449.俺たちの勝利条件は
「ちっ、まだ脳みそが変になってる感じがするぜ……おい、お前は大丈夫か? その腹の傷のことだが」
「見かけほど深くはないっすよ? すげー痛いっすけどね」
ほーん。気付けのために大きく斬りはしたが、深手にはならねえようにちゃんと加減ができてたらしいな。
そうじゃなきゃ自分の攻撃でリタイアなんつー間抜けな事態になってたところだが、そこはさすがに元エンタシス。あれだけの混乱の最中でも刃物の扱いに間違いは起こらなかったようだ。
感心しつつ、ガンガンする頭を軽く小突く。うし、不調ではあるがこっちも戦闘に支障はなさそうだぜ。
「【死活】・【超活性】発動。さらに【併呑】発動、『悪鬼羅刹』……!」
解けちまった強化スキルをかけ直す。加えて、今度は【ドラッゾの遺産】ではなく『悪鬼羅刹』を重ねる。
竜鱗でもあんにゃろうの時間魔法は防げやしねえとよくわかった。わからされた。なもんで、ひとまず守りよりも攻めのためのパワーを最優先にしてみよう。
「むむ……また姿を変えたね。来訪者にしたって君は少し面妖が過ぎないかな、ゼンタ」
インガよろしく赤黒い肌で角も生やした俺を見て、ヴィオはちょっと引き気味だ。さっきは竜人、今は鬼。こんなにころころと人間以外のもんへ変身してたらそりゃあ一般的な感性からすると引いちまってもしょうがねえ。
だがそれはこっちも同じだ。俺だってヴィオのインチキ染みた時間魔法にはドン引きしてるところなんだぜ。お互いに一般人とはかけ離れてるってのにおかしなこったな。
ところがこん中で唯一、ヴィオの時間魔法にも俺の変身にもまったく怯んでないやつが一人いた。
「おー! なんかかっちょいいっすねゼンタさん! 鱗だけじゃなく角まで出せちゃうんすか! にょっきり!」
おーおー、無邪気に喜んでやがる。まったく……ヴィオはもちろんだが、エイミィも大したもんだぜ。
こいつだって時間魔法の使い手なんかと戦ったことはねえだろうに、その性能を見てもしょげる様子もなくナチュラルかつニュートラルでいる。一応は仲間であるはずのヴィオに対して刃を向けるのにも躊躇がねえし、マジで生粋の戦士だな。
ヴィオがレヴィ以上にエイミィを手元に置きたがるのも納得だ。強さ云々はともかくとして、『灰の手』に向いてるのはどう考えたってこっちだもんな。
「今更だがよぉ、俺たちの勝利条件はあいつをどうすることなんだ?」
「黙らせることっすね。生きてようが死んでようが、っす」
「死なせたら何かあったってバレバレじゃねえか」
「突然の行方不明ってことでなんとかならないっすかねー」
とは言うが、それじゃなんともならないってこたぁエイミィもわかってるんだろう。ふうー、とデカく息を吐いて続けた。
「完膚なきまでに痛めつけて懇願させるしかなさそうっす。『今日ここで見聞きしたことは誰にも言いませんから、どうか勘弁してください』……そうキッドマンの口から言わせるんす」
「難しそうだな」
というより、不可能に近い。時間魔法のインチキ具合からすると――単純に時を操るだけが能ってわけでもなさそうだ――敗北濃厚となるとヴィオは逃げちまいそうなもんでよ。
そもそもあいつには空間魔法による長距離転移っていうもうひとつのインチキもある。あれこそ心底どうしようもねえ。
発動の前兆はあるんだろうがそれを目敏く察して阻止できるかっつーと……たぶん無理だ。何故かさっきから空間魔法を使おうとする気配はねえんだが、いざとなれば解禁することは間違いない。
するってぇとエイミィとは違ってこの勝負。
俺にとってはヴィオに逃げの一手を選ばせることが勝利条件ってことになる。
そうなりゃエイミィは『灰の手』に戻れず、レヴィを連れ戻すこともできなくなっちまうが、それで俺が困ることは特にない。とっくに『灰の手』とは敵対してる以上、そこからの離反者を身内へ引き込めるとなればむしろ得。そして勝手にレヴィをアーバンパレスから解放しなくてもいいぶん、当初の作戦よりこっちのほうが助かるくらいだぜ。
