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465.私に勝てばくれてやる

「殺し合う、だぁ?」


「おっと、こちらは比喩だ。それぐらいの気概で手合わせをしてみないか、という誘いだよ。模擬死合いだ」


「……お前らって皆そうなのか?」


「みんな? 誰のことだ」


「『最強団ストレングス』のことだ」


 最強の冒険者集団を自負していながらどいつもこいつもやたらと戦いたがる。いや、その自負があるからこそなのかもしんねえが。強さが強さ以外のもんの指標にもなってんだろう……けどその筋肉式判断にいちいち付き合わされるのは正直勘弁だぜ。


 だいたい、こちとらついさっきヴィオ・アンダントに苦しめられたばかりでもある。


 もちろんそのことを打ち明けはしない――打ち明けてもこいつなら大事にならなそうな感じはするが念のため、黙ってるほうが賢い。死合いの景品にエイミィを据えられちゃ俺としては断れるもんも断れなくなるしな。


「中央からの運行すら途切れてる片田舎ポレロくんだりから長旅してきてんだぜ、俺は。休む間もなく仕事の話をしようってところでお前に邪魔されてんだ。ちったぁ大目に見てくんねえかな」


「情けないことを言う。上位者かみに唾吐く者がそれでいいのか?」


「いいだろ別に。お前の興味本位に付き合う義理もねえ」


 俺に何かしらの旨味があるってんならともかく、ただ戦うだけなんて馬鹿らしい。


 この前リオンドの決闘に乗ったのはあくまでも調整のためだ。魔皇戦を経ての自分のコンディションを確かめること、それが理由の一番だった。


 ……まあ、途中から主題であるはずのそっちを忘れてどうでもよかったはずの勝敗に拘っちまったんだが、その二の舞を演じねえためにもここは断るのが吉だろう。


 吸血鬼の始祖ってのがどんだけつえーのか気になるっちゃ気になるけどな。


「手に入るものがなければ動かんか。阿漕だな。しかし案ずるな、若い者が総じて即物的であることなど承知している。メリットの用意ならあるとも」


「メリットの用意?」


「ああ。私が持ってきたのは届け物だけではない」


 そう言ってカーマインは何もない空間に腕の先を突っ込んで、その中を探るような仕草をする。


 これは、カスカやユーキが使う【収納】スキルにそっくりだ。おそらく効果もそのものずばりだろう。くう、俺が欲しがっても手に入らねえスキルを来訪者でもないこいつが完全再現させてるとは……!


 種はさては空間魔法か……と思いきや、腕の消えた先がドロッドロで黒々としているあたり、たぶん違うな。あんなコールタールをさらに煮詰めたみてーな感じになるのは闇系統の魔法以外にゃねえだろうからよ。


 お、と目当ての物をようやく探り当てたらしいカーマインは――そんだけ広くて色んなもんが入ってんのかね――ずぽりと腕を引き抜いた。ドロドロ空間は閉じたが、その代わりその手にはさっきまでなかった一冊の本があった。


「閉ざしたねぐらから引っ張り出してきた。こいつを報酬エサとしよう」


「……!」


 黒と紫の装丁の、題名のない古書。俺にはそれがなんなのかすぐにわかった。


「『死の呪文書ネクロノミコン』……!? 何故それをお前が!」


「さすがに死霊術師ネクロマンサー、目の色が変わったな……ふふ。これでも私はそこそこの蒐集家コレクターでな。役立つかどうかに関わらず珍しいアイテムには目がない。ネクロノミコンは専門性が高すぎて私には無用の長物でしかないが、これを持っているということに価値があるんだ……わかるだろ?」


「――そうか。グリモアが言ってた『友人』ってのはお前のことだったのか」


 五世紀以上を生きるコレクターともなれば、もう本人が貴重な骨董品みてなもんだ。そりゃあ死霊術の秘儀書だって隠し持ってても何もおかしくねえわな。


 俺の納得にカーマインは「うむ」と尊大に頷いた。


「その通り、むかし奴に中巻を貸し与えたのはこの私だ。下巻もセットでくれてやってもよかったんだが、貸せば二度と返ってこないとわかっている以上然るべき機会を待つことにした。お前の言葉を借りれば私にとってもメリットが生まれる時をな。結局グリモアは一冊手元に置くだけで満足したようだったが」


