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438.嘆願してもいい

 引っ張られて胸元が開けっ広げになったタンクトップを直しつつ――なんか横からメモリの視線を強く感じた――少し驚く。仮面女のことだから俺が何を言おうと「甘い」と叱りつけてくる……もっと言やぁ殴りつけてくると思ったぜ。逃げると答えても逃げないと答えてもお構いなしにな。


 だが極めて意外なことに仮面女は暴力の気配をちらりとも出さず、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。拳を引っ込めたんだ。


「ふん、どのみちあたしはノータッチだ。お前がどっちを選んだって関係はないね」


「じゃあなんで聞いたよ」


「面倒が嫌いだから。『灰』の下にいるのも面倒がないからさ。わかりやすいだろ」


 確かに、わかりやすい理屈だ。同じ『灰の手』でもあくせく働いてるらしいローネンとかとは違って、『最強団ストレングス』の面子に任される仕事ってのはほぼないようだ。つまり基本的にこの人らは暇を持て余してることになる。体を空けとくのが仕事みてーなもんだからな、それもそうならぁ。


 その退屈を良しとするかどうかってのは意見の割れるところだろうが、まあ。とりあえず『灰』と向こうを張るよりは面倒がない。仮面女が言ってんのはそういうことだ。


 他のストレングスメンバーまで『灰の手』入りの動機が同じかは知らねーが。そう考えながらちらっとリオンドに目をやれば、その意味はちゃんと通じてくれたらしく。


「概ね同様、かな。俺の場合は面倒というよりも徒労を嫌ったと言ったほうが正確だが、大して違いもない。そういうわけだからギルドが半解散状態になってしまっている点を除けば、俺たちにとって『灰の手』は居心地の悪い場所ではないんだよ」


 上位者の言いなりの、また言いなり。というポジションに思うところがないわけじゃあねえが、言うほど悪くも思ってない。ってことだろうか。


 紆余曲折を経て上位者にも管理者にも逆らわねえってのを決めたようだし、本人らの希望通り今んところ面倒も徒労も被ってないんだとすりゃあ、そりゃあ悪くない居心地ではあるだろうよ。


 だからって良い居心地とも言えねえかもだがな。


「だけどたった今、考えを改めたよ」


「え?」


「彼女……仮面女殿はあくまで不干渉を貫きたいようだが、俺はもう少しだけ面倒を背負ってみてもいいと思った。それが徒労に終わったとしても構わないとね」


「おい、リオンド……? どういう風の吹き回しなんだ?」


 訝しげに問う仮面女に、リオンドはひょいと肩をすくめる。


「君もしっかりと見ていただろう。聞いていただろう。この若きギルド長の雄姿と言葉を。その展望を。それらは何ひとつとして俺たちの立場や思想に合致しないものではあったが、だからこそ俺たちの手で摘まれるべきではない。むしろ多少は後押しをして然るべきじゃないか?」


「知らねーっての。あたしはそう思わなかったからノータッチだっつってんだよ。……で具体的にどうするつもりだ? その後押しってのは」


「嘆願してもいい。なんなら、同意してくれる者を募って連名で」


「ハッ! いまさら管理者に物申すってか?」


「まずはやはり『灰』が筋だろうな。文字通りの嘆願を上位者かみに行ってもいいが、それは許してもらえないだろう」


「管理者にしたってあんたの主張を耳に入れるとは限らんだろうが」


「ああ。だけど聞き入れないという保証もない。『灰の手』として俺は従順だった。一度だって願いも我儘も口にしたことはない……それはストレングスの全員がそうだが、故に。俺たちの名を連ねた嘆願書はある程度『灰』の目にも留まるかもしれない」


「希望に満ちてていいことだね。そこのバカの理想論に感化されまくりか? あんたほどの奴がちっとも現実を見てないように思えるが」


「ふふ、言ったはずだ。徒労に終わってもいいと。必ずしも何かが変わると期待してのことではないし、楽観しているつもりもない。むしろ俺は悲観論者だ、ゼンタの描く未来など決して訪れることはないだろうと頭ではわかっている……だが、しかし」


