表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
457/557

457.うちに惚れちゃ怪我するっすよ

 そこまでのんびりしてたわけじゃないんだが、政府の敷地に到着するよりもだいぶ早くエイミィは目を覚ました。


 中央都市に入るときちょっと職質を受けたんで、俺の想定より時間はかかったがよ……とはいえ飛行速度を落としたのと合わせても一時間伸びたかどうかってくらいだ。エイミィの目覚めはいくらなんでも早すぎる気がするぜ。


「うちみたいなのは体が資本っすから」


「にしたってあんな血塗れの重傷だったってのに……」


 手の平の上で屈伸をしたりして体に調子を確かめてるエイミィは、まだ顔色がよくないものの動きに怪我人めいた緩慢さはない。

 やはり命の心配はなさそうだ……が、ポーションも万能じゃないからな。出血は収まっているがあちこちに残ってる傷痕がなんとも痛々しい。


「傷痕なんかいくら残っても気にしないっすよ。……でもできれば教会でちゃんとした治療は受けたいっすから、統一政府セントラルに着いたらもっとぐったりしとくんで。口裏合わせお願いするっす」


「到着前に起きたのはそれ頼むためか」


 『灰の手』から抜けるためにかなり無茶をしたんだ、というアピールをして印象を少しでも良くしようって魂胆だな。


 そしてちゃっかり教会本部っつー奇跡のメッカで治癒魔法をかけてもらおうっていう図々しさ。出会ったばかりだがいかにもエイミィらしいって感じがするぜ。


 ちょいと呆れたが、冒険者っつってもエイミィも女だ。治癒で傷が消えるにこしたことはねえと俺も思うんで、もちろん協力はしてやるけどな。


「せっかくの積極的に話してくれそうな情報源なんだ。政府側だって万が一にでもお前に死なれたら困るはずだから、治療は手厚いもんが期待できるだろうよ」


 そこにレヴィを助けたいがために『灰の手』から離れた、という友情の美談ぽいものも付け加えれば完璧だ。警戒を解くまではいかなくても、単に寝返っただけの奴よりはよっぽど信用が得られるはずだぜ。


 ――まさかだが、エイミィのこの傷。


 体中の色んなとこをズタズタにしながらも決して深くなく、だけど見た目は大きく。こうして塞がっても見る者に痛ましさを覚えさせるこの切り付け方は、エイミィが少しでも政府側でやっていきやすいようにっていうあの男なりの手荒い手向けだったんじゃねえか……?


 この推測は本当にまさかって感じだが……しかし殺意がないだけならまだしも、皮膚だけを大袈裟に傷付けてる妙な切り方に理屈をつけるとしたらこれが一番しっくりくる。


「なんすか、急にそんなジロジロ見て。うちに惚れちゃ怪我するっすよ?」


「エイミィ、ちょっと腹を見せてくれねえか?」


「無視はひどいっす……こうっすか?」


 体と同じであちこち切られてボロボロになったシャツを大胆にまくり上げるエイミィ。躊躇ねえな、とは思ったが俺も女の腹くらいで興奮するほど初心じゃない。じっくりと見させてもらおう。


 目当てはヴィオではなく、エイミィが自分の手でつけた傷の確認。『エリアパラドクス』の矛盾酔いとでも言うべき症状から脱するために切腹かましたアレだ。


 こっちもポーションがぶ飲みの効果でもう新しい表皮の膜が張られちゃいるが、他の傷と比べるとまだ血が滲んでいるし、切り口もはっきりしている。あと単純に深い。間違いなく一番の大怪我はこれだと断言できる。


