしたのはほんの数年前のことだ」


 思えば不思議なものだ、としみじみとカーマインは言った。


「それからしばらくして、いみじくもヨルという本当の意味での生き残りがアーバンパレスに捕捉されたことは、なんとも運命じみている。今度こそ間違えるなという訓示と受け取ったよ。上位者とは違う、本来の神。決して存在は窺えず、されど確かに私たちを操る大いなる者からの導きであると。……失敗作として淘汰に消されるくらいなら、とあの時はひと息にこの手で殺してやったが。しかし曾孫たちの死する顔や断末魔は、やはり気持ちのいいものではなかったからな」


 曾孫。すげー長生きだっていうエルフよりももっと長生きなのに、ヨルの両親たちは始祖のカーマインから数えると曾孫の代にあたるのか。


 五百年の間に四世代も――いやヨルも含めたら五世代か。精々が百年程度で代替わりしてることになる。不死だと誤解されるほど寿命が長いはずの種族としちゃあ、ちょいと早すぎるサイクルだ。


「産みの保護者も育ての保護者も失ってからのしばらくは、私も苦労したからな。伴侶を持って私自身子を産みもしたが、その子らは皆早くに死んだ。無計画に仲間を増やそうとして人間の目につき、滅ぼされたのだ。私は間に合わなかった――その頃の私では守れたかどうかも怪しいものだが、しかし子の子たち。つまりは我が子が残した次世代である孫たちは、不甲斐ない私をそれはもう崇めたものだ」


「崇めた……?」


「そういう本能が血に宿っているのだろうな。吸血鬼にとって始祖わたしは特別なのだ。始祖を御旗に同族を増やし、いつかは人間に取って代わる。そういう思想が幼き孫たちに当然のように蔓延っていた」


 ――だからいけないと思った、とカーマインは少し小さくさせた声で言った。


「私は始祖わたしをやめた。敗北し、放逐され、やがて無惨に死んだ。そういう風に見せかけて孫たちから離れた。そうするまでに親に続き殺された吸血鬼もいたが、それ以降は大人しくなったよ。仇討ちもやめてどこぞへと姿を消し、人間から隠れて暮らすようになった……それが本当に正しいことなのか私にはわからなかったが、けれど。人に殺される我が子たちをどうしてもこれ以上見たくなかったのだ」


 人に紛れたってのはそういうことか。人間の目を欺くって以上に、吸血鬼の目を欺くための苦肉の策。人間への反抗が収まったのなら一応はカーマインの狙い通りになったってことだが……だが、そのせいで。


「お前や同胞を失って穴倉には引っ込んだかもしれねえが、復讐心はずっと燃えてたみてえだぞ。曾孫の世代になっても、親から聞かされた始祖を殺した人間への憎しみ。そして小さな王国にしか居場所のねえ自分たち。そういう恨みつらみはしっかり受け継がれていた。そのせいで先代魔皇軍からの誘いにも乗っちまったんだろうぜ」


 ヨルはまだ小さいからか、それとも一族が全滅した恐怖からか、人間に対して敵愾心を募らせてはいない。


 だが戦争が起こらずに地下王国でずっと暮らしていたならその内、大人たちと同じ思想になっていたはずだ。地の底に隠れ潜みながらしかし、虎視眈々と人の寝首を掻くことを狙う吸血鬼にな。


 そしてそれはカーマインが下手な芝居を打ったせいでもある。


「認めているとも、あの選択は過ちだった。四百年前も、百年前も。私は間違えたのだ。故に今度こそは間違えたくない。わかるだろう?」


「俺たちにつくことは間違いだってか?」


「少なくとも正しくはない。せっかくヨルと共に『灰の手』に所属しているんだ。その幸運を自ら捨てろと言うのか?」


 ……とりあえず淘汰の餌食にはならねえポジション、か。


 それも確実ではねえが、『灰の手』とそれ以外じゃ確かに安全度は段違いだろう。そこに玄孫を引き込めたからにはもうそれ以上は望まない。というカーマインの気持ちもわかるにはわかる。わかるけれど――。


「ヨルは、知ってんのか? お前が一族を殺した張本人だってことを」


「当然知っている。その上であいつは私と共にいることを選んだ。言っただろう、始祖とはそれだけ逆らい難い存在なんだよ――吸血鬼にとってはな」


「……!」


「ふふ、幼子を血で縛り付ける私を悪趣味と罵るか? それとも全てを知りながら同胞の仇に頭を垂れるヨルを意気地なしと嘲るか……どちらでも構わないが、なんにせよ私の選択は変わらない。ヨルにも決して変えさせない。そうと命令がない限り、聖女や魔皇以上に特異な来訪者と化しつつあるお前を邪魔立てはしない――されど自主的に手を貸すこともしない。ただ経緯を観察し、淘汰後の新世界への糧とする。私がやることはそれだけだ」


「あ、おい……!」


 語りながら羽を広げたカーマインは、一方的な宣言だけを残して夜空へと飛び立っていった。


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