47.正式なパーティ
「狙われる、ねえ。だから村の人らに何も言わず、勝手に持ってきたわけか」
「そう。ミカケ村に変わった点はなかった。ネクロノミコンを所持する者がこれ以上あの村に拘る理由があるとは、とても思えない」
「目的はあくまでモンスターを成長させることであって、場所はどこでもよかったということですか」
「……人の失踪が続いても存続に影響のない規模。往来のある地域にネクロマンサーを有すパーティが不在。死霊術で死者が生き返ると妄信する人間がいること……それらの条件をミカケ村が満たしていた」
「だから選ばれたと。つまり、真犯人が手を変えてまたミカケ村に何かしようとするよりも、仕込んだ種のネクロノミコンを回収に動く可能性がめちゃ高いってこったな?」
そう聞けば、メモリが頷いた。こいつは本を見つけたあの時点でここまでのことを考えていたのか。
実物を見たってこの本がネクロノミコンとかいう危ねえもんだとは思いもしなかった俺とサラだけじゃ、絶対に気付けなかったことだ。知識は力とよく言うが、どうやらそれは本当みてーだな。メモリがいてくれて助かったぜ。
「じゃ、持ち出したのは正解だな。置いていったらまた事件になってたろうぜ」
「代わりにわたしたちが狙われる」
「そっちのがいいんじゃね? ミカケ村の住民にゃ戦えそうな人、ほとんどいないようだったしよ」
「そうですね。私たちが引き受けたクエストに関することでもありますから、何かしらが起こるというのならそれも私たちで解決したほうがいいですよね」
ま、別に迷うようなことじゃあねえわな。また災難に遭いそうな気もひしひしとしてくるが、それをミカケ村に押し付けるよりかは自分で対処したい。そのほうが俺にとっちゃ気が楽なんでな。
サラも同じ見解らしいので、パーティの意思統一は図れている。なんも問題はねーわけよ。
「……勝手な判断をしたことを、謝ろうと思っていた」
「んなのいらねーよ。なんも悪いことしてねえしな」
「そうですよメモリちゃん。私たちは仲間なんですから!」
「うん……」
かすかに、メモリの口元が笑みを作ったように見えたが、よく確かめようとしたときにはもう無表情に戻っちまってた。気のせいだったか……? 確かに今、嬉しそうに笑ったと思ったんだがな。
「ネクロノミコンの所有者になる資格は、あなたとわたし。二人にある」
「それもいらねー。呪文書なんて俺が持ってても使いようがねえし」
ネクロマンサーの使う魔法は死霊術と言うらしいが、俺はそんなもんを習ってもなければ使ってる覚えもない。スキルでぱぱっとそれっぽいことをしているだけで、それだって何がなんだかわかってねえのがこの俺よ。
「だから、それを持つならお前だぜメモリ。探してた物でもあるんだろ? いい機会なんだから遠慮せずに貰っちまえよ」
「……ありがとう」
マジでいらないんだが、俺が気を遣ったと思っているらしいメモリは真摯に礼を言うと、手元の本に目を落とした。
「――ネクロノミコン。わたしを認めて。今からあなたの所有者は、わたしになる」
ネクロマンサーエフェクト(と勝手に俺が思ってる)の黒いオーラがメモリの手と本を包み込んだ。何かを咀嚼するみてーに蠢いたそれがすっと収まっても、メモリはしばらく無言でいたが。
「……これで、所有権はわたしに移った」
「名実ともにメモリちゃんの物になったんですね!」
「そう。そして……元の所有者にも、このことは伝わっているはず」
「「!」」
思わず俺たちは台地を見渡すが、目立つ変化は見受けられない。
既に狙いを付けられてるってこたーなさそうだな……だが油断はできねえぜ。
「いつ追ってくるかわかりませんからね。真犯人が潜伏している場所次第では、それこそ今すぐに攻撃が行われることも考えられます」
「だな。狙われることがわかってんのに、こんな四方八方から丸見えのとこに突っ立ってんのはよろしくねえ。早いとこ街へ戻ろうぜ」
人がたくさんいる場所ならそれだけ奴さんも仕掛けづらくなるだろう。下手に街ん中で事件を起こそうもんならガードにしょっ引かれるわけだしな。
