448.なんか先輩風吹かしてきてますけど
「結成時……『恒久宮殿』がまだ『恒久団』だった頃のごく短い期間のことだけどね。その当時からマクシミリオンを支えているスレンティティヌスやバーネスクこそが、構成員の最古参。けれども付き合い自体で言えば僕が一番長い。ちなみに、僕らに『灰』からのコンタクトがあったのもその時期だ」
つまりだ、とキッドマン――改めヴィオはどこか愉快そうに言った。
「冒険者としても『灰の手』としても、僕は君たちの大先輩ということになるね」
「うわ。どうするっすかゼンタさん。なんか先輩風吹かしてきてますけど」
「びゅーびゅーだな。寒いぜ」
「っすねぇ。そんじゃ暖めるっす!」
ボウッ、といつの間にか両手に持っている山刀の刀身が赤に染まり、小さく陽炎が揺らめいた。
熱か! 一見して超高音を宿しているとわかる二振りをしっかりと握り締め、おもむろに前傾姿勢を取ったエイミィは急加速で駆け出す。
「ヒートナイフか。防具もお構いなしの危険な代物を随分と遠慮なく向けてくるね?」
走力を緩めず獲物へ飛びかかるエイミィ。目の前まで接近されてもヴィオに焦りはなく、余裕たっぷりだ。特に何をするでもなく攻撃を受け入れるつもりだとしか思えない。
だったらそのまま決めちまえ、と思う俺とシンクロするように荒々しく山刀が振るわれた――が、当たる直前でその刃がぴたりと止まっちまう。エイミィ自身が止めた。そうとしか見えず俺は何故だと困惑させられる。
しかしすぐにそれどころじゃなくなった。
「う、っく――ズルいっすよキッドマン!」
「遡及魔法『リワインド』……何が狡いものか、これが僕の戦い方だよ」
ヘンテコなステップを踏むようにして、エイミィが後ろ向きにヴィオから離れる。そんでそのままどんどん逆向きに進む。一瞬わけがわからなかったが、二人のやり取りで俺もハッとした。
そうか、つまりはこれが時間魔法! エイミィは自分がやった動き、辿った道筋をそのまま遡らされてるんだ! ビデオの巻き戻しみてーに逆再生する魔法をあの一瞬でヴィオはかけてやがった……!
俺の傍にまで戻ってきた、いやさ戻らされたエイミィは苦虫を噛み潰したように渋い口調で言った。
「やべーっすゼンタさん。時間魔法、いつかけられたかわかんなかったっす。そしてちっとも抗えない」
「かかった時点でどうしようもねえってことか。確かにヤベーな……【死活】・【超活性】発動!」
魔法への耐性はエイミィより高いはずって自信もあるにはあるが、だからってヴィオの時間魔法を真っ向から食らいたいとは思わねえ。
その効力もさることながら奴のあの静かさ。かけられた本人も、そして傍目からも「いつ仕掛けられたか不明」っていうのが特に危険だぜ。
戦士と魔術師なんだから当然のことかもしれねえが、魔法の技術に関してはあのリオンドよりもやはりヴィオのほうが上らしい。
分野は違えど、そして一メンバーとリーダーという違いはあれど、こいつもまたリオンドに並ぶ真の実力者。だったらこの前の決闘と同じく出し惜しみに意味はねえ――つーかんなことしてらんねえよなぁ!
「【ドラッゾの遺産】発動!」
竜の力を借りて、俺は疑似的な竜人の状態になる。つって得られるのはパワーと竜鱗だけなんだがな……なんて、それは少し前までの話だ。
【併呑】を使ううちに理解が深まってますます力を増していく『常夜技法』や『悪鬼羅刹』と同じように、ドラッゾから貰ったこの力も新たな段階に来てる。
この数日間、ステータスもスキルも文字での確認ができなくなっちまったぶん念入りに検証と特訓を重ねた成果を見せてやるぜ!
「へえ、自前で竜鱗を生やせるとは驚いた。魔法防御としてこれ以上ない選択だけど……だからと言ってまさか、僕がドラゴンを相手に手も足も出ないなどとは思っていないだろうね?」
俺の体の変化を見て取ってヴィオはそんなことを口にした。
やっぱ余裕綽々だ。言うほど驚いてるようにも見えねえが、まあそうだろうな。いくらドラゴンが絶対的な力を持つモンスターの象徴的存在だとしても、仮にもSランク冒険者がそれに尻尾を巻くなんてことはあり得ねえ。
実際に戦ったことがあるかどうかはともかくとして、少なくとも物理にも魔法にも強い竜の鱗くらいはどうとでもなるという強い自負心がヴィオからは感じ取れる。
そんでそれはおそらく、ただの自信過剰なんかじゃあない……!