「あの人がよくそれで満足したな。長え髪を振り乱して奪いにきそうなイメージだが……や、あくまで勝手なイメージな」


「くっく! グリモアめ、後輩からえらい言われようだな……確かに奇矯な奴だがあれでネクロマンサーとしては一等だからな。一冊でも二冊でも意味はないとすぐに気が付いたんだろう。そう、ネクロノミコンとは三冊でひとつ。上中下の全てを所持しないことにはその真価を発揮しない」


「三冊揃えば冥府の王になれる……だったっけか? 抽象的過ぎて俺にはよくわからんな。具体的に三冊持てば、そいつはどうなるってんだ」


「さてな。言ったように私は吸血鬼、闇に生きる種族ではあっても死霊術とは縁がない。ネクロノミコンも見つけたから拾ったというだけであくせく探して手に入れたわけではない……もしそうだとすれば連本全てとっくに蒐集していたとも」


 そりゃそうか。ただ持ってるってだけで所持者ではないんだ、こいつは。ネクロノミコンから認められて、使いこなすこと。メモリを見るにきっとそれが所持者である証に違いねえ。


 しかし、なるほどね。二冊はこの長命の吸血鬼が懐に納め、残る一冊は魔皇軍が隠し持って悪用していたと。こりゃあ表に出てこないはずだぜ。


 純粋なネクロマンサーの手に渡らなかった期間は相当長かったろう。その間はネクロノミコンを探す術師たちにとっても、そしてネクロノミコン自身にとっても不幸な時代だったと言う他ねえ。だが巡り巡って――本は今ここにある。


 この場所に、メモリのものと合わせて三冊が揃っている……いや違うな、そうじゃない。


「物欲しそうな顔だな、シバ」


「!」


「揶揄じゃあない、むしろ褒めているんだ。ネクロマンサー自体をめっきり見かけなくなった昨今、ネクロノミコンを欲するクラシカルなタイプの術師に今更お目にかかれるとは思ってもみなかったからな」


「それを言うなら俺じゃないぜ。仲間の一人が古風なネクロマンサーでな。そいつの目標のひとつにそれを揃えることがある」


 そうだ、ただ近場にあるってだけじゃ『揃ってる』とは言わねえよな。

 三冊まとめてメモリの手中に収まって、それで初めてコンプリートだ! 


 そうなったときのあいつの無表情ながらに輝く顔が目に浮かぶようだぜ。


「知っているとも、久方ぶりに会ったグリモアから全部聞いている。だからこそ餌になるだろうと確信してこの下巻を持ってきたんだ。――私に勝てばこいつをくれてやる。そう言ってもまだ、お前は死合いを渋るのか?」


「へっ……ネギ背負った鴨が馬鹿なこと言ってんじゃねえぜ。乗るに決まってんだろうが」


「ほう。私は鴨か」


「おうよ。ネクロノミコンのついでではあるが、お前の強さがどんなもんかってもの見させてもらおうかカーマイン。言っとくが俺ぁヨルに勝ってるぜ」


「そうかそうか。あんなひよっこに勝てて気を大きくするとはかわいい奴だ」


「なにぃ?」


「お前に本物の吸血鬼の闘争というものを味わわせてやろう」


 赤い双眸がギラリと鋭さを帯びる。殺気――いや血気か。むせ返るような血の香りがどこからともなく漂ってきて部屋中を満たした。


 これは、マズいな。既にここはカーマインのテリトリーだ。それもマズいんだが、それ以上にマズいのは。


「……おい、この場でおっ始めるつもりか?」


「む……やはり危険か」


 危険ってのは今が真っ昼間であり、場所が研究所であり、仕事中の職員を巻き込みかねないってこと。それと、またしても扉の前でスタンバイしてる物騒な気配があることだ。


 味方のはずの俺でもゾッとするような怜悧な剣気……ユーキのやつ、この短期間でまた一段と強くなってねーか? こりゃ先に事情を話しとかねーと乱入されてしっちゃかめっちゃかになりそうだ。つーか絶対にそうなる。


 それじゃ死合いもクソもなくなるんで今すぐ戦うってのは現実的じゃあねえだろう。気分の盛り上がりは台無しになるが、仕切り直すが吉だ。


「ふむ。……なら今夜、日付けが変わるのが合図だ。私はここの屋上で待つ。お前もそれまでに仲間へ説明を済ませておけ。勝負は一対一だが、見学は何人いても構わんぞ」


 俺がそれに応を返すと、カーマインは未だに紙片に熱中している鼠少女の脇から窓の外へ身を躍らせて消えた。……来るときもたぶん、こうやって窓を出入り口にしたんだろうなあいつ。とんだ無法者だぜ。


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