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435.それもまた絶対だ

「馬鹿にしたものじゃない……というのは?」


「ああ。俺のことも、自分のこともな。そう卑下すんなってこった」


「……わからないな。君が馬鹿にされたと感じることは無理もない。だが、俺が俺自身をいつ貶めたというんだい」


「ずーっとだよ。リビングで啓蒙だなんだとくっちゃべってるときからずっと、あんた自分をこき下ろしてやがる。今もそうだ。自慢がどうの、できるできないがどうのと……くだらねえ。そんなこと俺になんの関係がある」


「関係しかないと思うが。俺が何を問うているのか忘れてしまったかい?」


「その問いかけが馬鹿馬鹿しいっつってんだ。『どんな未来が拓けるか』? んなこと聞いても結局んところあんたは、俺の答えなんか期待してねえじゃねえか。『俺にはできない』、『そしてきっと君にもできない』……それが答えだろ。それ以外のもんは聞く気なんざねーんだろ」


「…………、」


「もう一度言うぜ。そう馬鹿にしてやるな。上位者かみに抗えないからって、抗おうとしてる俺にあんたが負けてるってことにゃならねえ」


「――」


 劣等感。最強だからこそ重く圧し掛かってきたそれ。その苦渋。


 言葉にはせず、誰にも、仲間にすらも打ち明けてこなかったコンプレックスというものを、この少年に。会ったばかりのゼンタに見透かされた。


 果たして本当に見透かしているのかはともかくとして、このときリオンドは確かにそう感じた。


「そして俺の名誉のためにも言わせてもらうがな。あんたにできないことだからって、俺にもできねえなんてこともない。やるったらやるんだよ。そう決めたからにはできるできないなんて二の次だ」


「失敗を恐れないのか?」


「あんたみてーに完璧主義じゃあないんでね」


「世界中を巻き込むんだぞ」


「もう巻き込まれてんだろうがよ。おたくらがそうさせてんだぜ。神さまのボードゲームに世界中の命を乗っけて、チップにさせてやがる」


「君がやろうとしているのはそのボードをひっくり返す蛮行だよ。そうなれば淘汰より余程惨いことになる……痛手を負うのはまさしく世界中の命じゃないか。管理者や上位者にはそこからまたやり直すという選択肢がある以上、そうなったとしてもどうということはないはずだからね」


「そうはならねえさ」


「何故そう言い切れる? 保証はどこにある」


「おっと間違えた。ならねえじゃなくてさせねえだな。そうはさせねえ、と言っておくぜ」


「…………」


「保証とはいかねーが担保ぐれえならあるぜ。だがきっと、いくら言ってもあんたには伝わらねえだろうな。あんたと俺とじゃ見てるもんも見えるもんも違う。上位者を絶対だと思ってるあんたと、そうじゃない俺とじゃあ、どうせ言葉じゃ平行線だ」


「――この世に絶対はあるぞ、ゼンタ」


「おう、あるさ。俺の意思は曲がらねえ。それもまた絶対だ」


 その不遜なまでの物言いに、リオンドは何も言い返そうとはしなかった。代わりに紡がれるのは。


「『トリプル・フルエクステンド』」


「【ドラッゾの遺産】発動……!」


 互いに奥の手を切る。

 使うつもりのなかった三倍全身強化魔法と、それを受けての不使用と決めていたスキルの発動。


 リオンドの肉体を覆う魔力のオーラが一際力強く、大きくなる。ゼンタの肌にはうっすらと鱗が現れ、その瞳孔は肉食獣の如きどう猛さを見せる。どちらも極限。『灰の手』レヴィ・マーシャルのお株を奪うようないくつもの強化魔法の併用で超人と化した青年も、ドラゴンにオニにソラナキという何種族もの力を取り入れ亜人と化した少年も、極まっている。


「……!」

「……!」


 最高状態へと達した両者は停滞を良しとせず、僅かばかりの睨み合いから即座に動く。欲するはどちらも先手、布石と必殺の差異はあれど共に一撃を繰り出そうと足に力を込めた――その瞬間。


