477.俺にゃなんの不安もねえ
「メモリの母親もネクロマンサー部落出身……!?」
確かグリモアもメモリの家系については知ってるような口振りだったと記憶してるが……カーマインの話が本当なら、俺の想像以上に密接な関係にあったってことになる。
「グリモアは赤子の時分、部落へ捨てられた。そのときからして奴は死属性への適性を遺憾なく発揮していたようだからな。それを嫌ったか恐れたか……いずれにしても『ネクロマンサーの家系』であることに実感が薄かったのであろう実の親から見捨てられたグリモアを引き取ったのが、当時のメント家。世代としてはメモリの祖父母にあたる」
「そんじゃあ、メモリの母親とグリモアは義理の姉妹だったってことか」
「グリモアは早く独り立ちしたようだから、実際のところどういった関係性だったのかは聞いた話だけではよくわからん。ただ、メント家やメモリの母について話すあいつの機嫌は頗る良かった。仲の良い友人同士であったことは、確かだと思うぞ」
それは俺もそう思う。メント家の者には世話になった、みてーなことをグリモアは言ってたしな。感謝を感じさせる物言いだ。
だとすると修行をつけたのもメモリの才能に惚れ込んだってだけじゃあなく、メント家への恩義もあってのものだったんじゃねえかな。
人から借りてるネクロノミコンを惜しげもなく譲ったのもたぶん……いや、それはあの女が単に傍若無人なだけかもしれん。
「メント家、そして自分の居場所となったネクロマンサーの部落は、去ってからもグリモアにとっては特別なものだったはずだ。忌み名として『屍の村』と呼ばれていたことから因んで自らを『屍の魔女』と名乗り出したのも奴なりの誇りがそうさせたのだろう……部落が消えて百年以上が経ってもまだその伝説を知る者が多少なりともいるのは、グリモアが世界一有名なネクロマンサーになったことも無関係ではあるまい」
「なるほど――ん? ちょっと待ってくれ、なんかおかしいぞ。メモリはまだ十三……おっと、もうすぐ十四になるのか。まだそんくらいの子供だぜ? 魔族との戦争中に消えたっつー部落の出身だとすりゃグリモアは百歳以上ってことになる。メモリの母親と年代が合わねえじゃねえか」
「グリモアを見ればわかる通り、優れたネクロマンサーは極端に歳を取らないからな。それがまた人々からの誤解を生んだわけだが……それはさておき、ついでに言うとメモリの祖父母がグリモアを拾ったのはまだ婚約中だった頃で、当然メモリの母もまだ生まれていない。お前の言葉を借りるなら、二人はかなり歳が離れた姉妹だったということになる」
こいつこそやけに人の出生周りに詳しいな……。
と思ったのが顔に出てたのか、「やけにテンションの上がったあいつから無理矢理聞かされたんだ」と迷惑そうにカーマインは口をへの字にした。
「グリモアもお前たちが修行に訪れて初めて、メントの母が所帯を持っていたことを知ったらしいからな。改めてその経歴を調べ直したのだろう……そしてそれをどういうわけか久しぶりに会った私に事細かく話してきたんだ。調べるのにどういった手段を使ったかまでは聞いていないがな」
「ふうん。仲のいい友達だってのに結婚報告は受けてなかったのか」
「グリモアが部落を去って以降、半世紀ほどは互いに連絡を取り合っていたらしいが、そのうち向こうからの返事がぱったりなくなったんだとか。当時の時世からして死んだか遠い地へ自ら消えたか……ネクロマンサーとして目覚ましい活躍をし始めた時期だっただけにグリモアはそれを惜しく思ったようだが、あの性格だ。いつかどこかで魂を拾ってもいいし、あるいは自分が死んでからたっぷり話せばいいと考えて落ち込むことはしなかったのだろう。だからこそ、友人の忘れ形見と思わぬ出会いを果たして一層に歓喜した、といったところか」
う、ううむ。魂を拾えばいいとかいうネクロマンサー節全開の感性もそうだが、当たり前見てーに半世紀もやり取りをしてることに驚く。