 そこでリオンドは仮面女を挟んだまま、俺を正面から見つめた。


「頭ではそうでも、この胸のどこか奥深くで疼くものがある。小さいが無視のできない、久しく感じていない何かを先の決闘で感じた。まるで火を灯されたような感覚だよ。吹けば飛ぶような、すぐに消えてしまうような微かな火。だがそれが燻った焦げ跡はずっと残り続けるだろう……そう思ったからこそ、たった一度だけ。『灰』への嘆願という俺にできる唯一の手法でゼンタに協力してもいい――いや。是非とも協力したいんだ、俺は」


「……ちっ。ほだそうとしてほだされてちゃ世話ないな。だったら精々、あんたも好きにしなよ。言っとくがあたしの名は貸さねえぜ」


「やっぱりダメか。まあ、仕方ない。ヴィトやグリモアあたりを頼ろう」


「――いやあの、リオンドさん?」


 俺に関連することが俺の関与しないうちに進んでいく。これまでも大概の事柄がそうだったが、さすがにここで声を出さないわけにゃあいかねえ。嘆願ってのはいったい何をどうすることなのかちゃんと説明してくれねえと困るぜ。


「別に複雑なことはないさ、ただ『灰』に一言頼むだけだ。『ゼンタ・シバと一度和合の場を設けてくれ』、と」


 わ――和合の場。仲直りのための機会。


 管理者とは喧嘩したわけでもなけりゃあ、直接対峙したことすらない。なもんで仲直りと言われると妙な感じがしねえでもねえが、俺が敵対的意思を持ってることは既にこうして管理者どころかその協力者にも知れ渡っている。


 話し合うとすりゃあ、一旦そのわだかまりを取り除かなけりゃならない。だから和合の場という表現は間違っちゃいないんだろう。


「けどそんなことを願っちゃリオンドさんの立場がねえだろ? せっかく面倒を嫌って得たポジションだってのに、『灰』からの評判が悪くなっちまう。なんせ俺は敵対者、一回きりでもそんな奴を押しちまったら『灰』にとって都合のいい駒じゃあなくるぜ」


「どうかな。敵対者であることが事実だとしても、まだ『灰の手』に君をどうこうしろという命令は下っていない。それにそもそもあの魔皇ですらも『灰』は最大限活用するつもりで直接的に手を下すことは避けていたくらいだ。君にも同じような対応を取る可能性は少なくない。あるいはそれも、俺のように命じるまでもなく勝手に動く『灰の手』がいることを想定した上でのことかもしれないが」


「リオンドさんがこうして俺に接触することも、『灰』には想定の範囲内だって? そんで魔皇を淘汰のために利用しようとしてたみてーに、俺のことも何かしらシナリオに役立たせようとしてる……って感じか?」


「うむ――そうだとも言えるだろうし、そうでないとも言えるだろう。俺はその推測を是と取るが君は非と取る。肝心なのは真実よりそこじゃないかい? 仮にどちらが正しく、どちらが正しくないにせよ、俺も君もやることに変わりはないんだから」


「そらま、そうだがよ」


 俺は連中を、上位者も含めてそう大層なもんじゃねえと思ってる。思いたいってのが本音だがな。


 反対にリオンドは大層なもんだと思ってる――思いたい、ってところか。そこが根本的に違うんで、管理者の企みがどこまで及んでいようがいなかろうが互いに立ってる河岸を変えることはねえわけだ。


「君がかつての聖女や魔皇と同じく、来訪者の中でも特別な存在だということは俺も聞いている。それは紛うことなく上位者かみという創造主にとっての特別さだ。翻って管理者である『灰』にとっても。だとするなら、俺の行動もまた『灰』の試金石であるのかもしれない」


「俺に関する生の声を、最強の冒険者の口から語らせたくて? もしそれが当たりならやけに回りくどいっつーか、てんで無駄なことしてるようにしか思えねえけどな」


 ローネンほどじゃなくともリオンドが『灰の手』で一等級に貴重な人材であることは確かなはず。その駒にやらせるようなこととはとてもとても……。


 合点がいかない俺に、リオンドは言った。


「それがルールなんじゃないか」


「ルール?」


「神は自らの手を下さない。『灰』もまた基本的に『灰の手』を動かす。いついかなる時も直接的な手段を取ることはなるべく避けているように思う。だとするなら、来訪者に課せられたルールと同じように『灰』にもある種のルールがあり、また神は自身にもそれを強いている――」


 のかもしれない、と締めくくる。

 リオンドの語り口は、はっきりそうだとわかるくらいに冗談交じりのものだったが。


 それを聞いて俺ぁなるほどと手を打ったね。


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