450.止まった時の中を
我ながら抜群のタイミングでスキルが決まった。
空飛ぶ山刀の対処をしつつエイミィ本体にも目を向けていたヴィオだが、そこを【怨念】で邪魔されちゃどうしようもなかったようだぜ。あれはただ動きを止めるってだけじゃなく、対象の行動全てを制限するからな。新たに魔法を使うのが間に合わなかったんだ。
だが強力な代わり、その効果はほんの一瞬。
バツ印の傷を負いながらも次の瞬間にヴィオはもう動いていた。
「『ステンドタイム』」
「!」
またしても動物的直感によってヴィオから距離を取り時間魔法から逃れたエイミィだが……今度のはあいつを狙ったもんじゃなかったらしい。
それは離れた位置にいる俺のほうが先に気付いた――歪んでいる。ヴィオ共々その周囲が様々な色に染まりながらぐにゃぐにゃと捻じ曲がってやがる!
なんだこれは、と疑問に思う間もなくヴィオが口を開く。
「この光景なら気にしなくていい……太陽光への影響でこうなるらしいんだ。僕も原理はよくわかっていないんだが、どうでもいいことだからね。本質はそこじゃない」
傷が……治ってやがるぞ。体だけじゃなくご丁寧に衣服までも元通りだ。ちくしょう、せっかくのダメージがあっさりなかったことにされちまった。
帳消しに負けじと攻め立てたいところだが、俺もエイミィも迂闊には近づけない。気にするなと言われてもヴィオの周辺。様々な色に染まっては移り変わっていくそこに魔法の効力が働いていることは確かだからだ。
ヴィオ本人は傷が治ったが、あそこに突っ込んで俺たちにいいことが起こるとはとても思えねえ。
「さっきの『エリアパラドクス』もそうだけど、二人とも勘がいいね。そこはリオンドにも負けてないんじゃないかな。流石は一流の戦士たちだ」
少しずつ色味をなくしていく空間の中心で、ヴィオはまるで子供だったときみてーな無邪気な笑みを見せた。
「僕のようなメイジは魔力の大きさや流れで敵の魔法を察知するんだけどさ。君らは繊細に魔力を読む能力もないのに、別の何かを感じ取ってそれと同じことを可能にする……不思議なものだね。強者としての素質がそうさせるのかな」
――消えた。
ヴィオの周りの異常は完全になくなった。
その瞬間にエイミィは疾風となる。俺も『ブラックターボ』で一気に距離を詰める。そうしながら【武装】を発動し、『非業の戦斧』を手にして【呪火】と【黒雷】を纏わせた。
「『燐光』・『絶死』――『極死』のオーラ! 『マキシマムパワー……、っ」
スラッシュ、と技を決めようとしたところで猛烈に嫌な予感がした。
俺とは反対側からヴィオに斬りかかろうとしているエイミィもおそらく同じもんを味わってるはずだ――だが止まれない。エイミィは今度こそヴィオに魔法を使わせないつもりで速攻を仕掛けたんだろうし、そいつは俺も同じだ。
その狙い通りにヴィオはまだ何もしちゃいない。今の俺たちの速度なら『ダブル・リワインド』だってもう間に合わねえだろう……なのになんだ、この名状しがたいプレッシャーは?!
「【同刻】・【金剛】……オッラァ!」
保険をかけながら戦斧のギミック攻撃を放つ。
鞭のようにしなった柄は射程を伸ばし、エイミィよりも遠い間合いから刃をヴィオへ届かせる。届く、と思ったんだが。
「!!?」
気が付きゃ俺は空を向いていた。そして地面に転がる――戸惑うよりも先に起き上がる。奴は、ヴィオはどこだ!?
「ゼンタさん、あそこっす!」
「!」
エイミィの声に反応し、その視線を追えば……いた。さっきまで俺がいた場所らへんにヴィオが立っている。その手には今の今まで持ってなかったはずの諸刃の短剣……ダガーが握られている。
ちっ、何がどうなってやがんだ。
いったいどんな魔法を使った?
