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443.手を取り合いましょう

「そうか。お前らが逃げたときにはまだ魔皇軍は大暴れ中だったもんな。そしてお前らは当然、政府側が惨敗すると想定してた。生き残りなんざ一握りしかいなくて、政府も文字通り跡形もなく消え去るだろうと」


 だがそうはならなかった。


 魔皇の実力ってのを『灰』と諜報活動を通してよくご存知だったろうローネンがそういう予測をするのは理に適っていて、真っ当とすら言える。そりゃ辛勝と言えどまさか政府側が勝ちを拾うなんてことは思い付きっこねえ。


 けれどいくつかの奇跡と必然によって、決まっていたはずの勝敗は覆った。半数が死んだとはいえ、しかし全滅とは程遠い生存者がいる。


 これは早々と鉄火場から退いたローネンにとっちゃまったくの想定外の事態だったろう。


上位者かみのじゃあなく、『灰の手』のシナリオにこんな展開はなかったわけだ。今もまだ、辛うじてではあるが政府が政府の形で機能してるってのは本来はあり得ないことだった……ローネンの予定にはちっともないことだった。だからこうしてせせこましく動くしかねえと」


「ご明察っす。予定というなら、魔皇軍の本格侵攻の前に政府内の『灰の手』全員でとんずらこくつもりだったんすよ。魔皇軍と政府が激突して、どっちが勝ったにしても以前から用意してた闇ギルド連合っていう戦力をぶつけて、最終的にはどっちにも消えてもらおうっていう……今となっては儚い希望っすけど、ローネンさんの理想はそれだったんすねぇ」


「欲張りだな」


「そう思うっすかー? うちもっす!」


 にしし、と山刀を握ってる手で口元を隠しながらエイミィは笑う。別に計画の失敗に悲観してるってわけでもなさそうだな。少なくともこいつ自身は。


 細かな策謀とは無縁そうなエイミィはそうだとしても、ローネンはどうかな。


 政府を掌握し、アーバンパレスと魔皇軍の双方に糸を張り巡らせつつ、闇ギルドを束ねて一個の戦力とする準備まで進めてた。

 こんだけのことをやるための苦労がどれほどのもんかはもはや想像もつかねえが、とにかく大変だろうってのは疑いようもない。


 魔皇がしたたかにもそれを逆利用するだけの能を持ち合わせていなかったら、きっとローネンの策は上手くハマっていたはず。そうなっていれば今頃はまさしく奴の描いた未来絵図の通りになっていただろうよ。


 そのために割いた時間と労力がすべて水の泡になってんだ……大方どんな気持ちかは俺からしても偲ばれるってもんだぜ。


「新政府の樹立はローネンさんがやるはずだったんすけどねぇ。でもマクシミリオン団長が政府の残骸でそれらしいことをやっちゃってるんで、他所で同じことはできないって嘆いてるっす」


「なんでできねえんだ。やりたきゃやりゃいいじゃねえか? 新政府がふたつ生えてくる……みんな混乱するだろうけど、それはお前たちにとっちゃ望むところだろ?」


「ないない。ないっすよーゼンタさん。うちらが欲しいのは混乱じゃないっすから。むしろそれは避けるべきもんっすよ。ローネンさんとマクシミリオン団長が敵同士で戦ってる姿なんて民衆に見せるわけにはいかないっすからね」


「――おい、新政府樹立ってのはまさか」


「おっ、察しがいいっすねぇ! その通りっす、それは淘汰後の新世界を見据えてのことっすよ! 世界が新しく形を変えるその狭間で生まれた新しい政府で、淘汰を乗り越えた人々を導く。そのための準備をローネンさんはしてるんすね。まあ、魔皇が不甲斐なかったせいで今は大幅に予定を狂わされて困ってるとこなんすけどー」


 けっ、そーいうことかよ。


 そら確かに英雄同士で親友同士。そう知られてるマクシミリオンとローネンが血みどろに争ってたりしちゃ人は恐怖する。


 そうなると、たとえマクシミリオンを排除できたとしても先々の統治に弊害が出ちまうよな。


 親友殺しの鬼畜としてのイメージが根付くことだけはなんとしても避けたいはずだ……新世界でもこれまで通りの英雄としてやっていくためには、その人物象にかけらでも欠けが出ちゃいけねえ。


