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473.もっと広がれ、俺の闇

「オレゼンタさん……!」


 ゼンタの編み出した新技。その威力を一身に浴びたカーマイン以上に、ある意味では驚嘆していたのが下からその光景を眺めていたユーキだった。


 少女はゼンタの技に愛しき母の姿を見た――あるいは不倶戴天の魔皇を見た。

 その技自体に両名を思わせる部分があったわけではない。ただし、ゼンタの凄まじいまでの速さ。音速を超越して突き進む彼の異様に、絶対強者たる二人の面影が重なった。


 スキルによる完全強化を果たした母もまた、常軌を逸して速かった。きっと、母の相手をして弱る前の魔皇にも似たようなことはできただろう。ゼンタはその領域に足を踏み入れたのだ。


 実際のところ、全力のマリア・イチノセは音速どころか瞬間的に亜光速にまで達する。ゼンタとは最高速マックスの桁が文字通りに違うのだが、生身の人間が分け入る領域としての異常度で言えば大差はなく、ユーキの抱いたその感情は決して的外れなものではないと言えた。


(【聖魔合一】も使わずにそこまでの……オレゼンタさん、あなたは……、)


 対魔皇戦ではユーキも含めてあれに近い速さの超高速戦闘を行なっていた。だがゼンタは強化の要である【聖魔合一】に頼ることなく、たった一人でそこにいる。母や魔皇にしか届かなかった頂きへと独りで手を伸ばしているのだ。


 まだ完全に上り切ったわけではない。だが確実に、その指先は届きかけている。


 より上位者かみに近しい存在である管理者からも『特別な駒』として認められていた、あの二人の強さに並び立とうとしている――自分ユーキを置いて。


「……っ、」


 それではいけない、と少女は思う。


 与えられた役割ではなく、聖女マリアの娘として。その誇りある肩書きに相応しく巨悪を討つことと、それからもうひとつ。母より言いつけられた「とあること」のためにも置き去りにされるわけないはいかない。


 ゼンタを一人だけで進ませてはいけない――共に前へ。

 ゼンタの仲間たちも一緒に未来へ進む必要がある。


 逆噴射で強引に自身の推進力を殺しているゼンタ。己の技の制御に苦しむその姿はさもありなん、母の危惧が正しかったのだと体現しているかのようだ。ユーキからはそう見えたし……そして立会人として勝負を見届けている彼女の目は、別の事実もまた映し出していた。



◇◇◇



「なんだと……?」


 すぐにも突進を繰り返すだろう。そう確信していたカーマインの読みとは裏腹に、無理矢理もいいところの急制動で振り向いたゼンタは――まず手始めに再び闇を増やした・・・・・・。こちらを向くその表情からこれが突進の前振りであることにますますの確信を抱くカーマインだったが、しかし少年の意図までは読めなかった。


 更に翼を巨大化させるのならともかく、その手から明後日の方向へ放たれた闇の帯は何を意味するものなのか……?


「!」


 頭上に掲げられた手から伸びた夜闇よりもなお暗い闇はやがて放物線を描き、山なりの軌道で降ってきた。カーマインの真上に、だ。


 攻撃か、拘束か。


 どちらにせよ触れてはならない、と血魔法で自身が行う技を思い浮かべたカーマインはそれを躱した。大袈裟に動くことはせず、一歩。空中で一歩というのも奇妙な表現だがとにかく一歩分身体の位置をズラすだけで彼女はゼンタの変則軌道だが正確な射撃をやり過ごして……そして気付く。


(正確な射撃、だと……?!)


 どうしてそんなことができる。


 カーマインはゼンタがこちらを見ていない間に血装術で姿を消している。この距離なら血臭で位置を割り出されることもないし、用心深い彼女は念を入れてアイソレーションによる匂いの流れの偽装を行なってもいるのだ。


 ゼンタが自分の居場所を割り出せる道理など皆無のはず。


 なのに彼は見えているとしか思えない精度で狙ってきた――更には。


 今も闇越しにこちらを見据える、強い視線を感じる……!


(馬鹿な、シバはいったい……ハッ!?)