「いい気合の入りっぷりだぜ」


 ヴィオが優しすぎたのか、エイミィが自分に優しくなさ過ぎたのか。どっちもかもしれねえが。


 とにかくまあ、これでほぼ確定かね。敵からの傷より自傷のほうがよほど深刻――文字通りにな――だってんだからやはり、ヴィオは俺たちをあえて逃がしてくれたんだろう。


 エイミィを引き留めようとしたのが嘘とも思えねえから、逃がしてしまうことになってもそれはそれで構わない……くらいの心構えでいたんじゃねえかな。


 逃げの一手をかました最後の瞬間、【先見予知】に反応はなくとも俺はゾッとした。恐ろしい力の気配を後ろから感じたんだ。


 だがすぐにその気配は消えて、結局何も起こらなかった。さっきは逃げ切れてラッキーとしか思ってなかったが、あれもたぶんヴィオの優しさなんだろうな。


 やっぱやろうと思えば追撃はできたんだ。だけどあいつはそうしなかった。それはエイミィを生かすためとしか考えられねえ。


「んっ……ちょ、ちょいちょいっすゼンタさん。触っていいとまでは言ってないっすよ」


「っと、悪ぃ」


 検分してるうちについつい傷の周りを指でなぞっちまってた。そんな触り方を腹にされちゃそりゃくすぐったくて嫌だよな。


「なんすか、腹筋フェチなんすか? それとも傷痕フェチ?」


「どっちかってぇと傷のほうかな。割と好きなんだ、傷痕とか見るの。自分のも他人のも」


「えぇ……初対面の相手のディープめな性癖知っちゃったっす。しかも餌食にあったっす」


「餌食たぁなんだ、失敬だな。フェチっつってもそっちの興奮じゃねえわ」


 男にとっちゃ傷痕は勲章みてーなもんだろ? そういう意味での好きであって、スケベなもんじゃねえ。


 俺だって色んなとこに傷がある。右肩にはガキん頃犬に噛み砕かれた歯形が残ってるし、背中には尖った木片でぶっ刺されたときの痕がまだあるはずだ。あと実はケツにも……って、これはいいや。言いたくねえ。


「おさわりは禁止っす。次からは金取るっす」

「金払えば禁止じゃねーのかよ」

「払う気っすか!?」

「誰も払うとは言ってねえ!」


 にゃろう、ちょっと腹に触れただけで人を変態みたいに……だけどこの話題は俺に不利すぎる。ちょっと話変えるか。


「ところでエイミィ、それは良かったのか?」


「それって?」


「その山刀のことだ。自慢してた武器を逃げるためとはいえ三本も捨てちまってよ。お前のスタイルの変則四刀流ももうできねえじゃねえか」


「あー、いいんすよ別に。造りは同じだし性能差もないっすけど、ホントに大事なのはこの一本っすから。こいつだけは何があっても手放す気はないっすよ。少なくとも、自分からは」


「それさえありゃいいってか?」


「そういうことっす。自壊したことからもお察しの通り、ああやっていざってときに使い捨てることも視野に入れて魔力を溜めてたわけなんで……むしろ設計通りの仕事をしてくれたんすよ。武器を犠牲にした、とはうちは思ってないっす。惜しいは惜しいっすけどねー。キッドマンのダガーほどじゃなくても高級品っすから」


 ちなみにどれくらいだ、と興味本位で訊ねてみると他に誰も聞いてねえってのにエイミィは俺の耳に手を当てて、ひそひそと小声でその値段を告げてきた。


 ……た、高ぇ。平均的な通話機より上か。しかも一本だけでその値段かよ。


「魔鉱石の加工は難しいっすからね。専門の職人に頼んでオーダーメイドが基本なんで、そりゃー値も張るってもんっす。しかも武器としての強度まで得ようとすると尚更なんすよ」


「なるほど……んなお宝を四本も持ち歩くとかそれだけで怖いけどな。しかも使い捨てを前提に造らせてるんだろ?」


「ゼンタさんだって言ったじゃないっすか。そういうとこケチると自分の命まで安くなる、って。それと同じっすよ」


「ま、それもそうだ。……ちなみに俺のこのポーチだけどな、売るとなると億はくだらねえんだとよ」


「ゼンタさんのがよっぽど高級品身に着けてるじゃないっすか!」


「ゼンタでいいぜ」


「えっ、なんすか急に」


「お前のさん付けはなんか変でな。それに同い年くらいだろ? 俺のこたぁ呼び捨てでいいよ」


「じゃあ……ゼンタって呼ぶっす」


 それでいい、と俺は頷く。こっちはもうとっくに呼び捨てにしてるしな。


 誰にでも敬語なサラとかからはさん付けで呼ばれても違和感ねーんだが、エイミィはなぁ。あと個人的に、敬称付きで呼ばれるのが性に合わないっつーか、むず痒いってのもある。何故かそっちもサラなら平気なんだけどな。


「ほんじゃ、政府こっち側でこれからよろしくな、エイミィ。お前がメイルにぶっ殺されないよう俺もやれるだけはやるぜ」


「怖いこと言うっすね……実際そうなってもおかしくないんで、こちらこそどうぞよろしくっす」


 そう言って、ぐったりモードに入ったエイミィを俺も気遣わしげな感じで肩で支える。なんかどっちも大根役者な気がするが大丈夫かね、これ。


 政府の庭にモルグを着陸させながら、俺は内心でエイミィへ十字架を切っておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