 魔皇が想定通りに勝ってくれてれば――あるいは負けるにしてももっと決定的な被害を政府に与えていれば、ローネンもこんなことで悩まなかった。魔皇の癇癪と油断が、ローネンを苦しめてる。そう思うとなんだかおかしな話だ。


「あの襲撃で何が起こってたかを後から聞いて、妙だとは思ってたんだ。政府長になるための家系と言ってもいいところの生まれだっつーローネンが、やけにあっさりと統一政府セントラルを捨てちまうんだな、ってよ。それは魔皇の強襲にかられての仕方ねえ措置だからってのもあれば、もうひとつ。どっちみち新政府のトップに就く算段があったからこその執着のなさだったんだな」


「どうなんすかねー。うちは否定も肯定もしないでおくっす」


「それを認めたらローネンが焦ってるってのも認めたことになるからか?」


「んふふ」


「図星か……へっ。奔放そうで意外と飼い主思いなんだな、お前」


「そうっすよー、うちは従順なペットっす。そのワンちゃんにだって負けないっすよ」


 ――くだらねえ挑発には乗らねえか。


 隠し事は得意じゃねえみたいだが、いまいちこいつの人間性が掴めないんでこっちとしてもやり辛い。ローネンに対して忠実そうなこの態度も果たしてどこまで本心なのやらな……嘘とは言わねえが、それだけじゃないって気もする。


 根拠はねえが、こういう根拠のないもやもやはこれまでよく的中してきた。だからきっと今回もそうだ。


 エイミィ・プリセットは明け透けに見えて、その実ちっとも本性を見せちゃいない――。


「ローネンさんにたいそう不信感があるみたいっすけど……裏切られたからにはそうなるのもわかるっすけど、けれどあの人は立派なお人っすよ」


「立派だぁ?」


「だってそうじゃないっすか。上位者様は社会基盤そのものをなくそうとお考えのようっすけど、ローネンさんは最低限、現代の文化を守ろうと頑張ってるっす。新政府の確立は人の社会を残すこと、リセットの規模を縮小させることのメリットを上位者様にご提供するためと、その流れで少しでも多くの命を救わんがための行動っす」


「多くの命を救うだと……魔皇の人減らしを利用しようとしといてか?」


「淘汰が決まった以上、誰でも彼でも救えるわけじゃあないっすからね。あくまで最低限っす。上位者様の最低限じゃなく、ローネンさんの思う最低限を守るための方策。ちゃんとやれたら効果はあると思うっすよー? イリオスティア家は新世界にも持ち越される。不必要とされたかつての王国とは違って、それは利用価値があるからっす。そんなローネンさんが手筈を整えたなら、上位者様だって淘汰の方針を改めてくれる可能性はありありっす」


「お前らの神さまは随分と気分屋みてーだからな。あり得ねえではねえか。そして上位者の気さえ変われば管理者も何も言わねー。新世界の舵取りはローネン率いる『灰の手』に任されるって寸法か……」


 それがローネンにとってまさしく理想となるタイムスケジュールだったってことだ。


 こうして整理すると、魔皇とローネンが互いに互いを計画に利用する気満々だったことがよくわかるな。絶対に相容れない敵同士だってのに、その敵を重要なピースにしちまうのは頭がいいのやら悪いのやら。


 おかげで魔皇は俺やユーキっていう不確定要素にやられたし、そのせいでローネンの計画も吹っ飛んじまった。


 掻き回してんのはインガとの出会いから始まり、他でもない俺だったり俺のクラスメートだったりするのかもしれねえが――その大元たる原因は俺たちを呼び寄せた上位者にある。


 紆余曲折あって、様々な陣営の様々な思惑あって、戦いと死があって。

 だがそれらが作ったはずの今は、結局は上位者の気紛れによるものなんじゃねえか。


 そんな風に考えされられちまうぜ。


上位者かみ様の意思は絶対。管理者様もローネンさんもそう仰ってるっす。けど両者には異なる点がひとつ……神意不触を貫く管理者様と違って、ローネンさんは世界の管理に自身の望みを混ぜ込むことを良しとしているんす。上位者様の怒りさえ買わなければそれ即ち神意の遂行である、と」


「そりゃまた都合のいい理屈なこって」


「そうっすね、何事も都合よくいくのが一番っす。だからゼンタさんへこう頼みにきたんすよ。世界のためにも、うちらと手を取り合いましょうってね!」


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