「相反魔法『エリアパラドクス』」
エリア――範囲指定魔法!
俺もエイミィもその範囲にすっぽりと入っちまってる。だがそれほど広くはない。と悟った俺たちは同時にその場から離脱。
どんな効果を持つかはわからねえがとにかく足を踏み入れなきゃいいだろう、っつー考えのもとに設置された謎の空間を避けてヴィオへ近づいていく。
俺は右から、エイミィは左から。強化した【超活性】の俺にも劣らねえ速度で間を詰めていくエイミィの身体能力は脱帽もんだ。――けれど、肉体の性能なんぞ無意味にしちまうのがヴィオの魔法。
「おっと、今度は二人揃ってか。それなら――『ダブル・リワインド』」
「「……ッ!!」」
やられた! しかも今度は二人いっぺんに!
ダブルってのは魔法の二重化。通常は威力を二倍にするためのもんだが、こいつは器用にも対象をふたつに分けた。同時に二回ぶん魔法を唱えたようなもんだ――腹立つくれえに技巧者だな、ヴィオ・アンダント!
動きが、巻き戻される。自分でもよく歩けるもんだと思える奇妙な恰好で後方へ背中向きで駆け戻り……そして出発地点には範囲指定の魔法がまだ根付いている。
俺もエイミィもまんまとその中に入れられちまった。
「っぐぅ……!?」
「な、んすかこれ……っ!」
『エリアパラドクス』の内部へ入った途端、酷い眩暈に襲われた。エイミィも同様のようで、『リワインド』の効果が収まっても自由に動くことができないでいる。それくらいキツいんだ。
息苦しい。平衡感覚が狂わされる。体が鉛のように重く地の底に沈みそうで、なのに羽根のように軽くてふわふわと浮き上がっちまいそうだ。視界は真っ暗で、けれど目に痛いくらい眩しい。灼熱と極寒を同時に味わっている。飢え死にしそうなほどに腹が減っていて、だけど胃がはち切れそうなほどの満腹感がある――。
「そこはあらゆる事象が相反する空間だ。無重力だが超重力。熱砂と氷河の同居。認識した全てが極度の矛盾を孕み君たちを苦しめる。交互にではなく、まったく同時にそれらを味わうと人は狂う。常人なら数秒と持たずに正常な意識を容易く手放してしまうんだ。そうして抗えているだけ君たちは流石だよ」
「ぐ、く……!」
鼓膜が破れそうな爆音と耳に痛い静寂が邪魔をして、ヴィオが何を喋ってんのか聞き取るのに苦労した。だがそこに集中できたおかげでほんのちょっとだけ眩暈が弱まった――【超活性】も【ドラッゾの遺産】も切れちまってるが、今なら!
「【併呑】、『常夜技法』……『ブラックターボ』ォ!」
「っしぃ!」
俺は闇のジェット噴射で体を運んで。そしてエイミィはなんと、自分で自分を斬り付けた痛みで正気に返り、共に『エリアパラドクス』の範囲外へなんとか逃れた。これにはヴィオも目を見張っている。
「……いや、本当に流石だ。エイミィもゼンタも。二人ともに抜け出せてしまえるなんて思いもしなかったよ。特にエイミィは、そんな傷を自ら負ってまで」
「こんなのなんてこたーねえっすよ」
横一文字に掻っ捌いた腹の傷からだらだらと血を零しながら、その激痛を感じさせない声でエイミィは言う。
「極寒だ灼熱だってのは所詮脳の錯覚。頭ン中だけの苦痛っす。だったらリアルの痛みで上書きしちまえばこっちのもんっしょ?」
「確かに、その一瞬だけは現実に立ち返られる。そして一瞬さえあれば君なら脱出も容易か……これは侮り過ぎていたかな」
俺ぁそういう工夫なしにソラナキの技でゴリ押しただけだが……エイミィよりも消耗が少なく済んだのはやはりResの差なんだろう。
何はともあれ、『エリアパラドクス』が決まっただけで決着がつくのを期待してたらしいヴィオの思惑を外すことができた。
だが状況はさっぱり好転しちゃいねえ。
さぁて、どうやってこの七面倒な男を攻略したもんか……。




