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442.歯痒くてしかたねえ

「いいかボチ。この位置だぜ。俺があいつと話してる間ここでお前は索敵に集中しててくれ」


「バウル?」


「そうだ、一瞬でもいいから気配を感じたらすぐ吠えてくれ。俺はそれをバトル開始の合図にすっから」


 三つの頭のそれぞれの首元をわしゃわしゃと撫でてから、俺はボチから離れる。にこにこと機嫌よさげに俺を待つエイミィはどうにも嫌な雰囲気だ。あいつに聞こえないよう小声で話したんだが、しっかりと拾ってるかもしれん。


 やっぱお仲間はいると考えるのが妥当か。


 だがそれが仮にハナだとしても、いると仮定しておけば姿が見えないってのはそこまで怖いことじゃあねえ。いくらあいつでも姿を消したまま攻撃はできねーからな。これは前に戦ったとき証明されてる。


 攻撃するその瞬間だけは絶対に気配が表れる……ケルベロス化したボチならそれで十分に察知できるはずだ。


「うちが持ってきた悪くない話。聞いてくれる気になったんすね?」


「一応な。それがどんな内容であれ信じるかは俺次第――いや、お前の態度次第だがな」


「あや。これは責任重大っすね」


「本当にそう思ってるか? 人の肉を裂くのが好き、なんつー宣言で既に心証は最悪に近いぜ」


「やだなぁ、ゼンタさん。潜入とはいえうちは冒険者やってたんすよ? こいつで切り裂くのは人じゃなくてモンスターが主だったっす! まあ、時々は悪人を相手にすることもあったっすけどね。けど人ってのは、食いでならぬ切りでがないんすよねー。その点モンスターはいいっすよ。一回や二回ぶった切っても死なないっすからね!」


「切りでねぇ」


「そうっすそうっす。ゼンタさんのワンちゃんも、切り応えありそうでよさそうっすね。特に三つ首なのがグーっす。頭を三回も落とせるなんてお得っす!」


「…………、」


 ガチのサイコ女だな、こいつ。

 俺への印象を良くしようとは微塵も思わねーのか……それとも思ったうえでこれなのか。


 どっちにしろ、人として持っとくべきもんがいくつか欠けてる感あるぜ。


「ま、それはいい。こっちは先を急ぐところを足止めてまで付き合ってやってんだ。さっさと持ってきたお話とやらを聞かせてみろよ」


「了解っすー。あ、でもその前に……なんで割とすんなり足を止めのたか知りたいんすけど」


「いきなり切りかかってまで止めさせたのはお前だろうが」


「や、だからその後っすよ。うちがうちだって名乗ってもさっさと逃げ出すことはできたじゃないっすか? 実際ゼンタさんはそれを迷ってる風だったし……でも、結局そうはせずにこうしてじっくり話を聞く気でいる。それはどういう心境あってのもんなのか、ぜひ知りたいんすよね」


「……そいつはどうしても知っとかなきゃいけねえことか? 俺が面倒になって聞く気をなくしちまう危険を冒してでも?」


 思った以上にこっちの思考を読み取っている。

 それにも驚いたが、この念入りの確認にはもっと驚いた。


 なんやかんやと言いつつもこれは罠だろう。ってのを念頭に置いてる俺としては意外この上ねえ。これじゃあまるで、本気でお話が目的で俺を待ち構えてたみたいじゃねーか……?


「もちろんっすよ。こっちも遊んでるんじゃないんすから、そこはきちっとしておかないと。うちがどういうつもりでここにいるのかをゼンタさんが気にするのと同じように、うちだってゼンタさんが何をきっかけに聞く姿勢に入ったかは気になるところっす」


「ふうん。そらまあお互い、ガキの使いじゃあねえわな」


 確かにエイミィはへらへらしちゃいるが、ふざけてるって様子はねえ。こりゃマジだ。だったら俺にとっても都合がいいか……いきなり戦うよりかはずっとな。


「なぜ聞く気になったかって? そいつはやっぱりしんどいからだよ」


「しんどい?」


「おうよ。こちとら死力を尽くして魔皇軍をやっつけたばかりだぜ。その疲労も抜けねえままに今度は『灰』とぶつかろうってのは、そりゃしんどいって。もし避けられるもんなら避けたいとは思うさ。だからいっちょ、せっかく顔出してくれた『灰の手』の話くらいは聞いてもいいんじゃねえかってな」