一応は辺りに敵の影がないかに注意しつつ、俺たちは馬車を捕まえてポレロの街へと帰った。
◇◇◇
「なぁトードさん。冒険者のランクは歩合制で上がってくけどよ、クエストのランクってどうやって決めてんだ?」
「そりゃお前、諸々だ。どんな魔物や魔獣を相手にするか、どれくらいの技量が要求されるか、時間がどんだけかかりそうか……そういうのを総合的に見るんだ。どうして聞いた? 何か気になることでもあるのか」
街に戻った翌日、サラとメモリがクエストボードを見ている間にトードと話をする。
なんでこんなことを質問したかと言やぁ、ミカケ村のクエストがEランクにしちゃ大変だったなと思ったからだ。
「パーティによっちゃ相性ってもんもあるとは思うけどよ、それ差し引いてもレガレストホロウは厄介なモンスターだったぜ?」
「いや、あのなぁゼンタ……お前は自分で引き受けた依頼の中身を覚えてねーのか?」
「中身って、いくら俺でもそんくらいは覚えてるぜ。村で起きた失踪事件の調査だろ……あ」
わかったようだな、とトードは頷く。
「調査依頼なら事件の解決までが義務ってことはねえ。原因さえ突き止めればそれでいいんだ。そんで、解決のために戦闘が必須だってんなら、後続に引き継げばいい。敵の危険度に応じてクエストランクを上げて、相応のパーティに討伐依頼を受けさせる。それがよくある流れだ」
「げー、そうだったのか。俺ぁ完全に、引き受けたからには解決までがワンセットなんだと思い込んでたぜ」
「まぁ、今回の件は要望が特殊だったからな。お前たちだからこそ解決できたって側面も大きい。Eランクが無茶すんのはいただけねーが、やれる力量があるなら話は別だ」
後続任せってのもそんなに気分的にゃ良くねーしな。
しかも担当を交代するってことはそのぶん解決までに時間がかかって、新たな被害者が出ることに繋がりかねねえ。
依頼次第じゃ急がなけりゃならん場合もあるし、ペース的に十日前後で次の誰かが行方不明になるミカケ村もその例に当てはまる。
「だから今回の報酬には、手当てで色を付けてやったろ? ま、難度的にはCランク相当ってところだな」
「おぉ! じゃあ俺たちをDランクに上げてくれたりは」
「しねえな」
「しねえか」
「総合的な判断だっつったろ? メモリが入手したっつーネクロノミコン。あんなのが絡んでるって事情も含めてのCだ。……お前たち、身の回りに異変は?」
組合にはメモリの推理とネクロノミコンのことを話している。当然、俺たちが標的にされる可能性についてもな。
だからこうやって心配してくれているトードに、俺は首を振った。
「今んところそれらしいのはねーぜ」
「そうか。何もないならそれが一番だが、ブツがブツだ。仮にも超稀少なアイテムをこんな悪趣味な真似のために素人へ流す奴が、まともな感性をしているとはとても思えん。常に気ぃ張っとけ。それと、リンゴの木から宿を移さねえことをお勧めするぜ」
「ああ。忠告あんがとよ」
ガチトーンでアドバイスをくれるトードに感謝してると、後ろから肩を叩かれた。
「お、サラにメモリ。なんかいい依頼はあったか?」
「それが、やっぱりどうにもピンとこないんですよね」
「……今のわたしの力を試したい。討伐クエストを希望する」
「とメモリちゃんは言うんですけど、そういうのもEランクには丁度いいのがなくて困ってるんです」
「うーん、そうか。そりゃ確かに困ったな」
三人で顔を突き合わせてどうしたもんかと無言でいると、そんな俺たちを見かねてかトードが言った。
「報酬も入ったんだから何も今すぐ次を受ける必要もねーだろ? 新しい依頼が来るのを待つってのもひとつの手だぜ。それに、次を探すよりも先に決めなくちゃいけねーもんがあるだろう」
「へ? そんなのなんかあったっけか」
本気でわからずに首を傾げる俺に、トードは笑った。
「お前たち三人は正式なパーティを結成したんだから……そりゃあ、『パーティ名』ってもんが必要だろうが!」