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464.いつかどっかで誰かが

「外来の術だというのに皮肉にも今や『魔法の極致』とまで謳われている心象偽界を用いて、上位者はこの世界に侵入を果たした……神と神の代替わりがいつ起こったかは定かではないが、その直後なのだろうな。そしておそらくそれは百年どころではなく千年単位で遥か過去のこと」


「こうなると創造主と上位者、どちらの在任期間・・・・が長いのか気になるところだけど……今は大して重要じゃないね」


 ふ、と鼻息を抜くように笑ってから鼠少女は背もたれに体重を預けた。


「創造主の時代には自然の掟に従った淘汰のみだったはず。それが上位者の時代になって以降は、神の意思ひとつで起こる不自然淘汰に成り代わった。その結果いくつもの種族が歴史の闇へと消えていったんだね」


「そう思うと余計に惨いこったぜ」


 上位者の思うがままの世界にするために。それで引き起こした失敗を隠すために。その都度に不自然淘汰が起きて、世界はご覧の有り様だ。きっと創造主が管理してた頃とはまったくの別もんになっちまってんだろう。


 そりゃあ賢人も『神は死んだ』と嘆くわけだ。歴史学者であり本人も長命だっつーエルフで、きっとカーマインが生まれる前の時代から世界を見てきてたんだろうからな。


 上位者の所業がどんだけ世界を歪めてるかを突き止めちまって、いったいどんな気持ちでいたことか。


「つくづく恐ろしいな、上位者は。他所の世界から来といて神になろうなんざ」


 同じ立場だがあくまで傍観者を自称する鼠少女とはまるで違う。もちろん、それは持ち合わせてる力の違いでもあるんだろうが、けれど仮に神に等しいだけの力を持ってたとしても、鼠少女が上位者と同じようなことをするとは思えねえ。


 やっぱりまともじゃあねえぜ、上位者って奴はよぉ。肝の太さだけはまさしく神のごとしだ。


「上位者は支配者であり……そして簒奪者でもある。どう入れ替わったか、創造主が何処へ去ったか。それは推測のしようもないけれど、代替わりは双方が望んでのことではないだろうからね。席を奪われた。きっとそのことに間違いはない」


「しかし、奪うだけ奪ってあとはおざなりだな。原初の核の沈黙にも対応する気がないのかできないのか。私にはいまいち上位者の思考も嗜好も読めん。何をどうしたいのかがわからない――だから不気味なのだ」


 話を戻すぞ、とカーマインはさっきと同じセリフを口にした。だが今度は紅蓮魔鉱石についてのことじゃあなく、俺についてのことだった。


「そこまで踏まえて再度訊ねたい。シバ、お前がどこまで本気なのか」


「ああ? 俺がいつ冗談なんざ言ったように聞こえたよ? お前も自分で言ってたじゃねえか――『冗談にもならねえ』ってよ。そりゃそうだ、俺ぁずっと本気なんだから」


「なら問い直そう。お前はどこまで正気なのか、と」


「あ……?」


「何を呆ける。上位者は創造主かみに成り代わった存在。神殺しの神だ。その危険性はもはや論ずるにも値しない。お前はそんなものに喧嘩を売ろうとしているんだ。本気だとすれば正気でないとしか言いようがない。勝てる勝てないの範疇にいる相手じゃあないんだ――絶対なる世界の支配者なんだ! 絶対に対しどう挑む、どう戦う!? しかもお前は管理者と並ぶ来訪者、まさに上位者の支配下の存在だというのに……!?」


 言いながら段々とヒートアップし、やがてはガタン! と音を立ててソファから立ち上がったカーマイン。


 自分でも口にしてたように上背はねえが、ヨルよりは大きいか。そしてヨルとは比較にならねえほどの圧がその全身から放たれている。


 ふと視線を動かせば、カーマインと対面して座ってた鼠少女もいつの間にか席を立って壁際のほうへ移っていた。そこにある窓は開いてる。いつでも逃げ出せるようにしてるのか……相変わらず如才ねえ。たぶんカーマインが仕掛けるよりも早くあいつは窓の外に消えるんだろうな。


