46.わたしたちが狙われる
レガレストホロウの大爆発。不浄の力にやられて致命傷を負った親玉が滅んだことで、生み出されたホロウたちも一斉に立ち消えた。――これで戦いは終わった。
俺たちの中に戦闘による負傷者は出なかった。
が、レガレストホロウの爆発に巻き込まれた村長が倒れ、ぐったりと動かなくなっている。
「ちっ! おい、ジジイ!」
ただでさえ自分で手首を切って血を流していた村長だ。常人でもあの爆発を食らって無事で済むとは思えねえってのに、弱った老人だとガチでやべえぞ。
焦った俺は急いで村長へ駆け寄って、その身体を起こした。
大声で呼びかけてみるが……反応がない。呼吸はしているかと確かめれば。
「……! 息をしてねえじゃねえか!? マズい!」
こういうとき、どうすりゃいいんだ!? 人工呼吸か、それとも心臓マッサージか……やべえどっちもやり方がわかんねえ!
いや待て、この世界ならそんな応急措置よりもよっぽどいいのがあるじゃねえか!
「サラ、頼む! 祈ってくれ! お前の『ヒール』が必要だ!」
ミルスとともに走ってきたサラに、俺はすぐに頼んだ。
リンゴの木で詳しく聞いたんだが、『ヒール』ってのは傷を癒す魔法だという。かなり高度な奇跡に分類される魔法らしく、『リターン』と同じく祈りなしでは使用できないそうだ。
だから急いで祈ってもらおうとしたんだが……。
「――いえ、ゼンタさん。村長さんはもう亡くなられています。いくら『ヒール』に癒しの力があろうとも、どうにもなりません」
「なんだって……!」
「ああ、リームス村長……っ、どうしてこんなことに!」
涙を流しながら膝をつくミルス。サラは慰めるようにその肩へ手を置いた。俺は、腕の中の村長を見る。元から土気色をしていた肌が、今では本当の土くれも同然の生気のない色になっている。左手首から流れる血に汚れ、爆発の衝撃でますます乱れた頭髪が痛々しい。
――死んでいる、のか。もうどうやったって取り返しのつかないとこへ村長は行っちまったのかよ。
そのとき……不意に、ぽろりと。村長の懐から何かが転がり落ちた。
それは一冊の本だった。
「……! まさか」
落ちた本を拾い上げたのはメモリだった。彼女はそれをじっと見つめたきり動かない。何をそんなに驚いているのかは知らんが、今はそれどころじゃねえ。
「すまねえ、ミルスさん。俺が止めてりゃこんなことにはならなかった」
「いや……君の責任じゃない。元はと言えば、村長が起きたことに気付かなかった俺が悪いんだ。抑えておくと引き受けていながら、ホロウに怯えてその役割が果たせなかった……なんて不甲斐ないことだ」
そのせいで村長が、と歯噛みするミルスさんに、俺はもう何も言えなかった。
村長は非道なことをしたが、だからって死んで終わりじゃ、犠牲になった村人も余計に報われないだろう。残りの人生を償いに費やさせる。それがきっと死んでいった人にも、そして村長にとっても一番良かったはずなんだ。
……結局村長は、最後の最後までレガレストホロウを自分の娘だと思い込んだままだったわけだ。
なんつーか、やるせねえ最期だぜ。
「行きましょう、皆さん。ここは死者たちが静かに休むための場所です。もうこれ以上、誰も起こさないであげましょう」
サラの言葉に賛同した俺たちは、妙に重くなった体を気のせいだということにして、墓所をあとにした。村長は、どうしてもと言ってミルスが運んだ。
◇◇◇
夜が明けてから、村長の家が改められたが、そこには予想通りの光景しかなかった。
触媒を作ってた証拠と、昨日の出来事をミルスが発表したことで、村中は騒然となっていた。
村の集会所には俺たちも居合わせたんだが、誰も余所者がいることに関心すらも払わなかったぜ。
「リームス村長のやったことは決して許されない。ただ……俺にも昔、息子がいた。君たちと同じ年頃だよ。だから……」
そこで長く口を閉ざし、やがてミルスは俺たちになんとも言えない笑みを見せた。
「俺が、しばらく臨時で村長代理を務めることになったよ。依頼を受けてくれてありがとう、ゼンタ君にサラ君にメモリ君。君たちが来てくれていなかったら、また次の犠牲者が出ただろう……そしていずれは、ホロウにこの村が滅ぼされていたはずだ」
そうならなかったことを幸運だと、単純に喜べはしないが。
と苦い笑みでミルスは言った。
「組合にも依頼は達成されたと一報入れたよ。街に戻ったら、報酬を受け取ってくれ」
「あざっす、ミルスさん」
村を出る俺たちを奥さんと一緒に見送ってくれたミルスさんは、最後に。
「これからも冒険者活動を頑張ってくれ。ミカケ村から君たちを応援しているよ」
「そっちこそ。ミルスさんなら立派な村長になれるぜ」
「いやぁ、あくまで代理だけどね」
何かあったらまた呼んでくれ、と俺たちは握手を交わして別れた。
運行馬車が通るところまでを歩きで移動していると、ミカケ村が見えなくなったあたりでメモリが不意に立ち止まった。
「どうかしましたかメモリちゃん」
「忘れもんでもしたか?」
爽やかに別れた手前戻るのはちとハズいが、何か置き忘れがあるなら戻ろうと言えば、メモリはその逆だと答えた。逆ってなんだ?