「「ッ、」」


 ドガンっ、と狭間に落ちてきた何かによって二人の激突は中断された。


「「と、トード(さん)!?」」


 その正体に気付いたリオンドとゼンタは揃って非難めいた声を上げたが、トードはその糾弾を撥ね退けた。非難の気持ちで言えば彼のほうが遥かに強いのだから当然だ。


「何を呆けてやがる、バカたれどもが。マジになったら止めるぞとあれほど繰り返したってのにどっちもコロッと忘れやがって……!」


 あ、とそこで勝負に夢中になっていた二人は我に返った。

 ここがどこで、どういう約束のもとで始めた決闘だったかをすっかり失念したいたのだ。


 ふと確かめると、ボチとグノームスは既に大人しくしていた。ボチは伏せて、グノームスは膝を抱えてこちらを見ている……どうやらトードは先んじてあちらの戦いから中断させていたらしい。


 加減すれば周辺被害を抑えられるゼンタたちとは違って、ボチ対グノームスのマッチメイクはどれだけ加減しようとそのサイズ感のせいで多少なりとも被害が出ることは避けられない。


 トードの判断は実に正しかっただろう。先ほどまでそこに林があったとは思えないほど無惨に禿げ・・上がってしまった庭の一部を見てゼンタはそう思った。


「いい戦いだったもんでやめさせるのがつい遅れちまった俺も俺だがな。吐いた言葉も忘れてどんどん熱くなりやがっててめーら……どっちもギルド長失格だぞ!」


「「……、」」


 そう真剣に怒られてしまっては、いいところで止められたことに若干不服そうにしていたゼンタもリオンドも素直に己の非を認めるしかなかった。


 事前の取り決めを破ってしまったのだからしょうがない、自業自得である。心情として納得できるかは別として、ここでトードの制止を振り切ってまで決闘を再開させるような愚を犯すつもりは両者ともになく。


「とにかくこれで手打ちだ。同点での引き分けってのが勝負の結末になるが、それでいいな?」


「うっす。迷惑かけてすんませんした、トードさん」


「引き分けか……甘んじて受け入れるしかないな。悪かったよトード。そして、やっぱり一緒に来てもらったのは正解だった」


「ふん……まあ大事にならなかっただけ良しとするか。だが近所中に戦闘音が響き渡っちまったからな、俺ぁ事情を話してくるがくれぐれも勝手なことはしてくれるなよ。どっちもだぞ」


 ぎろりとその厳めしい顔を更に厳めしくさせて釘を刺したトードは、そう言って表のほうへと回った。副団長としての務めか、ゼンタに配慮してアップルがそれについていく。


 サラとメモリはその場に残っていたが、黙ったままだ。勝敗の決まらなかった二人に気を使っているのだろう。


「確かに通りのほうが騒がしいね。人が集まってきているみたいだ」


「ボチとグノームスのドタバタが聞こえちまったか……ま、そりゃそうだわな」


「ガウル……」


「いや責めてねーって。俺がそう指示したんだからお前はよくやってくれただけさ。お疲れさんボチ」


「グノームスもありがとう。休んでてくれ」


「ガウル!」


「――、」


 どちらも使い魔を消し、一息つく。戦いが終わった。その実感がわいたのだろう。


 しかし同時に、まだ終わっていないと。不完全燃焼のむず痒さも余計に強まってしまったが……とはいえトードに念押しをされたように、決闘の続行などできやしない。そうすればまたすぐ互いに我を忘れて本気の勝負になってしまうことは想像に難くない。


 リオンドはこれでも自制の効くほうだと自分のことを思っていた。そうでなければ朝から晩まで鍛錬漬けの日々を過ごせはしない――だがそんな鍛えられた自制心ですらも御しきれないほど、ゼンタとの決闘には熱が入った。


 重視していなかったはずの勝ち負けにも大人げなく執着してしまうほどに。

 それは偏に、決闘の勝敗とはまた別の何かが懸かっていたからだろう。


 敵のラーニングと同様の精度でそう自己分析を行ったリオンドに、横からすっと手が差し出された。


「ゼンタ? これは……」


「モヤッと終わっちまったけど、トードさんの言う通りにこいつで手打ちにしようぜ。そのための握手だ、リオンドさん。俺ぁあんたと戦えてよかった」


「ふ――そうか。こちらこそ、だな」


 自分とは決してわかり合えそうにもない来訪者の少年。だがそれはともかくとして、ゼンタ・シバはとても気持ちのいい奴だ。


 彼の手を握り返しながら、リオンドは心からそう思うことができた。


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