その頃に報告がなかったってこたぁ、メモリの母親が結婚して子供を――つまりメモリを生んだのはそのあとだってことになる。てことは最低でも五十代半ば、だよな。そしてたぶん真実は、もっと遅くに生んでるはず。一般人からするとあり得ねえほどの超高齢出産だぜ。
「まあ、吸血鬼や亜人種ほどじゃなくともネクロマンサーも大概長命で人間離れしているということだ。言った通り、才覚に秀でいる者ほどその傾向が強く、最たる例がグリモアだ。奴曰くメント家も非常に優れたネクロマンサーの家系だったというからには、メモリ・メントが持つ才能もまた天賦のものなのだろうが……かと言って『真書』となったネクロノミコンに耐えられるかは別だぞ」
「またそっちに戻るのかよ。そんなにメモリの実力が信用ならねえか?」
「そもそも私はグリモアですら持てるか怪しいと思っているくらいだ。いくらあいつやお前が太鼓判を押そうが、まだまだ発展途上の小娘にネクロノミコンが御しきれるとはとても思えん――それに失敗した者の末路も私は目にしたことがある。お前の仲間にあのような目に遭ってほしくはない……そうなれば、さすがにグリモアも悲しむだろうしな」
「…………」
カーマインの危惧は当然かもな。
確かにメモリは、どんだけ天才だろうが優れた家系に生まれていようが、まだ十四にもならねえひよっこもいいところ。『屍の魔女』にすら制御できるか微妙だっつーとんでもねえ力を預けるには、そりゃ不安が過ぎるってもんだろうよ。
でもそれは、メモリを直接は知らねえカーマインだからこその不安だ。
「メモリをよく知る俺やグリモアがなんの心配もしてねえんだぜ? お前の不安とどっちが当てになると思うよ」
「私だな。気分屋のグリモアの推量などなんの当てにもならん。そしてシバ、お前もその点は同様だ」
「マジかよ」
カッコよく決めるつもりが一刀両断されちまったぜ。ここまで信用ねえとは悲しいもんだな……俺よりもグリモアがな。
「……真面目な話、でけえ死霊術には代償が伴うってのは俺にもわかる」
「わからんでどうする」
「まあ聞けよ。これまで負担の激しい術でメモリは苦労してきてんだ。一度はその反動でガチに死にかけたくらいだしな」
「ますます不安だな。無理をして早死にする典型だ」
「前は俺もそう思ってたぜ――だけど今は違う」
「ほう?」
試すような目付きで片方の眉を上げたカーマインに、俺は続ける。
「そういう失敗をしてきてるからこそ、今のメモリなら大丈夫だと思える。考えなしにでけえ術を使ってたときとはもう違うんだよ」
メモリが無茶をして具合を悪くすることがなくなってからもう久しい。
それは前々から感じてたことだが、極めつけは魔皇軍の襲撃時に魔下三将を下したあいつが、成長した身体を小さくさせて戻ってきたことだった。聞けばあれもまた術の代償だったそうで、肉体を捧げる必要のある術ってことに戦慄はしたものの、それを支払ってなおケロッとしてるメモリに俺は感心したんだ。
あのときようやく俺はグリモアとの修行を介してメモリが肉体を成長させたのか、その真意が掴めた。
「メモリはちゃんと備えてる。ネクロノミコンを揃えるって夢を叶えるためにできるだけのことをしてる……そこにはグリモアの力添えにお墨付きもある。だったら俺にゃなんの不安もねえよ。持てるかどうかはきちっと自分で判断できるはずだ。まだ無理だって言うなら、無理じゃなくなるまで俺が預かっときゃいいだけだしよ」
「――そうか。盲目的なものではない、か。お前もメモリも、存外にクレバーなのだな。……ならば私も信用してやろう。死合いの褒美としてお前に譲ったものだが、それの行き先は好きにするがいいさ」
「サンキュー、カーマイン」
ユーキに持っててもらってた無限ポーチにネクロノミコンを入れておく。ポーチと言っても口は広いんで、本くらいなら楽に収まるぜ。
そんとき、光属性の化身みてーなユーキを恐れてかネクロノミコンはちょっとビクっとしてた。や、ほんとに動物みてーだなこいつ……マジでちょっと飼いたいんだが。