 何かタネがあるはずだ。最初もゼンタは勘だけで反応してはいたが、それはあくまでカーマイン側から攻撃を仕掛けたが故のもの。動物的本能で身を守れはしても先んじて攻撃することまでは叶わない。


 まさか自分の術に不備があるわけもなし、ならばゼンタは何かしらの細工を持って姿消しを見破っていると考えるのが妥当である。


 と、向けられた視線から闇の射撃が決して当てずっぽうではないと知ったことでカーマインは一瞬でそこまで思考した――思考してしまった。

 なまじ考える能があるだけに差し出された謎の材料からその正体を解き明かすことに気を取られ……その奥にあるものに目を向けるのが遅れた。


「もっとだ、もっと広がれ――俺の闇!」


「……!」


 何故、とほぼ同着でゴールを切る理解。


 目の前にある山なりの軌道の闇の帯。これは自分を狙った弾ではない。そうであるならまさしく砲弾の形を取って撃ち出せばいいのだからそうしない理由はない。


 もしそこに理由を見つけるとすればやはり、彼の目的がそもそも射撃にないから。それが自然の帰結。


 闇の帯が幾重にも枝分かれし、空の一帯を囲い込んだことでカーマインはようやくゼンタの真の目的を悟った。同じく、自分が闇の帯に結ばれた空域内にいることでもはやそれ・・から逃れられはしないのだとも。


(帯、ではない――これは道なのだ。シバが飛ぶための空の道!)


「『ブラックウイング・ターボジェット』!!」


 気付きと同時に両翼より闇が噴射される。タメにかかる一瞬の間でカーマインは当初の予定通りに身構えたが、体は迎撃のために動いていても頭では無理であると答えが出ていた。


 カウンターとはあくまで攻撃のタイミングと軌道が読めていてこそ成立するものだ。しかし今の彼女にはタイミングは読めても軌道までは読めない。この迷路のように入り組んだ闇の道のどこからゼンタが飛来してくるのか、先読みなどできようはずもない。


(直進しかできない。その弱点をこんな方法で解決するとはな……ふん)


 自分にはなかった発想だ。だから動き出しが遅れた。もう少し早く見抜けていれば対処は容易だった――単にこの包囲から抜けて囲われなければいい。それだけの話だからだ。


 だが敵から己は見えていないはずだという予断と、カウンター狙いに焦点を絞り過ぎていたために、カーマインは最善の手段を見落としてしまった。


 位置はバレているし、もう逃げ場もない。してやられたとはこのことだ、と一秒後の己の無様を予見して少女は小さく笑った。


 闇が燃える。ゼンタが消える。


「オォオォォオオオオオオッッ!!」


「ヅぁ…………ッ!!」


 選ばれたのは最初に施工された山なりの道。そこを通ってきたゼンタはその途上で弾かれたように闇から飛び出し、あとは『ブラックターボ』の推進力だけを頼りとして真っ逆さまに落ちてきた。


(まったく馬鹿げた速さだな……!)


 カーマインがゼンタの軌道を脳内に描けたのは素手に衝突し、そのままの勢いで落下している最中だった。今度は撥ね飛ばすだけで済ませる気はないらしい――真下にあるのが自分の設置した超高度の闘技場リングであることを思い出したカーマインは、ゼンタの容赦のなさに痛みよりもいっそ痛快さを覚えた。


「ぐ、くっ、ゥ――――」


 墜落。


 鈍い音を立てて研究所の屋上へ叩きつけられたカーマインは、その身体で絶対に壊れないはずの床に大きなヒビを入れた。当然、床以上に重いダメージを負ったのは彼女自身である。


「――カ、はぁッ……!」


 全身の骨が細かに飛び散り、五臓六腑がぐるぐると掻き回されているような不快感。もはやそれは激痛という言葉でも表せないような名状しがたい感覚であった。


 不死のはずの身に死の影がチラつく。ここまではっきりとそれを幻視するのは何百年ぶりかのことだ。あの魔皇に治らない傷を付けられた際以上の、痛烈なる痛み。


 それが純粋な破壊力のみによってもたらされたものであることに、カーマインは内心で手を叩いて喝采を送る。


「勝負あり。……ってことでいいか?」


 拳を構えながら自身を見下ろして立つ、ゼンタ・シバという戦士へ向けて。


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