436.君もよく知る彼女さ
中途半端な結果にはなっちまったが、仕方ねえ。トードを怒らせちまったからには決闘はもう終いだ。
リオンドも最後までやりたかった感を全面に出してるが、そこはやはり俺より大人。不満はすっと引っ込めて平左な態度を取ってる。
それを俺も見習おう。そう思って、互いの健闘を称え合う握手を求めると思いの外つえー力で手を握られた。痛いっての。
「で、実際のとこはどうだろうな」
「何がだい」
「あのまま続けてたら勝ってたのはどっちだったかって話だ」
「勿論、俺だとも」
人の良さそうな笑みで迷わずそう断言する。俺は閉口したが、けれどリオンドは続けて。
「と、言いたいところだが。真相はやはり決闘の中にこそある。勝負を終えてしまった口では何を言っても詮無いこと……どうしても答えを知りたければ、いつかまた手合わせをしよう」
「次に戦るときゃあ手合わせじゃ済まねえかもだぜ」
「承知の上さ。そうなったとしてもきっと、ゼンタとの戦いには胸が躍ってしまうだろうからね」
おお、これまた思いの外いい評価をいただいてるみてーで……ちょっち意外だな。
あんま正攻法とは言えねーやり方でしかポイントを取れてないもんで、リオンドのスタイルを思えば俺の戦い方は褒めることのできないもんじゃねえかとも思ってたんだ。
スキル頼りを嫌う仮面女よろしく、突飛なアイディアだけで勝負に出ることを良しとしないタイプ。って感じでな。
ところが意外っつーか案外と、この男にそういった部分での拘りはないらしい。
自分がそういう真似をするかは別として、人がやるぶんには素直に感心する。成功すりゃ称賛する。現在は活動停止中とはいえ、ギルドのリーダーとしてそれくらいの度量はあるってことか……こういう言い方をすると仮面女の度量を扱き下ろしてるみたいでヤベーかな。
「決着は惜しいが、ゼンタ・シバを知るという当初の目的は果たせた。第二目標であった勧誘が失敗に終わったことも残念ではあるけれど……しかし不思議と今の俺は清々しい気分だよ」
上位者に挑むという俺の方針にはまだまだ言いたいことのひとつやふたつ――ひょっとすりゃ百個くらいはあるだろうに、リオンドはそれを飲み込むことにしたようだ。
勝負の行く末と同じくこっちの議論にも終着はなかったが、それでよかったのかもしれねえな。どうせ平行線の俺たちじゃあ、いくら話し合ったところで終わりは見えなかっただろう。だからこそリオンドも無理に答えを出そうとはせず、こうして一旦は流そうとしてるんだ。
つって、本人も言ってる通り俺の情報を直に得るって目的は達してるわけだが。
「戻って今度はあんたが俺のことを広めてくれんのか? 『最強団』のメンバーとかによ……へっ、ますます有名人になっちまうな」
「ん? いや、それはない。トードも言っていただろう? 俺たちは現状、本拠地どころか拠点すら持てていない根無し草のギルドだ。冒険者活動もしていない。よって、皆が集まる必要もない。メンバーと顔を合わせる機会は実のところかなり少ないんだよ」
「え、そうなのか? ギルメン同士なのに?」
「ははは、全員が仲良く同じ建物で暮らしていると想像がつかないかもしれないな。だがうちは本当にそうなんだ。それぞれ個人間では会っているだろうけどね。俺もヴィオの奴とはよく酒を飲んだりもしている。それと偶にだが、グリモアとも。反対にカーマインとはもう十年は会っていない気がするな……」
十年! 解散もしてねーギルドの仲間同士がそんな長いこと会わねえなんてことがあるのかよ。『恒久宮殿』みてーな飛び抜けた大所帯ってんならそれも納得だが、ストレングスはたった五人だろ? なんだったらそりゃパーティ程度の人数だぞ。
「ギルメンってだけじゃなく『灰の手』仲間でもあるってのに、マジなんすか?」