……とは思うが、これをエイミィに言う意味はねえな。それに端から「撤退させるだけ」なんてつもりで戦ってどうにかなるような相手じゃねえ。
このヴィオ・アンダントって野郎はな。
殺しゃしねえが、殺す気でいく。殺気バリバリのエイミィにも負けねえくらいのテンションでいねえと負けるのは確実に俺たちのほうだ。
「『エアロアーマー』」
ブワリ、と横から突風が巻き起こる。何かと思えばエイミィが全身に風を纏っているじゃねえか。
「そいつは……」
「見ての通り風の鎧っす。守りを固めつつ、機動力を上げる。うちが全力で戦うときはこうっす」
つまり本気か。素の肉体でも野生の動物みてーな動きをするこいつが風魔法でもっと速くなると思うと、なんとも恐ろしい。
とはいえ先にも言った通り、ヴィオにその速度が通じるかどうかは別問題だがな。
「時間魔法はズルっすからねー。こっちも小狡くいくっすよ! まずは一本!」
と、意気を発してエイミィは武器を手放した。単に放り捨てたんじゃあない。ヴィオに向かって投げつけたんだ。
不向きとまでは言わずとも決して投擲にゃ適していない山刀だが、エイミィは習熟を感じさせる手付きでそれを真っ直ぐに飛ばしてみせた。風力の加護を受けてすっ飛んでいくそれの後ろからエイミィ本人も風のような速度で駆けてついていく。
「二本目ぇ!」
今度は真上っつーまったく明後日の方向に、走りながら放る。風車のようにくるくる回るそれが高度を増すよりも先に、一投目の山刀がヴィオに届く。
「『リワインド』。大事な武器だろう、お返しするよ」
「返品不可っす!」
巻き戻しの魔法によってそっくりそのままの勢いで逆回転し戻ってくる山刀。を、エイミィは体勢を低くしてやり過ごすと同時に抜刀。腰に提げた残り二本の山刀を抜き放ちながらゾッとするほどの俊敏性でヴィオに斬りかかった。
「っ、ちぃッ!」
「ほう……」
両手の刃を交差させて挟み斬ろうとしたエイミィだが、当たる寸前でそこから飛び退る。時間魔法じゃねえ、今のは明らかに自分の意思によるものだ。防御のためか上げられたヴィオの片腕。それに山刀が触れるのをエイミィは嫌ったように見える。
目には見えねえ何かを感じたんだ。そして風の鎧による機動力向上のおかげで、それを食らう前に自ら退くことができたんだろう。
そうでなけりゃさっき『リワインド』をかけられたみてーにまた何かしらの時間魔法の餌食になってたに違いねえ。
しかしあれだけの速度を得てもヴィオに攻撃を届かせるにはまだ足りねえか――と歯痒く思った俺だったが、本気のエイミィの真骨頂はここからだった。
「!」
難を逃れたエイミィはすぐ右方に動く。視野の外に出ようとするその姿を追おうとしたヴィオが、不意にそれを中断。そして半身をズラす。
ひゅん、と今の今までヴィオの頭があった場所を上空から落下してきた山刀が通過した。
あれはエイミィの放った二投目の刀だ――けど落下とは言っても自由落下なんかじゃねえ、風と回転によってとんでもなく加速してるぜ!
そして躱されるやいなや方向転換し、まるで山刀そのものが意思を持ってるみてーに再度ヴィオに目掛けて突っ込んでいく。その動きは円盤型の未確認飛行物体そのものだ。
しかもそれだけじゃない。逆再生を終えた一投目の山刀も投げられた位置に落ちるんじゃあなく、逆再生をもっぺん逆再生するように再び飛翔! そして張り付き、必ずや切り刻まんと二本の山刀が執念深くヴィオを追う……!
「いつ見ても見事な魔法操作だね、エイミィ……!」
「遠慮なく食らってくれていいんすよ!」
飛び回る山刀をヴィオが連続で回避してるところへエイミィがここぞとばかりに襲撃。
――今だな!
「【怨念】発動ぉ!」
「うっ……?!」
「ッシャぁ!」
様子を見てた甲斐あって、いいところでヴィオの動きを止められた。打ち合わせなしの連携だが思った通りにエイミィはなんの動揺も見せず、格好の獲物へと存分に両の刀を振るうだけだった。
鋭く閃く二筋。
ヴィオの胸に深々とバッテンの傷が刻まれた。