「へー……なるほどっすね。ということはゼンタさんも、うちらと仲良くなりたいってことでいいんすね?」


「俺ってこたぁ、お前らもそう思ってるってことか?」


「魔皇軍の件で人手が減ったのは何も統一政府セントラルだけじゃないっすからねー」


「はーん」


 言われてみるとそりゃそうだ。あの日、政府敷地内の組織で最も割合の死者が多かったのは『灰の手』に違いねえ。なんたって牢屋に入ってるレヴィを含めても四人しか無事じゃねえんだからな。


 離反組としか勘定してなかったんでそういう考えも今まで浮かばなかったが、魔皇軍の襲撃で一番被害を受けてんのはこいつらだ。


 それをかわいそーとは思わんがしかし、この急な接触への納得はできた。それと、先日リオンドがポレロに来たわけもな。


 動かないことが領分であるはずの『最強団ストレングス』が動いた。それは単純に人手不足が理由だったんだ。


 アーバンパレスに潜り込んで冒険者として、セントラルに潜り込んで役人として。武力と事務力で貢献してきたそいつらをローネンの脱出のために切り捨てたのは、セントラルが崩壊した事実と合わせて間違った判断とは言えねえだろう。切り捨てて困ることは大してない。


 ただし、そいつらが無事であればたとえ政府内でなくとも他にも仕事はあっただろう。生きてりゃやれることは、まだたくさんあったはずなんだ。


 任務が任務なだけに有能揃いだっただろうそいつらをごっそり失ったのは『灰の手』にとって痛手だぜ。仕事ができて、いざとなれば自分の命を投げ打ってでもローネンを逃がす。そんな連中の穴を埋めるには、闇ギルドを取り込んだくらいじゃ埋まらない。そもそもまったく性質が違いすぎるからな。


 来訪者であるカスカたちも戦力としては申し分なくても、それ以外の点には多々不安を感じるってのがローネンの本音だろうよ。


「難儀してる俺たちを見て嘲笑ってるかと思いきや……ひょっとしてローネンこそ焦ってんのか? 政府長って立場を降りたうえに、優秀な手駒はほとんど肉壁として消費しちまった。影響力が武器の男としちゃあ、考えてみると現状は歯痒くてしかたねえものなのかもな」


「さーて、どうっすかねー。うちの目にはいつも通りのローネンさんにしか見えなかったっすけど。でも焦っているかはともかく急いでるのは確かっすね。早いとこ手を打っとかないと面倒になるってのは、うちでもわかることっすから。ローネンさんには尚更頭が痛いことだと思うっす」


 手を打っとかないと、か。

 つまりそれがこの接触の意味に通じてるってことなんだろうが、具体的にどうしたいのかはさっぱりだ。


「俺が足を止めた理由は言ったぜ。今度はそっちの番だ、足を止めさせた理由ってのを言ってみろ」


「んー、そうっすね……」


 どう言おうかな。という顔でしばし考えたエイミィは。


「じゃあ、ゼンタさん。中央を目指してるのは――おっと違うっすね。セントラルに向かってるのは何をするためなのか教えてもらってもいいっすか」


「あ? 言うわけねーだろそんなこと」


 話を聞くとは言ったが、信用云々はその後だとも言ったはずだ。それより先にこっちから情報を漏らすことはしねえ。こんなことはわざわざ口に出す必要もないこった。


 現に、質問した張本人のエイミィも当然だとばかりに頷いてる。


「そうっすよねぇ……それじゃ、別のこと聞くっす。レヴィ・マーシャルがどこまで口を割ってるか教えてほしいっす」


「だから言わねーっての。なんなんださっきから」


「ん、わからないっすか? これがゼンタさんを呼び止めた理由っすよ」


「呼び止めちゃいねえだろ。しかし、これが理由だと?」


 俺が教えてやるわけもねーことをどうにか聞き出したくて接触した。だけど方法も思い付かないんで素直に聞いてみることにした。


 なんていうアホすぎる計画だったのかと一瞬思ったが、すぐにそうじゃねえと気付く。そうだ、だってこんなのは……以前の『灰の手』なら聞くまでもなく掴んでた情報だぜ。


「想定外なんすよねー……生き残りの数が」


 困ったように、てんで困っちゃいないように、エイミィはくすりと笑った。


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