「……これ」
言葉少なにメモリが取り出したのは、昨晩村長の懐から転がり出たあの本だった。
「あ、これ持って来ちまったのか?」
「なんだか怖い本ですよね、見ているだけで寒気がするような……どうしてこんなものを?」
サラの言う通り、黒と紫で塗られた重苦しい装丁のこの本は、どことなく陰惨な気配を放っている。
村長が持ってたってのと合わせて、普通の書物だとは到底思えねえぞ。
「村長の自宅には……触媒を用意する器具と、その材料しかなかった。どうやって死霊術の技術を知って、身に着けたのか……その謎の解が、これ」
い、言われてみればそうだ。村長が非道な儀式を始めたきっかけがなんなのかっていう点を、俺は見落としちまってた。サラや、ミルスだって同じだ。
ただ、メモリだけはとっくに答えがわかっていたようだ。
「なんだっていうんだ、この本は」
「――『死の呪文書』」
「えぇ!? あ、あのネクロノミコンですか!?」
「そう」
「どのネクロノミコンだよ」
そう訊ねると、メモリの前髪の隙間から見える無機質な瞳がぎぎっと俺を捉えた。
まさか知らないのか、と聞き返しているようだ。
「言ったろ? 俺は正当なネクロマンサーじゃねえんだって。だからそのいかにもネクロマンサーと関係ありそうな本のことも知らねえ」
「……ネクロノミコンは、上中下の連本になっている死霊術の秘儀書。三冊全てを手にしたネクロマンサーは、冥府を統べる王になれるとも言われている……わたしがずっと探していた物でもある」
あー。やっぱそういう感じのアイテムね。
思ったより壮大な設定だが、まあゲームとかでも聞いたことある気がするわ、ネクロノミコンって。
「探してたんなら見つかって良かったな。でも勝手に貰っちまっていいのか?」
「持ち主の村長さんは亡くなっていますし、扱いに注意しなければならないアイテムでもありますから、クエストでの入手品として数えてもいいと思います。手に余るようならいっそ組合に預けてお金に換えることもできますけど……」
けど、の続きはよくわかる。
なんてったってポレロの冒険者組合にネクロマンサーはいないんだ。
俺たちを除けば、な。
つまり俺たちこそがネクロノミコンを正しく扱える可能性のあるたった一組のパーティに他ならない。
じゃあやっぱ貰っちまっていいじゃん、と軽く考えた俺だったが。
「事は、そう単純じゃない。長年探し続けたネクロノミコン……この世にたった三冊しかない稀少なアイテムのひとつが、どうして村長の手にあったのか」
「「!」」
確かにそうだ。ネクロマンサーとはまるで無関係のサラだって耳にしたことがあるっていうお宝本を、どうやって一村長が入手していたのか。
死霊術の知識をこいつから得て、その力を借りて儀式をしていたのだとしても、じゃあ今度はこいつがどこから流れてきた物かっていう大きな謎が浮かび上がる。
「――おそらく。レガレストホロウの発生は、仕組まれたもの。村長は誰かに利用されていたと推測できる。そうやって、村ひとつを生贄に強大なモンスターを生み出そうとした『何者か』がいるのなら……きっとネクロノミコンを取り返しにくるはず。要するに……」
――次はわたしたちが狙われることになる、と。
メモリは淡々とした、だけど確信を持った声でそう告げた。