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466.なんつーワンマン研究所だ

「――ってなことが所長室であったんだよ。ま、そう大したことじゃねえ」


「私は大ごとだと思うよ、ゼンタっち」


「ん……ああそうだな。確かにネクロノミコンは逃すにゃデカい獲物だぜ」


「そっちのことじゃなくてね?」


 研究所一階にあるちょっとしたスペースで一部始終を話し終えた俺は、何故かユマに呆れられていた。その隣ではヤチも似たような感じの、そこに+心配を足したような顔でいる。


「それじゃあやっぱり、メモリちゃんのために戦うの?」


「もう了承しちまったしな。今から反故にはしねえさ。けど戦うっつってもカーマインの言う通りただの手合わせだからよ、そう不安がらなくていいんだぞ」


「うん……」


 なんて言っても不安なものは不安か。ヤチの表情は晴れない。

 だけどこればっかりは諒解してもらわねえとな。ここを逃したら次にいつネクロノミコンゲットのチャンスが回ってくるかわかったもんじゃねえ。


 カーマインもそう固執してる風ではなかったが、だからって理由もなく手放していいってわけでもないだろう。仲間のグリモアにだって無条件で譲る選択はしなかったんだから、赤の他人である俺たちにはなおさら貰えるチャンスなんて巡ってくるはずもない――今回のこれは奇跡みてーなもんだぜ。


 あいつの気紛れだろうが気の迷いだろうがいい。

 なんとしてもこの機にネクロノミコンを揃えるんだ。


「あ、でもまだメモリには伝えんなよ。いきなり見せて驚かせてえからな」


「それは構わんが、ちと気になるのう。わざわざ古い住まいから探し出してまでカーマインがネクロノミコンを持ってきたのはどういう訳あってのことなんじゃ?」


「さてな、ガンズさん。そいつは俺にもはっきりとはわからねえ。考えが変わっただとか言ってたが、案外初めから餌に利用するつもりだったのかもな」


 俺の言葉にユーキが反応した。


「つまり、問答の以前からカーマインは決闘を申し込むつもりでいたと?」


「俺たちが欲しがってるもんを懐に入れとく理由なんてそれくらいしか思いつかねえからな」


 まさか問答次第で気持ちよくプレゼントする気でいた、なんてこともねえだろうし。


 ……いやどうだろうな。もしかすると俺が上位者への反抗をやめると約束すれば、その褒美としてくれるつもりだったのかもしれねえ。つって、もしそうだったとしてもそんな約束はしてやれねえが。


「そうですね。結局のところ目当ての物が相手方にある以上、条件を飲むしかない。決闘での勝利で手に入るというのなら僥倖でしょう。それこそオレゼンタさんが言うように無理難題を吹っ掛けられることも大いにあり得たのですから」


 ところで、とユーキはずっと気がかりだったらしいことを口にした。


「所長はどうされたんでしょうか? 待っていれば顔を見せるかと思えば一向にその気配もありませんし……」


「あいつはほら、例の紙っ切れに夢中でな。だから俺だけ部屋を出たんだ。行けたら行くみてーなこと言ってたがこのぶんじゃ来そうにねえな」


「そうじゃそうじゃ、その紙というのも気になった。ゼンタの目には何も書かれていない、本当にただの白紙にしか見えんかったのじゃろう?」


「ああ、間違いなく真っ白だったぜ。きっと鼠少女のあの目でしか読み解けない仕組みになってんだろ」


「これだけ読むのに時間がかかってるってことは、よっぽどすごいことが書かれてるのかな……それともめっちゃ長文とか?」


 長文ってどれくらい? 新聞くらい! というヤチとユマのやり取りに、俺は首を振る。


「新聞紙くれぇ文字がびっしりならそりゃ読むのに時間もかかるだろうがよ、ありゃそういうんじゃねーんと思うんだよな」


「どゆこと?」


「なんつーか、鼠少女の読み方がな。文章を追ってるって感じじゃなかったんだ。それこそ『ソースコード』っていうくらいだからアレだ、プログラムかなんかを読み取ってる……みてーな? そういうのちっとも詳しくねえからうまく言えんが」