 飛び降りに備えて既に帽子を押さえている鼠少女から、今にも手を出してきそうなほど剣呑な雰囲気のカーマインへ顔を向け直して――俺は【併呑】を解除した。


「! ……なんのつもりだ?」


「勝てる勝てないじゃない、か……同感だぜ。俺もそういう戦いだとは思ってねえ」


「何ぃ……?」


「挑むつもりではあるし、戦うつもりでもある。だが勝負じゃない。そこに勝ち負けがあるわけじゃねえからな。お偉い上位者かみさまにこっちの言うことをひとつ、できりゃあふたつ。聞かせられるかどうかってだけのことだ。うまくいかなけりゃそんときはそんときよ」


「馬鹿な、気軽が過ぎるぞシバ。お前一人の失敗では済まないことがわかっていないのか? さんざ語っただろう、あの・・上位者が機嫌を損ねでもしたらどうなるか! そんなことは頭を働かせずとも明らかだ――正真正銘、世界が滅びるぞ!! 淘汰どころではなく全てが死ぬ、文字通りの万物が滅び去る! お前はそれをわかっていてるのか!?」


「ああ、わかってる。そいつは魔皇やリオンドにも言われたことだ」


「……!」


「だけど俺ぁテストでも五十点以上取れりゃ大喜びする馬鹿だからよ。リスクだなんだとそればっかりは考えられんねえ。俺に見えるのはいつだってシンプルな答えだけなんだ」


「シンプルな答え、だと」


「お先は真っ暗なんだぜ、カーマイン。どうにかしなきゃ本当にこの世界は終わっちまう。上位者がふんぞり返ってる以上それは避けられない未来だ。リスクはいつでも目の前にある。俺が何をしようとしなかろうと……反論できるか?」


「それは……、」


「できねえだろ。五百年生きてるお前なら誰より感じてるはずだ。次の淘汰を乗り越えたとしても先なんてねえってことが――もう限界だってことが。人も減って小さくなった世界でローネンは仕切り直しを考えてるみてーだが、そんなことしたって次には繋がらない。上位者をどうにかしねえことには変わらねえんだよ、何もかも! そうだろ!?」


「……っ、」


「いつかどっかで誰かがやるしかねえんだ。未来を本物の未来にするためにゃあよ。だから俺がやってやろうってんだ。上位者に物申すことを、お前の代わりにな!」


「それが……世界滅亡の引き金となったとしてもか?!」


「あたぼうよ! 何もしなけりゃどうせ滅ぼる世界だ、だったら怖がるよりも精一杯に生き足掻く! それ以外の答えなんざ俺には見つからねえぜ!」


「――ハ」


 引き攣ったような笑み。それを見せるとともに脱力したカーマインは、そのまま崩れるようにソファへ座り直した。あれだけ撒き散らしていた圧も消え去り、小さく俯くその姿はまるで枯れ果てた老人のようだった。


 ……扉の前の気配も薄まった。微かに鍔が鳴ってたし、控えてるのはユーキに違いねえ。もし戦闘になったらいつでも飛び込めるようにと廊下で刀を抜いて構えていたんだろうな。


 ありがてえことではあるが、生憎と俺はこんな場所で『最強団ストレングス』の一員とやり合うつもりなんざ微塵もねえ。


「受け取れ、鼠」


「!」


 投げやりな所作で懐から出された、細長い紙。指で挟める程度のそれを窓際の鼠少女へ器用に投げ渡したカーマインは、それから重くため息を零した。


「私がここを訪れた用件がそれだ。神域を覗き見たお前への贈り物……『灰』はそれをソースコードだと言っていた。それだけ言えばお前になら伝わるだろうともな」


「ソースコード……そうか。ありがとう、ミラジュールくん」


 受けった紙片から目を離さずに礼を言う鼠少女に何も答えず、カーマインは再度俺を見た。ねめつけるような視線だ。


「呆れたか。パシリも同然のお使いに繰り出されるこの始祖に」


「いいや? やってることはパシリでも『灰』からすりゃ重要なことだろうしな。だが、今度こそはご愁傷様と言わせてもらうぜ」


「ふん……。使い走りのついでにお前という噂の大馬鹿の顔を見させてもらおう、そう思って時間を潰していた。ただ顔合わせのためだけに……だが考えが変わった」


「ほー、どう変わったよ」


「これだけ考えが違うのだから論を交えて終い、というのも味気ない。どうだシバ――少し私と殺し合ってみないか」


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