469.お前の伴侶に相応しい者を
血の塗装とは言ったが、カーマインの術は単なるカモフラージュに留まらない。もしそうだとすりゃあ【先見予知】が黙るはずがねえからだ。
俺の目に見えてなかろうが未来予知めいた精度で攻撃が来ることを教えてくれるのが、スキル【先見予知】。それすら掻い潜るってんだからカーマインの血装術とやらは恐ろしいぜ。
夜の闇に紛れる、というのもただの比喩じゃなく本当に闇と同化してるのかもしれん。意識すらも闇に溶け込ませ、気配だけでなく攻撃の意思さえ感じさせない。
そういう芸当だとするなら――ま、『最強団』の一員として納得の技量だってところか。
「『ブラックバースト』!」
闇には闇で対抗だ。こちらも『常夜技法』で周囲に闇を撒き散らす。またぞろ姿を消していたカーマインだが、既に俺のすぐ傍にまで近寄ってきていたらしい。やはり素早い。が、今はその素早さが仇になったな。
闇に押されたカーマイン。身体の塗装の所々が剥げている様はさっきの再現だが、こっからは違うぜ!
「『ブラックターボ』ォ!」
「!」
もう先手は取らせねえ。いち早く自分から攻める! 闇の噴射で一足飛びに距離を詰めた俺は、青紫の燐光とともに一筋の軌跡を描く。
「『極死拳』!」
当たった――その手応えが瞬間的に軽くなり。
「ッしぃ!」
「ごがっ……!」
直角に突き上げられた掌打を顎に貰っちまう。
マジかこいつ、カーマイン……! 食らった衝撃を逃がすように回転、そしてその勢いを殺さず反撃に繋げてきた! 『極死拳』にこんなカウンターの合わせ方をしやがるとはとんでもねえ。
「こりゃあ地に足つけたままじゃできっこねえことだ。その羽のおかげか!」
「その通り。私の体捌きは羽を持たぬ者とは比較にもならぬほど自由自在! そしてこいつにはこういう活かし方もある!」
言いながら繰り出された足刀蹴り。それを『極死』のオーラを纏った拳で受け止めると。
「ガッぁ……!?」
あり得ねえ角度から追撃がきた。
今のは手足のどれでもねえ、俺を叩いたの羽そのもの。ぶたれた感触としては鋼鉄みてーにすげえ硬い。なのに明らかに本人の意思に従って伸び縮みしてやがる……こりゃ普段からして武器にしてるってのがよくわかるぜ。
「ッ……ヨルよりずいぶんと羽使いが達者みてえだな。それを素手と言えるのかってクレームは入れてえところだが」
「生身の一部には違いあるまい? これが駄目なら爪や牙も捥がねばならなくなる」
「それもそうだな……いいぜ、ガンガン使ってこいよ。たかだが羽の一枚や二枚どうってこたぁねえ」
と強がってみるものの、実際かなり厄介だぜ。
素のままでも十分すぎるほど格闘に長けてるカーマインだ。そこに第二第三の腕も同然な羽まで加わったら、文字通りに手数が倍になったようなもんじゃねえか。【武装】を縛ってる今の俺にとっちゃ相当に困る事態だ。なんせ俺にゃ二本しか腕がねえもんでな。
まともに打ち合っちゃ確実に負ける。
ただでさえ体の使い方が独特なカーマインに呼吸を合わせようとすると泥沼は必至――だったらそれに付き合わねえ戦い方をしなくっちゃあな。
「『ブラックバースト』!」
「馬鹿のひとつ覚えか!」
闇の爆風が届く範囲はもう見切られちまってるらしい。そのギリギリに身を置いたカーマインは重心を下げる例の構えを取りつつ、消えた。爆風が収まると同時に突っ込んでくるに違いねえ。
ここでまた闇の爆発を起こせればいいんだが、大量に闇を撃ち放つせいで『ブラックバースト』は即座の連発ができない。ひょっとすると既にそれも見抜かれてるかもな。
だけどそれでいい――馬鹿のひとつ覚えと揶揄されるくらいに『見抜かれてる』ってポイントがいいんだ。
そうすりゃ確実に仕掛けてくると、【先見予知】に頼らずとも俺だって読めるからな!