どうやらエイミィも地に転がされてたようだが……あの一瞬で別方向にいる俺らをこかして、あそこまで移動をしたってのか。実際にそうなってんだから疑いようもねえが、それでも納得しにくいもんがあるぜ。
魔法をいつ使ったのかがわからないのはまだしも、その後の動きが一切追えねえなんてこたぁ――しかも攻撃を食らったっぽいのに、それすらも判然としないなんてことがあり得ていいのか?
しっかりと減らされてるHPバーを見ながら顔をしかめてると、ヴィオのほうも「やれやれ」と嘆息混じりに言った。
「このダガーはマジックアイテム。と言ってもなんてことはない、吸収させた魔力の属性によって特定の力を得るというそれほど珍しくない代物だけどね」
いや、十分珍しいっての。ぜってーAランクギルドでも重宝されるような武器だろそれ。
とは思ったが、それを口にしたら自分んとこのギルドとSランクギルドとの格の差を自ら露呈させちまう気がして何も言わなかった。
「火属性を吸わせれば火を帯びて、雷属性を吸わせれば電光を纏う……といった具合にね。僕の場合は時間属性。その魔力を吸わせ続けたことでこいつは決して壊れず切れ味も落ちないダガーになっている。基本属性ほど攻撃的ではないけれど、どれだけ粗雑に振るっても破損が起きないことは便利で気に入っているよ。僕は戦士じゃあないからね、刃物の扱いに関しては門外漢さ。――今もそうだ、ただ力の限りこいつの刃を叩きつけた。何度も、何度もね」
「「!」」
「けれど今ほど護身程度じゃなくもっと積極的に近接戦の訓練もしておくべきだったと思ったことはない……硬すぎるよ君たち。僕の腕のほうがいかれちゃいそうだ」
あたた、とダガーを振るったらしい右腕をぷらぷらとさせるヴィオ。
……何度も叩きつけた? あの刃を俺たちに? その一連の全てを俺もエイミィも揃って見逃したっていうのか?
「『止まった時の中を僕だけが動ける』。そう言ったら、信じるかい?」
「「……ッ!!」」
腕の休息を終わらせたヴィオのその言葉に、俺もエイミィも愕然とする。――時間停止! まさかこの男はそんなことまでできるのか!
いや、時間魔法と聞いて真っ先に思い浮かぶのはそれだ。この世界の人間もそうなのかは知らんが、少なくとも来訪者はみんなそうだろう。
時を止めること。その夢のような力を想像しないやつぁいねえ。
だが本当にそのまさか。マジで時止めを現実にしちまえるなんざ誰が思うよ。んなことができりゃ無敵も無敵、魔皇やマリアにだって負けねード級のチートじゃねえか!
いつの間にかボチの召喚が解除されたからくり。
それに思い至って強く歯を噛み締める俺を見て、ヴィオは思わずって感じで笑った。
「ははっ、いい顔をしてくれるね君たち。だけどそう怖がらなくたっていい、言うほど『タイムストップ』は優れた力じゃあない。そりゃあ僕も最強と信じて習得には躍起になったけれどね、実際に使ってみるとこれがそうでもないんだな」
「なんだと? ふざけんな、時を止められるってのに最強じゃねえなんてことがあるかよ」
「あるんだよ。僕は時を止めた。なのに君たちはピンピンしている」
「!」
「それが答えさ」
――硬い、とヴィオは俺たちのことを文句混じりにそう評価した。
それは当然で、俺は予感に従って硬化スキルの【金剛】を発動させていたし、エイミィは全身をすっぽりと風の鎧で覆っている。互いにフルガードだ。
今の俺らはガッチガチなうえに急所も急所じゃなくなってる。まあ、狙われりゃ比較的痛い場所だってのは変わらねえし、ヴィオだって弱い部分を探し探しダガーで振るったんだろうが……それがまずおかしいよな。
何故ダガーなんかで攻撃したのか? 『エリアパラドクス』みてーな攻撃に使える時間魔法だってヴィオは使えるだろうに。直接的なダメージにはならねえのかもしれねえが、それでも明らかに物理方面に強い防御を施している俺とエイミィに対し、あんなちっこい剣で攻めるのは非効率の極み。
物は試しにとやってみただけにしたって、じゃあなんですぐ魔法に切り替えなかったのかって疑問が湧く。
そこまで考えりゃ、賢さの足りねえ俺にもヴィオの言葉の意味がわかってきたぜ。




