470.これが俺の最高
俺の嫁に相応しいやつ、だって? いったい誰のことを言ってんだか……まさかヨルじゃあねえだろうな? いや、誰だろうと関係はねえ。
「せっかくだがお見合いは遠慮しとくぜ。相手を見つけるくれえは自分でやるさ」
「そうか、残念だ。知人にとびきりうってつけの娘がいるんだがな。しかしシバがそう言うのであれば仕方ない、老婆心は引っ込めておくとしよう」
……断ってなんだが、マジで誰を紹介するつもりだったのか気になるな。
口振りからするとヨルではないっぽいか? うん、たぶん違うな。孫を可愛がるようにあいつのことを大事にしたがってるカーマインが、ヨルを指して「知人」なんて言い方はしねえだろうし。
よく考えてみると、このカーマインも過去に一度は所帯を持ってるってことだよな。そうじゃなきゃヨルは生まれてねえんだから。
つーことはこんなナリでこいつ、人妻なのかよ。
一言も言及がないんでおそらく旦那はもうこの世にいないんだろうが、吸血鬼の始祖を口説き落とした男がどんなやつなのかもちょいと気になるぜ。
「何やら不躾なことを考えている気配がするな……お喋りはこのくらいにしておこうか。さあ、死合いの続きといこう」
一流の冒険者ともなりゃあ人の心を読む技能は標準装備なのか? それとも俺が顔に出過ぎなのか。
ま、どっちだろうといい。俺ぁ感情を隠すのは得意じゃない。むしろそういうのをガンガン出して戦うタイプだ。
「あらかじめ言っておく。今からが俺の全力だ」
「ほう?」
「味わいてえんならしっかり噛み締めろよカーマイン……!」
やっぱ『最強団』相手に出し惜しみしたまま戦えはしねえわな。いくら攻撃手段を大きく縛ってるっつっても、そんな制限込みでもカーマインはとにかく強い。純粋な殴り合いで勝てねえと感じたのは久々のことだ。
だが殴り合いをしてくれるぶん、いちいち頭を悩ます必要のあったリオンドやヴィオよりも俺好みではある。正解が「全力を出すこと」。それしかないシンプルさは何より俺の性に合ってるぜ。
「【ドラッゾの遺産】発動!」
「む、それは……竜の力か!」
「正確には竜人の力だがな。ソラナキ+鬼+竜人! そこに【超活性】と【金剛】、それぞれに【死活】! これが俺の最高!」
強化モリモリ過ぎて脳と体が軋んでっけどな!
これでユーキも一緒に戦ってたなら【聖魔合一】が使えて、さらなる強化と負担軽減が両立するチートもいいとこの最強な状態になれるんだが……当然、一対一の決闘に立会人であるユーキが参戦することはねえし、俺も頼ろうなんざ思わねえ。
「相乗効果というやつか……また大きく力の質が変わったな」
「そうなのか? だがよ、どんな姿でも俺のやることは結局同じだぜ」
ソラナキの『常夜技法』のおかげで多少は器用なこともできるようになったが、メインは変わらず――。
「ぶん殴ること!」
「!」
跳躍。からの急降下。『ブラックターボ』を用いた頭上からの飛び蹴りに対し、カーマインはまた回った。
俺の蹴り足に手をかけて背中を見せると同時に羽を振るう。蹴りの最中に【先見予知】でその知らせを受けてた俺は両腕を交差させてその羽打を防ぐ。
「……!」
肩越しにこちらを見るカーマインの目付きが少し変わった。俺の硬さに驚いてるんだろう。さっきも【金剛】でカーマインの一撃を受け止めはしたが、【金剛】単体とそこに【ドラッゾの遺産】を組み合わせるのとじゃあ全然ちげーからな。
竜鱗の生えた姿のままで硬化を重ねる判定になるからだと俺は考えてる――つまりカーマインが口にした通り、こちらも相乗効果で互いを伸ばし合ってる。一種のスキルコンボになってんだ。
「おォ――っらぁ!」
「っぐ、」
受け止めた羽を掴み、消える間も与えずに投げる。柔道なんて習ったこともねーんでただの力任せではあるものの――習ってたって羽を掴んで投げる経験はこれが初めてだったろうが――お返しはできた。床に落ちて呻くカーマインはさっきの俺の気分がよく理解できたこったろう。
「はァッ!」
「おっとぉ!」
【先見予知】の警報。それに違わず、すぐさま起き上がりながら上段蹴りをぶちかましてくるカーマイン。
下手に避けるよりもガードしたほうが反撃に繋げやすいと考えた俺はそれも腕で受けたが、不思議なことに思ったよりも重くない。――そこで【先見予知】の反応がまだ続いてる意味を知った。
こんにゃろう、蹴るのと一緒に羽も伸ばしてやがった!
