444.ラブアンドピース、ギブアンドテイク
ニュアンスが違う、と感じた。
つい先日、リオンドからも似たような誘いは受けた。「仲間になれ」ってな。だが同じ『灰の手』であっても、それとエイミィが言う「手を取り合う」の意味合いはだいぶ違うようだ――。
「不自然淘汰が始まるまではお互い手を出さねえ。そういう不可侵条約を交わそうって話か?」
「そうっすね、それが第一。加えて情報交換もしたいっすねー」
「取引みてーに情報をやり取りすんのか? ちょっとしたミスで痛い目見そうで怖ぇな」
「そこは信用してやってくっす。お互いにね。そっちは淘汰がいつどうやって行われるか知りたいっすよね? そんときは知らせてもいいっす。その代わり、そっちの情勢とトレードしたいっす」
こっちの情勢。思いがけず存続した政府に、もう『灰の手』は紛れ込んでいない。ボロボロではあるがクリーン。それは俺たちにとってありがたいことで、ローネンにとっては悩ましい事態だろう。
以前は奴こそが牛耳ってたってのに、今はもう政府内で何が起きてるのか把握できやしない。ローネンはそのことに参ってるんだ。
なんたって奴は上位者の淘汰を遂行する以外に、その後の世界で再び政治のトップとして君臨するっつー企みもあんだ。そのためにあいつはあいつで新体制の政府を立てて、上位者からの無言の許しを受ける必要があった。
今のままではマクシミリオン率いる新政府との争いは必至であり、最悪共倒れにもなりかねない。
民衆の支持を失うことも痛いが、最大の懸念はやはり上位者にそっぽを向かれることにあるだろう。
イリオスティア家に価値なし。
そう判定を下されてしまうことだけは絶対に避けたい――そう考えたローネンがこういう手に出るってのは道理かもな。
「淘汰への備えを互いに邪魔しないように。そんで、いざ淘汰の日となれば敵同士になるってわけか」
「平和的っすよね? いざってときまではラブアンドピース、ギブアンドテイク! バリバリ警戒されてて『灰の手』は政府の内情を掴めないっす。何をしようとしてるのか、できればゼンタさんからお聞きしたいんすよ」
そりゃ警戒もするわ。ぶっちゃけ『灰の手』の強味というか恐怖は、誰がそうなのかがわからねえって点にある。
膿は出し切った。だが傷口も大きい。喉元過ぎれば熱さを忘れちまうのが人間ってもんだが、俺らの喉はまだ真っ赤に焼け爛れてる――裏切り者の脅威を忘れるにはまだまだ早すぎる。
再び『灰の手』を紛れ込ませちまわねえよう、マクシミリオン始め新政府の関係者は過剰なまでに神経を尖らせてる。その警戒があったからこそ旧知の間柄である『最強団』にだって頼っちゃいけねえと気付けたようなもんだ。
とはいえローネンのことだ、諜報員の差し向けが上手くいかなくてもなんらかの方法でこっちの動きを探っているだろうとは思ってたんだが……まさかその方法に俺が選ばれるとはたまげたぜ。
ま、それならそれで……。
「参考までに、なんで俺に白羽の矢を立てたか聞きてえな」
「中枢にいる数少ない冒険者ギルドの長っすからねぇ。役人もシスターもアーバンパレスの構成員も味方にするのは厳しい。取引相手には元々部外者である冒険者が適任っす。そして接触するとしたら本拠地が中央じゃない『巨船団』か『葬儀屋』の二択……けどどうもガレオンズは政府の運営についてはノータッチみたいっすから、つまり候補は実質一択。ガレオンズと違って内政面でも力を貸そうとしてるらしいアンダーテイカーのリーダー様に、こうしてお声かけさせていただいたってわけっす!」
「俺が政府内に腰を据えちまう前に、ってか。わざとらしく聞いといて中央行きの理由はわかってたんだな。ちと趣味が悪くねえか?」
「わかっちゃいないっすよ、ローネンさんの予想でしかないんすから。今、裏が取れたっすけどね」
「けっ、食えねえ奴だぜ。ローネンもあんたも……」
だがまあ、リオンドから既に聞いてもいることだ。ローネンは要注意人物としてカルラ姫や委員長だけじゃなく、俺の名も挙げている。
そこの二人と並べられるってこたぁ、俺が密接に政府と関わる立場にいることを確かめるまでもなくローネンは確信してるんだろう。
仮にも政府長だった男だ、そんくらいのことは調べさせなくても読める。そしていよいよ俺が中央に向かう、その直前にこうして部下を接触させるくらいのことはできちまうってな。
……そう考えるとこのエイミィ、単に腕っぷしだけを頼られてるってだけじゃあなさそうだな。ひょっとするとローネンの腹心だったりすんのか?