「だからこそ、と言うべきか。ストレングスが表立って活躍することを避けねばならなくなったのは、『灰の手』に加入したからなんだ。そちらが忙しくて冒険者の仕事を蔑ろにせざるを得なくなった――というわけではなく、単純に俺たちは人の群れとしては少々強すぎた。組合の定めた規則をいくつも変えてしまうほどにね。『灰』はそれによる不測の影響を嫌ったんだ」
「……! そういうことだったのか。じゃあ来訪者入りのギルドだからってんじゃなく、その強さで見込まれて味方に引き込まれたってことかよ」
放置してると面倒なほど影響を及ぼす駒。
それを陣営に置くことは有用な戦力の入手と面倒の処理がいっぺん行える妙手だ。そりゃあできるなら誰だってそうするし、抱え込んだからには切り札のひとつとして構えとくだろう。
「と言っても、『灰』の要望に応える『灰の手』の筆頭はやはりイリオスティア家の者だ。当時既に政府長だったローネン・イリオスティアと、その肝入りで史上初の政府専任ギルドとなった『アーバンパレス』とで管理者の手駒に不足はなかったはずだよ。つまり、抱え込まれた『ストレングス』に仕事などなかった。飼い殺しというやつだね」
「その状態が『灰』にとって一番都合がよかったんじゃねえか?」
ほう、とリオンドは感じ入ったように声を上げながら俺を見た。なんだよ、こんくらいのことで……俺のことすげーバカだと思ってねーだろうな、この人?
そりゃまあ勉強なんざてんでできねーし、考えるのも苦手っつーか嫌いだけどよ。けどそこまでどんくさいつもりはねーぜ。
「考えりゃわかることなら俺にだってわかるっての……だってそもそも『灰』はあのマリアさんにすら大して仕事を任せてなかったからな。統一政府を内部から操れてるってんならそれも当然だが、だから余計に。お抱えのアーバンパレスだけじゃどうしようもない外部での問題に対する手札として切るには『救世の聖女』はちと重い――けどそこにストレングスがいるなら盤石だ。Sランクギルドの二枚看板はいたく管理者を安心させてただろうな」
「だとすれば光栄だね……なんて、とても言えはしないが。とにかく君の推察は正しい。万事のうちの極めて重大な一事に備えてストレングスは普段何もしないことが求められた。きっと俺たちがそれを不満に思って行動を起こすかどうか試されてもいたんだろうが……『灰の手』に加わることを選ぶまでには色々とあって、そんな気骨や反骨精神なんてすっかり失っていた。どうでもよくなった、と言ってもいい。どうせ逆らっても意味などありはしない――否、そもそも逆らえるものではない。そう理解して身の程を弁えたストレングスに『灰』も満足し、ほくそ笑んでいたはずさ」
「…………」
色々とあった、か。仮面女がまだ冒険者をしていて、アーバンパレスの発足からまだ間もない頃。それくらいのときにあった大きな事件を俺はひとつ知っている……例の魔獣事変とかいうやつだ。
身近な例だとサラの母親が命を落とす原因にもなっているアレだ。当時は民間人にも相当な被害があったらしいが、そりゃ逆説的に教会の地方を股にかけた初めての大活躍に繋がっているし、同時にそれは政府長ローネンの手柄にもなっている。
そう考えるといかにも『灰』らしい事件のひとつでしかねーが、当事者たちからするとそんな一言で片づけられるようなもんじゃあないだろう。
おそらくそんときの経験が、ストレングスが今のようになった原因でもあるんだ。
少々重苦しくなった空気を振り払うようにリオンドは明るく続けた。
「――とまあ、そういうわけでギルドメンバーだからとて頻繁に集まることはないんだよ。彼女とだってそう間を置かずに顔を合わせるようになったのはつい最近だしね」
「彼女?」
「ああ。君もよく知る彼女さ」
そう言ってどこぞを見やるリオンドの視線を追って、俺もそちらに目を向ければ。
――いた。仮面女、その人が。




