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459.俺からすりゃてめーは誘拐犯だ

 手を引かれて辿り着いた屋上。に、鼠少女はいなかった。


 無人であることを確認したユーキは不思議そうにしながらも「ここにいないなら所長室かもしれません」と鼠少女がいそうな第二候補を挙げた。けどその口調がまあ本当に不思議でたまらないって感じだったんで、よっぽどお決まりのムーブらしいってのがわかるな。鼠少女が屋上で休憩するってのはよ。


 んで、また手を引かれて背後からは低めの唸り声を浴びせられながらあっちやこっちへ建物内を移動し、到着した所長室の前。その扉をユーキがノックすれば、中から返事があった。そりゃ間違いなく鼠少女のもんだ。


 二度目の空振りをせずに済んで――ここにいなかったらもう候補がなかったんだろう――ホッとした様子のユーキだったが、入室の許可は残念ながら下りなかった。


「客人が来ていてね。応対中なんだ」


 扉越しに鼠少女はそう言った。


 ほーん、客人ね。どこの誰かは知らんが先に鼠少女を取られちまったか。確かに、応対中に別の客まで部屋に招き入れるのは無作法なんてもんじゃねえよな。マナー的には喧嘩売ってるに等しい無下具合だぜ。


 だったら仕方ない、とその客の相手が終わるまで待っておこうと踵を返しかけた俺たちを、当の鼠少女が止めた。


「ああ、ゼンタくんだけ入ってきてくれるかな。あとの皆は悪いけれど、どこかで軽くお茶でもしていれくれると助かる」


「オレゼンタさんだけ?」


 その奇妙な申し出を訝しむのは当然ってもんだ。言われた俺も顔に「?」が浮かんでるのが自分でもわかった。


 先約があったのか飛び込みかはともかく、先に来た客がいるってんなら俺たちは全員で入るか全員で待つかのどっちかだろう。礼儀を尽くすにしろ喧嘩を売るにしろ『俺一人だけを入室させる』ってのは意味がわからん。


 ってか、知らんやつと鼠少女が話してる傍にいたって変に気まずいだけだしよ。


「その点は心配いらないよ。ゼンタくんも無関係ではないし、客人もそれを望んでいる。遠慮なく君も会話に参加してくれればいい」


「「…………、」」


 鼠少女のこの言いようでユーキもなんとなく察したようだった。中にいる客はただの客じゃない。どちらかと言えば招かれざる客だと。


 そもそも俺たちと違ってこの客はいつやってきたのか不明だ。ユーキすら気付かない内に研究所を訪れ、所長室にまで入り込んでいる。ただの偶然と片付けるには少し得体が知れなさすぎるぜ。


「すぐに駆け付けられる距離にいますので」


「おう。ヤチたちのことよろしくな」


 鼠少女が言うんだ、ひとまずは言われた通りにしておこう。そう判断した俺たちはここで一旦別れることにした。


 ユーキの後に続いて離れてくヤチが何度も振り返ってこっちを見てきたが、不安そうなその顔に俺はサムズアップで応えてやった。ま、大丈夫さ。扉越しに人を確認できるような目は持っちゃいないが、気配くらいは探れる。


 部屋ん中には鼠少女以外に確かにもう一人いるようだ……が、少なくともそいつは臨戦態勢じゃあない。入った途端に襲われる心配もしなくてよさそうだ。


「失礼するぜ……お?」


 そうは言っても一応の警戒をしつつ扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、鼠少女と向かい合って座っるもう一人の少女。


 灰でも被ったみてーにくすんだ金髪に、幼いながらに非常に整った顔。そして俺に向けられる血のような真っ赤な瞳……それを見て俺ぁすぐにピンと来たね。あいつはもっと輝く金髪だが、比べてみるとよく似てる。特徴としてはほぼ一致していると言っていいくらいだ。


「その感じ、吸血鬼だな。ってことはお前がカーマインか」


「名乗る前に当てられてしまったな。そうとも、私がカーマイン・ミラジュール。念のために付け加えておくと『最強団ストレングス』の一員だ」


「知ってるよ……よーくな」


 堂々と受け答えをする偉そうな少女に、俺は苦笑する。


 ったく、『時の魔術師』とさっき一戦交えたばかりだってのに今度は『始祖』とばったり出くわしちまうとはな。リーダーのリオンドとの件も合わせて、こりゃあ来てるな。ストレングス月間とでも言うべき引き寄せの時期が。そうとしか思えねえ遭遇っぷりだ。