「そっちの事情はなんとなくわかったぜ。ギブアンドテイク。それができりゃあ結構なことだ」
「結構なことっす」
「けどな。淘汰がいつ始まるかってのは確かに垂涎もんの情報だが、知らせはマジの寸前になりそうだしなぁ。それじゃ価値があるとは言えねえぜ。俺らが何してるか逐一知らせんのとリターンが見合ってねえよ」
「だったらうちらが何してるかも教えるっすよー。『灰』からの指示って意味っすけど。それがわかれば、淘汰の手段ってもんも見えてくるんじゃないっすかね。それなら契機を知らせるのが直前になっても価値としては値千金だと思うっすけど」
「……!」
『灰』が『灰の手』に命じる内容から、淘汰がどうやって行われるかを逆算する。もしそれができるなら取引の重要性はぐっと増す。単に『灰の手』の動向を知れるってだけじゃあなく、淘汰を防ぐための道筋ってもんが見えてくるからな。
ただしエイミィが言った通り、この取引は信用でこそ成り立つもので、信じるのも信じないのも危ういっつー厄介さもある。
嘘八百を並べ立てられるかもしれねえ……そしてそれを暴く手段が俺にはない。
こっちだって嘘をつくことはできるが、やるとなるとそれもそれで躊躇われる。キレられて戦闘になるのはまだいいんだが、一番怖いのは嘘から真実を見抜かれることだ。
ローネンならそれもできそうだ。もしかしたらエイミィも、論理的な思考かどうかはともかくとしてそういう芸当ができるかもしれない。
だが、そこに怯えて諦めちまうにはあまりに美味しすぎる餌ではある――それゆえに気にかかるとすれば。
「この取引はそんな特大級の人参ぶら下げるほど……見方によっちゃ『灰』への反目にも取られかねねえリスク背負ってまでやることか? ローネンにとって新政府の情報ってのはそこまで重いもんなのかよ?」
後々のことを思えばそりゃあ、見張ってはおきたいだろう。だが必須じゃあねえはずだ。理想を目指さなければ新世界でも奴は政府長をやれてるはずで、それならマクシミリオン政権の崩壊は神の淘汰に任せておけばいい……ローネンは労せず次の世界へ行ける。
あるいはどうしても、少しでも多くの人命を救いたいという崇高な精神があるんだとしたら――だとしたら、少しなんぞで満足してねえで本当の意味でこっち側についてほしいもんだ。
不自然淘汰の阻止。何よりそれを目指してほしいところではある。
「これがローネンさん流の戦い方っすよ。イリオスティア家が上位者様や管理者様に逆らうことはないっす。作られた血筋っすからね。協力者『灰の手』。その呼称が正しいのはそれこそローネンさんを置いて他にはいない……だからご立派なんすよ。あの人はあの人なりに、やれる範囲のことはやろうとしている。救える範囲の人間は救おうとしている――そんなことやらなくたってなんの問題もないのに。むしろ問題を抱えてまでやろうとしてるんすから、いやー。頭が下がるってもんすよねぇ。さすが指導者として生まれてきたお人は違うっす!」
「……そうかい。それじゃあローネンの説得は無理そうだな。ところで、ついでにもひとつ質問いいか」
「なんすかー? 信用を勝ち取るためにも答えられることには答えるっすよ」
「そりゃありがたい。んじゃ遠慮なく聞かせてらうぜ――エイミィ・プリセット。お前がなんで『灰の手』やってんのか、そこを教えてくれよ」




