446.それはちょっと心外かな
「お前がレヴィを助けたがってるのはよくわかった。けど、お仲間のほうはどうなんだ?」
「…………」
「見える範囲のどっかにはいるんだろ? そんで、この会話を聞いてるはずだ。隠蔽する前からバレちまってるぜ」
「大丈夫っすよ。なんも言ってないんで寝耳に水ではあると思うっすけど、うちに協力してくれるはずっす」
「そいつも助けたい派か」
そういうことっす、と頷くレヴィ。だったらそいつの口からローネンにチクられるこたぁねえか……つっても、どのみちバレちまいそうだってことに変わりはねえが。
そいつが嘘の証言をしたとしても、ローネンならそんなもんあっさりと看破しそうじゃねえか?
エイミィが事前に話を通すまでもなく協力してくれるだろうと思う程度にはそいつもレヴィと親しいか、あるいはやたらと情に厚いかのどっちかだ。
だとしたらローネンにも似たような認識はあるだろう。そんなやつがエイミィに都合のいい嘘を並べたところで疑念が晴れるどころか、余計に増すかもしれん。
どっちみちリスクが大きい。俺が背負うリスクではねえが、もしエイミィが粛清されるような事態にでもなればレヴィを手放してる以上、こっちも大損こくことになる。現状はあいつだけが情報源なんだからな。
「ちっ、どうしたもんかな。ややこしいことになってきたぜ。ローネンの使いだってんなら悩まず断って終いだったのによ」
「あー、やっぱりそういうつもりだったんすね。うちから『灰の手』のことを聞くだけ聞いてポイっすか。ヒドイっすよ、興味ありそうなフリしてそんなこと考えてたなんて」
「やっぱりってこたぁお前だってわかってたんじゃねえか。それに、興味があったこと自体は本当だぜ」
おかげでローネンの企みはだいぶ割れた。ただ従順な『灰』の駒でしかないと思っていただけに、意外なほど高い自意識には驚いたが……機械みたいな奴よりは欲のハッキリしてるほうが相手しやすい。
この情報は少なからず有益なもんだし、『灰の手』が想定したほどガッチリとした組織の形を成していないってことと合わせて朗報と言ってもいいぜ。教えてくれたエイミィには感謝だな。
ただ、これだけを手土産にレヴィを解放するのはちと難しいぞ。
「いくら尋問したってレヴィが何か喋ることはねえだろうな。だからって次の段階に進むのはマクシミリオンさんも渋ってるみてーだし、俺だってそういうことはさせたくない。だからお前っていう新しい情報源。それも確実に知りたいことを話してくれる奴と交換だってんなら喜んでレヴィを差し出したいところだが……俺だけがそう考えても仕方ねえ」
「他の人はゼンタさんと同じようには考えてくれないっすかね?」
「そりゃなぁ。尋問を取り仕切ってるらしいメイルなんかはレヴィに輪をかけて固いやつだろ? こうして面と向かって話すんならともかく……いや、そうしたとしてもあいつがお前を信用するとは思えねえ」
「目の前で裏切ったわけっすからねー」
「それにお前、メイルとコンビだった特級を殺ってるだろ」
「手にかけたのは逢魔四天っすよ。うちはそうなるように場を整えただけ……なんて言ったらあの岩のような拳で頭を潰されちゃうっすね」
「……ま、とにかくだ。そっちにはそっちで苦労も事情もあるんだろうが、アーバンパレスにとっちゃお前やレヴィはただの裏切り者の仲間殺し。最悪の存在だ。マクシミリオンさんだって一定の理解は示したとしても、そこはやっぱりギルド長としてお前たちを二度とは信じないと思うぜ」
「……っすね」
とどこか寂しそうにそれを認めたエイミィは、けれどすぐにその気配を引っ込めて。
「んじゃ、ゼンタさんにもうちと同じことをしてもらう必要があるっすね?」
「もしこの取引を成立させようと思うなら、そうだな。俺は俺でリスクを背負わなきゃならん」
つまり、レヴィを取り戻すためローネンに黙って『灰の手』の情報を売ろうとしているこのエイミィのように。