 わざと作ってやった俺のうんざり顔を見て、カーマインはくつくつと喉を鳴らすように笑った。


「そう邪険にしてくれるなシバ。その態度の理由は想像がつくが、こちらにも事情というものがある」


「言っとくが、別に鼠少女こいつとの予定に割って入られて不機嫌になってるんじゃあねえぜ」


「わかっているさ。ヨルヴィナスのことだろう? あとはシロハネもか。前回何もせずに自然の流れに任せたことを私も後悔していてな。どうせ『灰の手』に加わったのだから今回こそはと我が血脈を守ることにしたんだ。魔皇側につくのは論外だが、かと言って政府側にしても同じことなのでな」


「お前からすりゃ、奇跡的に生き残ってた唯一の子孫が無駄に危険に晒されてるようなもんだろうからな。単純に『魔皇戦』の駒から外したかったんだろ? そんで味方に引き込んで、一緒に仲良く『灰の手』をやっていきてーと」


 さらに言やぁ淘汰後の世界を見据えてのことでもあるんだろうが、まあ。

 なんにせよヨルヴィナスの命を守るための行動だってのに嘘はねえんだろう。


 そのせいでこっちは不意のタイミングでカスカも含めギルメンを失う羽目になったんで、動機を理解できても納得はしがたいけどな。


「俺からすりゃてめーは誘拐犯だが、ぶつくさ言うつもりはねーさ。ヨルともカスカとも少し前に会って話をしてるからな。一応は自分の意思でそっちにいるってことも知っている……きっかけはてめーだが、今となっちゃてめーにあいつらを返せだなんだ言うのもおかしなことだ」


「聞いていたより合理的じゃないか。ひょっとすると私が誰か認めるなり挑んでくるんじゃないかとも思っていたんだが、ふむ……」


 そう言ってカーマインは何か考え込む様子を見せたが、そろそろ目的を明かしてほしいところだな。

 だが思索にふけっているっぽいカーマイン本人にその期待をしても無駄そうなんで、口を挟むことなく俺たちのやり取りを聞いていた鼠少女へと訊ねてみた。


「で、お前らはなんの話をしてたんだ。俺まで招き入れた理由はなんだ?」


 まさかエイミィの件で新手がもう送られてきたのか……つまり俺こそがこいつを招いちまったのかとも思ったが、それにしては早すぎるし、研究所で待ち構えるってのも変だ。


 だがそれ以外に思い当たるもんはない。


「いやぁ、それがね。ぼくはちょっとした失敗をしてしまったんだよ」


「なに? 失敗って……あっ、」


 そこではたと気付く。そうだよ、何を呑気してんだ俺は。エイミィどころじゃねえぞ――この状況がどんだけ異常かどうしてわからなかった!?


 鼠少女はこれまで『灰』にも『灰の手』にも知られてなかった。

 それこそを最大のアドバンテージとして動き回ることができていたんだ。


 こうやって研究所なんてもんを政府の敷地内に設けられたのもここにもう『灰』の手が――ややこしいな、この表現――及んでいないと証明されているからであって、じゃなけりゃ堂々と色んな所属とこの人間を巻き込んで紅蓮魔鉱石の研究なんざできるはずもねえ。


 仮にローネンが支配する統一政府セントラルのままでこんなことを始めりゃ、その翌日にでも鼠少女の周りは『灰の手』で埋め尽くされていただろう。


 そういう危惧がないからこその行動……だったはずが、今こうして。鼠少女の目の前には『灰の手』がいる。


 それも『灰の手』トップのローネンに次ぐ重要度だと思われる、かの『最強団ストレングス』のメンバーっつービッグネームが、だ。


 それ即ち。


 特殊な目の力と並ぶ、鼠少女のもうひとつの強味。『知られていない』という優位性が完全に失われちまったことを意味している――。


「ちっ、どういうこったよ。新政府の情報は『灰の手』も掴めてねーはずじゃなかったのか? それともさすがにこうして居を構えたのが大胆に過ぎたってことか」


「いや、そうじゃないんだ。皮肉にも関係者が半減したことで全体に目は行き届きやすくなった。もう間者なんていないし、別の手法で『灰の手』がぼくの尻尾を掴まえたというわけでもない。つまりぼくの失敗さえなければカーマインくんがここを訪れることはなかったはずなんだ」


「要領を得ねえな。この研究所を設置したことじゃねえんだったら、お前がやったっていう失敗はいったいどんなことだよ?」


「我慢できなくてね。うっかりこの目で紅蓮魔鉱石を視てしまったのさ」


「何やらかしとんだ馬鹿垂れ」


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