「ふぅむ? 難しくてワシにもよくわからんが、とにかく随分と奇天烈な手紙だということだな」


「ああ、そら間違いない」


 と頷きつつも、ひょっとすると鼠少女は手紙の内容よりもそれ自体に夢中になってるのかもしれないとも思う。


 嘘か真か生まれたその日から根無し草だったというあいつは、どうやら人から手紙を貰うという経験がなかったらしい。俺が部屋を出る直前にそう本人が言ってた。ちと不憫だ。


 上位者からにしろ管理者からにしろ、あれを『人がくれた手紙』に数えていいのかはちょいと微妙なとこではあるが……今度この研究所宛てに俺も手紙を送ってやろうかね。

 でもそういうのだと喜ばなさそうな気もすんだよなぁ、あいつ。こまっしゃくれてやがるからな。いやまあ、俺よりずっと年上なんだけどよ。


「じゃあ、私たちはどうしよっか? 鼠さんの手が空かないと挨拶できないもんね」

「そうじゃのう。勝手に仕事を始めるわけにもいかんじゃろうし」

「あの、ユーキちゃん」


 どうすればいいかというヤチからの視線を受けて、ユーキは「申し訳ないですが」と謝罪から入った。


「お三方とも待っていただく他ありません。そもそも休憩がいつ終わるかも所長次第ですから」


「……そういやあいつ、二個も石持ったまま所長室に籠ってんだな」


「はい。私もこの体の裡に石を持ち合わせてはいまずが、主に皆さんに見てもらいたいのはあのふたつなので。それに所長は『アンダーテイカー』のギルドハウスに埋め込まれた紅蓮魔鉱石も調べたがっていましたが……」


「それもあいつ自身が出てこねえことには始まらねえな」


「そうですね」


「マジでやることねえじゃん」


 なんつーワンマン研究所だ。鼠少女が休んでると作業全部ストップかよ。


「いえ、私たち研究班がそうだというだけであって」


 そう言いつつ廊下の先に目をやったユーキ。それに倣って俺たちもそこを見てみれば、えっちらおっちらと数人がかりで書類の山を運ぶ職員らしき連中の姿が目に入った。


「さっきからたびたび見かけるが、ありゃ何してんだ?」


「あの資料は収集班の成果ですね。どんなに少ない小さな記述でもいいので、『魔鉱石』『紅蓮魔鉱石』のワードが出ているかそれに関連すると見られる文書をあらゆる書物をチェックして集めているんです。その山を編纂班の人間が精査、読める物としてまとめて、それから学術班へ。次に私たち研究班も目を通すことになりますが、そのときには元の山の三十分の一にも満たない分量になっているんですよ。ちなみにああして運んでいるのは雑務班の方々で、名の通りそれぞれの班が全力を出せるように細かなことを全てやってくれているんですよ」


 ほ、ほお……広さの割には人の少ねえ建物だと思ってたんだが、聞いてみると思った以上に人員が割かれてるようだぜ。


 そんだけ対『灰』に向けて鼠少女の研究が当てにされてるのか、それともこいつはマクシミリオンなりの博打なのか。


 どっちにしろどこでも人手が欲しいだろう今の状況でこれだけ手厚くサポートを貰ってるからには鼠少女だって発破をかけられるわな。


 そのせいでうっかりと目の使用に踏み切っちまったのか……ううむ、自分で言っててなんだが、あいつがそんなプレッシャーで調子を崩すようなやつかは疑問だぜ。そういうのとは一切関係なしにアクセルを踏み切ったと見るのが妥当かもだ。


「……所長室よりかはマシだが、よく考えると屋上でも危ねえか? 決闘なんかをするとなると」


「よく考えなくても危ないですよ。オレゼンタさんから申し出て場所を変更してもらってください。そうでないと私が二人とも斬らなくてはならないので」


 頼まないうちから決闘の場に立ち会う気満々のユーキが真顔でそう告げてくる。その手には鞘に収まったままとはいえ刀が握られてるんで、なかなか迫力があるぜ。


 そうかこいつ、ガードマン的な役目も兼ねてここにいるのか……。


 もちろん、大人しくその申しつけを守ることにしましたとも。斬られたかぁないんでね。


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