「【同刻】発動! 【金剛】・【接触】・【怨念】!」
瀬戸際だった。闇に紛れたカーマインの一打が俺を打つ直前、【金剛】による硬化がどうにか間に合った。それだけじゃなく、相手を恐怖状態にする【接触】+強烈な鈍重化を与える【怨念】も一緒に発動。俺の体に触れてるカーマインはそのどちらもしっかり食らってくれたぜ。
そりゃつまり俺の拳が届く距離で、完全に動きが止まったってことだ……!
「ぬっ、ぐ……誘い込んだのか、この私を!」
「おうよ。お前なら臆さず『ブラックバースト』を潜り抜けてくると信じてたぜ。ここまで完璧に見極められてるってのは予想外だったが、この結果自体は俺の想定通りだ」
今度こそ! 羽を使った受け流しなんかもさせねえ、しかと受け取ってもらうぜ!
「【技巧】発動! 三連『極死拳』!!」
「ガぁ……ッ!!」
ぃよしっ、三発オールヒット! 【怨念】の効果はもう切れるだろうし【接触】はどこまで効果が出てるかも定かじゃなねえ……だがここは欲張らせてもらうぜ!
「『極死』蹴り!」
「ぢィっ!」
「うぉ!?」
黒と青紫の光を瞬かせながら放たれた蹴り。それをカーマインは片手で受けた。それも単に防いだんじゃなく、その手で蹴り足を掴み取ることで。
馬鹿な、三連打の『極死拳』を浴びた直後にこんな真似が……何!?
「――っふん!」
「ヅぁ……!」
足を引き戻そうとしたが、ビクともせず。逆に引き寄せられ――片手のまま俺は全身を持ち上げられた。
その膂力に驚く間もなく、思い切り下に叩きつけられる。強度を増した床は普通の地面とは比べ物にならんほどカッチコチだ。ぐわん、と激しく意識が揺れる。
ち、ちびっこい癖になんつーパワーをしてやがる……!
「う――【併呑】、『悪鬼羅刹』!」
「!」
「オぉおおおおおっ!」
もういっぺん持ち上げられる気配を感じた俺は、このままだと絶対に壊れねえハンマーとして延々床に叩きつけられ続けると理解した。
そこで慌てて『悪鬼羅刹』を頼り、こちらもパワーで抵抗する。
両手で床を掴み、全身のバネでカーマインの手から足を引き剥がす。バヂン、と締められた万力から無理やり物を引っこ抜いたような音がする……おーおー、掴まれてたところがヒリヒリしやがるぜ。どんな握力で握ってたらこんなことになるんだ?
俺が来訪者じゃなけりゃあ掴まれた時点でその部位を失いかねねえ。さすがは吸血鬼……名に鬼とつくだけあって、インガにも匹敵しかねない凄まじい力を持ってるな。
「ふむ……」
放すつもりはなかったんだろう。俺の足を取り上げられた手の平をじっと見つめて、それからカーマインは俺の姿を舐めるような視線で確かめる。その態度に『極死拳』で致命的なダメージを負った様子は見て取れない。
「また一段と妙な気配になったな。いったいいくつ人外の力を取り込んでいるんだ、お前は」
「三つだけだ。スキルも上位者っていう人外の力だとすりゃあ、四つってことになるかね」
「ふん、そうか。それだけ身に宿せばもはや人ではないな。いやさ確かめるまでもなく一目見たときからそう感じてはいたがな――お前はもはやただの来訪者ではない。ましてや人間でもない、別の何か。古き悪しき人外の祖たる存在になっていると」
「あー……つまりなんだ。俺がこっちで所帯を持つと大変なことになるってか?」
「くっく、まあ嫁に娶る者を吟味する必要はあるだろうな。そして言っておくが、仮に元の世界に戻れたとてお前が元通りの人間に戻れるとは限らないぞ」
「……!」
「戻れない、とも言い切れないがな。前例のないことであるからして、結局は上位者の胸先三寸よ」
……やれやれだな。ホントに今日は色んなことを知れる日だ。
おかげで将来嫁さん探しに苦労させられることまで確定しちまった。ある意味じゃカーマインが教えてくれた事実の中で、これが最も切実かもな。俺にとっちゃあよ。
「なんだったらこの死合いの勝利報酬に付け加えてやろうか? お前の伴侶に相応しい者を宛がう、とな」
カーマインは冗句ともそうでないとも判別しづらい目付きと声音で、そんなことを言った。