俺のほうは『灰の手』の情報を得るため、マクシミリオン他に黙ってレヴィの身柄を掻っ攫ってエイミィに届ける、っつーわけだな。
これは揃って自分ん所属を裏切るって意味でもある。
なんで俺まで裏切り者にならなくちゃいけねえんだ、冗談じゃねえ。と思うのと同時に、千載一遇のチャンスなんじゃねえか? という思いもある。
エイミィが言っていたように、『灰の手』が今何をしているか。それを知るのはその上の『灰』の動向を知ることにも繋がる。
不測だらけ謎だらけの管理者の秘密のヴェールを少しでも取っ払い、ちょっとでも有利を得る。そのためにはエイミィの提案を断りたくはない――なんとしてもこいつを身中の虫として向こうに置いときたい。そうなれば、捕らわれのレヴィ以上に貴重な協力者になることは間違いないぜ。
マクシミリオンたちになんの相談もせずってのは気が引けるが……そうしてでもやる価値はある。それは確実だ。だが問題になるのがやはりリスク面。
「――誓えるか? 俺との取引を、ローネンにゃ何がなんでも隠し通すとよ。そこをどうにかできなきゃ共倒れだぜ」
「ゼンタさんこそ、誰にも見つからずにレヴィを連れ出せるんすか? それだけじゃなくて工作なんかもしとかないと、誰が手引きしたかなんてすぐわかっちゃうっすよ?」
「無理だな」
「ちょちょいっ、マジっすかゼンタさん! そこはかっちょいー感じで『できるぜ』って言ってほしかったっすよ!?」
「冗談だ。……こうなりやいっちょ練ってみようじゃねえか。レヴィの脱獄計画をよ」
工作とかそういうのは苦手だ。どうすりゃいいか今の段階じゃ皆目見当もつかん……やれるとは言えねえ、だがやるならやらねばだ。
アーバンパレスは無理でもカルラや委員長あたりなら説得次第で手伝ってくれそうな気はする。だがもし反対されちまうとその時点で計画がおじゃんなんで、声をかけるかどうかは慎重に判断しねえとな。
そういう意味じゃ最も安全に味方にできそうなのは鼠少女か。あいつの目の良さと身のこなしはレヴィを逃がすのに大いに役立つだろう。
もしかしたら『灰の手』であるレヴィとの接触を嫌って拒否するかもしれねえが、そうなったとしても他の連中に密告はしなさそうなのが助かるところだ。
うん、まずは鼠少女をスカウトしてみよう。なんだったら実行のプランもあいつに考えさせよう。自分でも呆れるくらい雑に決めちまってるが、やるとなったらおそらくこれが最善手だ。
「なーんか心配だなぁ。話を持ちかけといてなんすけど、ゼンタさんにはバリ向かないこと頼んでる気がするっす」
「うるせぇな、俺からすりゃお前だって心配だぜ。ローネン以外の『灰の手』にだってバレたら一巻の終わりだろ? 隠し通せる算段はついてんのかよ」
「ついてないっす」
「しばいたろかてめー」
おいおい、単なる思い付きで取引持ちかけてきたのかこいつは? そんなもんに乗っちまうのはさすがにマズくねーか、俺。
前言撤回&回れ右してとっとと中央に行っちまおうか……。
「だーいじょうぶっすよ。ローネンさんだってそんな四六時中誰も彼もを疑ってるわけじゃないっす。そしてあの人とその周辺以外はうちらもけっこー緩いっすから、割と勝算はあるっすよ」
「……まあ、意外と緩そうだなってのはお前を見てりゃ思うがよ」
「うーん、それはちょっと心外かな。エイミィだけで『灰の手』全体を決めつけられちゃあ困っちゃうよ」
「「……!」」
「や」
野っ原に響いた俺のでもエイミィのでもない、第三の声。俺たちが同時にそちらを向けば、声の主であるその少年は片手を上げながら柔らかくてあどけない笑みを見せる。
それは俺にもよく見覚えのある顔だった。
「お前は――」
空間魔法の使い手であり、レヴィやエイミィと同じくアーバンパレスに潜入していた『灰の手』の一人。ローネンをあの襲撃事件から逃がした張本人でもある――
「キッドマン!」