「ガッ……!」
しかも今度は片羽で叩く、んじゃあなく両方の羽を一箇所で交差させる工夫があった。しかも容赦なく首を狙ってくる。その一点にかかる衝撃は尋常じゃなく、竜鱗と硬化があっても俺の息は一瞬だけ詰まった。
「ちっ、しまった!」
その一瞬でカーマインは消えた。ふわりと再び夜闇に溶け込み、俺の目に映らなくなる。【先見予知】の警報もぴたりと鳴りやんだ。
くそ、消える間を与えちまったか。攻め続けてそんな暇を作らせねえようにしようとしてたんだがな。だがさすがにそう簡単に思い通りになっちゃくれねえか。
というか、自分がいかに【先見予知】に頼り切りか身に染みるぜ。いざ働かねえとなると戸惑っちまって余計に攻撃を貰ってる気がする。
血装術に限らず、カーマインクラスともなると当たり前みてーに事前の知らせを騙したり擦り抜ける技巧を持ってるんで、そういう意味でも【先見予知】を過信するのは危険だな。
こういう手合いにはやはり自分の感覚。魔族化で鋭敏になった五感と第六感を頼りにするのが吉だろう。
それならシステマチックなスキルではなかなか対処しきれないものにも、反撃の芽が出る――。
「そこぉ!」
空気の流れ――いや臭気の流れか。今まで以上に匂いに集中した俺はそれを感じ取ることができた。
血の匂いの漂い方でカーマインの見えない移動を見破った! そう確信して近づいてきているであろうその位置に『極死拳』を振る舞って……俺の拳は空を切るだけで終わった。
「お見事。と言っておこう」
「!? ッグぁ!」
真後ろから聞こえた言葉。それに振り向くよりも先に殴られた。
ちぃっ、竜鱗越しでも軽視できねえこの痛み……! 吹っ飛びながら俺が見たのは、腕と羽をどちらも突き出した格好のカーマイン。
そうか、掌打+羽打! 鬼に近い膂力を持つカーマインの殴打に両羽の力まで加われば、そりゃあとんでもない一撃になる。正しくは三撃が一発にまとまってるって感じだが、これもまた相乗効果を発揮してるぜ。
今の衝撃は俺の体のえれえ奥深くまで突き刺さってきやがったからな。
「いっつつ……何がお見事だ、こんにゃろうが。皮肉にしても嫌味が効きすぎるぜ」
なんとか倒れることは避けて着地をした俺がそう言ってやれば、カーマインは口元を緩めながら首を振った。
「皮肉ではない、本心からの称賛だ。アイソレーションという言葉を知っているか?」
「知らん」
「体の一部のみを動かして見る者に錯覚に近い現象を起こさせる技術のことだ。重心の移動を誤魔化して敵の虚を突くなど戦闘にも応用できる技術だが……私はそれを匂いで行った」
「まさか……!」
「その通り、お前はきちんと見破っていたのだ。血の匂いによって私が作り上げた虚像の動きを、正確にな」
「なんだよそりゃあ……要はまんまと騙されたってことだろうが」
「騙されるにも技量がいる。重心の移動から次の手を読める者にしかアイソレーションによる偽装は通じない。ましてや匂いから不可視の敵の挙動を読める者などそうはいない……騙されたという事実がそのままお前の実力を物語っている」
「その騙しを見抜けねえ点も含めて、俺の実力だって言いてえんだろ?」
俺の言葉に、カーマインは笑みを見せたまま無言で応えた。
強いは強いが、まだまだ未熟。そういう評価だってことだ。――上等じゃねえか。
本当にその評価が正しいかどうか、確かめさせてやるよ……!




